90.プラスとマイナス
Jさんは人の死期がわかるのだという。
「道歩いてる知らない人でも、三十歳前後かなとか、小学校3、4年生くらいかなとか大体の年齢はわかるじゃないですか。それと同じ感じで、ああこの人あと〇年の命って『わかる』んです」
家族や親せき、同級生や同僚などピタリと当てた例は数知れない。
「当たったところでひとつも嬉しくないし、いつも結構凹みますよ。だって何の役にも立たないんだから。わかるのは時期だけで、どこでどういう風に亡くなるのかはまったくわからない。助けたくても助けようがない。だから絶対口には出さないし、なるべく忘れるようにしてます」
そんなJさんだが、一度だけ「外した」ことがある。
「仕事の取引先のKさんって五十すぎの男性なんですけど、初めて顔を合わせたときに『あと三か月くらいかな』と思いました。でも、四か月を過ぎても何事もなく普通に電話してくる。そんなの初めてだったから不思議で」
打ち合わせで取引先に出かけた際、久しぶりにKの顔を見て驚愕した。
寿命が伸びている!
「十年単位で足されてました。聞けば、先月孫が生まれたっていうんですよ。可愛くて仕方ないみたいで、スマホの待受はもちろん画像フォルダも孫だらけ。少しのつもりが大量に見せてもらって……またビックリでした」
その赤ん坊の顔。
「全然見えなかったんですよ、眩しすぎて。比喩じゃなく物理的に。だからその子の寿命も何も、顔つきすらわかんない。小さくて可愛いですねーとか適当に話は合わせましたけどね」
独身で子供もいないJさんである。赤ん坊がそんな風に見えたことは未だかつてなかった。
「寿命わかっちゃうの嫌だから、普段からあんまり人の顔は凝視しないようにしてて、特に子供には視線を向けないようにしてたんですけど……Kさんの孫はそんなもんじゃなかった。神々しいというか、いい悪いじゃなくとにかく強い。生きるパワーそのもの、なんですよ。あーこんな子が孫として生まれてきたらそりゃね、って納得しました」
Kは今も元気で働いている。
「俺もそれ以来ちょっと気が楽になりました。こういうこともあるんだ、俺が見たままの寿命とは限らないんだって。今まで通りすがりに『見た』人もひょんなことで生き延びてるのかもしれないと思うと」
逆はないのだろうか。
「うーん、俺はまだそういうパターンに遭ったことないですけど、プラスがあるならマイナスもありうるでしょうね」
Jさん自身の寿命はわからないという。
「やっぱり無意識に『わかる』ことを避けてるんじゃないですかね。だって怖いでしょ普通に。ま、せいぜい一日一日を大事に生きなきゃですよね。陳腐な言い方ですけど、それしかないです」
Jさんは此方の顔をじっと見つめながら穏やかに言った。