見出し画像

91.名に呼ばれる

 Lさんの息子が仕事でちょくちょく隣のM県を訪れるようになった。
「帰りに海沿いの町に寄って海鮮料理食べて来たよ。美味かった。それと近くに良さげな神社があったから散歩した」
 息子に見せてもらった画像の神社は荘厳な佇まいだった。
 それから半月ほどして、Lさんは友人からバスツアーに誘われた。
「突然だけどM県に、再来週どう?」
 寿司の食べ放題もついているとあって、二つ返事でOKした。
「M県って、今まで殆ど行ったことがなかったのよ。妙に立て続けだなあって思って」
 旅行コースを確認すると、なんと立ち寄り先に神社がある。
「同じ海沿いだし名前も似てるし、えーこれ息子が行ったところと同じ?出来すぎじゃ?ってちょっとドキっとしたんだけど、別の神社だった」
 位置的には近く、兄弟社ということだった。
「当日は朝から快晴でね。その神社もすごく雰囲気がよくて、食べ放題のお寿司も美味しかった。久しぶりの小旅行だったけど満喫したわ。そんなわけで結構な好印象だったのよM県。いいところばかり見せられた感じで」
 数か月後、さらに驚くべきことがあった。
 まったくの別件でLさんの郷里・N県の神社について調べていたら、息子が行った神社と非常に似た名前を見つけたのだ。漢字一文字が違うだけで読みも同じだった。
「鳥肌立ったわよ。N県内にこんな神社があったなんて全然知らなかった。しかも場所も変なの。いかにも海沿いって感じの名前なのに海とは反対側の山の麓にある。何で?って思って色々検索したら、全国の神社を回った記録をまとめたブログに行きあたって」
 それによるとM県とN県の神社は祭神も同じで、東西の線上にあるという。Lさんが訪れた兄弟社と似た名前の神社も近くに存在する。
「全国各地にチラホラ同じような組み合わせの神社があるんだって。N県内にももうひとつあってね。こっちは漢字までそっくり同じ名前なんだけど、町自体が完全に山の中。そこから海が見えるわけでもない。どういうこと?って思ってね」
 俄然興味を惹かれたLさんはネット上に公開されているN県史を繰ってみた。
「具体的には何も書いてなかった。でも、もしかしたらこの関係かなって」
 明治時代の神仏分離令。
 N県は比較的穏健な方だったらしいが、それでも相当数の寺社が廃止または統合された。
「地域の信仰を守るには対策が必要だったのよね。これは私の勝手な推測だけど、全国的にも有名な格の高いM県の神社と同じ神様を呼んで、同じ名前に変えたんじゃないかな。場所も少し移動させたのかもしれない、ちょうど東西のラインで繋がるように。由緒ある神社なんだよ、なくせないよってアピールするため」
 誰がいつそうしたのかはわからない。第二次大戦後に国家神道はなくなり、寺社仏閣は再び民のものに戻った。
「実際古くから縁があったのかもしれないし、名前がこうなった時期も違うかもしれない。私にはこれ以上調べようがなかったから本当のところはわからないけど、ひとつだけ言えるとしたら、名前と位置には誰かの、何らかの意図がはたらいてるってことかな」
 偶然が重なっての不思議な発見。Lさんは何かに呼ばれたのだろうか。
「まさか、そんなオカルトな感じじゃないと思う。ただ、面白いわよね。名前って力があるんだなって思った。誰が何をしたかの記録は消えてしまってもその『意図』は、名前によって後々まで残る可能性があるってこと……ああそうか、もうひとつ仮説を思いついた」
 名前自体に強い力があるとすれば。
「本名を知られたら相手に支配される、みたいなのなかったっけ。だからあえて他の名前をつけて本名を封じることで本体を守った……なーんてね。こっちの方がオカルトか。漫画とか小説の読みすぎね」
 今後もM県と縁が続くかどうかはまだわからないが。
「隣の県なのに何で今まで行かなかったのか、むしろそっちの方が不思議よ。またどこかに行くと思う。うん、きっと」

いいなと思ったら応援しよう!

かわこ
「文字として何かを残していくこと」の意味を考えつつ日々書いています。

この記事が参加している募集