96.インターホン

 Zさんが久しぶりの平日休みで家にいた時のこと。
 昼食を食べながら録りためた海外ドラマを観ているとピンポーン、と鳴った。Zさんはすぐ応答モードに切り替えて返事をしたが、ドア前を映すカメラの液晶画面には誰の姿もない。
(悪戯かな)
 と思ったZさんはそっとドアに近づき、覗き窓から外を見てみた。誰もいない。恐る恐る外に出て、マンションの廊下や階段をひととおり見渡した。が、人がいた気配すらない。しんと静まり返っていた。
(なんだろう。誤作動?)
 まあいいかと部屋に戻り、残りの昼食を食べ終わってドラマの続きを楽しんでいると、また鳴った。今度も同じで、外には誰もいなかった。
 そんなことが午後いっぱい繰り返し起きた。一時間に一、二回という頻度である。音量はゼロにしておいたものの、いちいち液晶画面と外をチェックしなければいけないのが鬱陶しかった。ドラマは途中で観るのを止めた。
 Zさんはメーカーのサポートデスクに電話をし、修理を頼んだ。最速で翌週の土曜日と言われたが背に腹はかえられない。その日付で予約した。
 ところが。
 日が落ちて辺りが暗くなってきた頃、ピタリと止んだ。
 しかも、もうボタンを押しても全く鳴らない。
(とうとう壊れたか)
 Zさんは諦めて、修理を待つことにした。
 八日後。
「特に異常はないですね。配線もちゃんと繋がってるし、基盤もきれいです」
 作業員はそう言って、元通りに蓋を閉め、ボタンを押した。
 ピンポーン。
「あれ……直った?」
「鳴りますね」
 作業員に続きZさん自身も何度かボタンを押したが、問題なく鳴り、液晶画面もちゃんと映る。作業員は首を傾げつつ言った。
「ボタンに割れやヒビはないですし、間にゴミが挟まってるってこともありませんでしたし、考えられるとすれば経年劣化による誤作動ですかね。この機械自体十年以上は経っていますから」
「また同じことが起こるかもしれないってこと?」
「それはなんとも……ただ現状、今すぐお取替えすべきです!とは私からは言えません。お客様のご判断で」
 取替となると四、五万はかかる。今から三か月以内であれば再度呼んでも割引料金で見てもらえる、ということだったので、とりあえずこのまま様子をみることにした。
 それ以来、Zさん家のインターホンが誤作動を起こすことはなくなった。
(蓋開けて閉めたのがリセットかけたみたいになったのかもな)
 そう思った。
 さらに一か月が過ぎたある日。
 Zさんは、仕事の都合で早朝に家を出ることになった。まだ外が薄暗い中エレベーターを待ったが、なぜかいつまで経っても来ない。
(なんだよ……何で動かないんだ)
3分過ぎても最上階の六階で止まったままだ。
(始めから階段にしとけばよかった)
 Zさんの家は三階、出てすぐ左側に外階段があるので、いつもは上りも下りも階段を使っている。あえてその奥にあるエレベーターを使おうとしたのは、早朝のため足音を憚ってのことだった。
 まだ時間は十分ある。Zさんはゆっくり静かに外階段を降り始めた。
 ピンポーン。
 思わず足が止まった。
(まさか)
 ピンポーン。
(嘘だろ。こんな時間にまた?近所迷惑にも程が)
 ピンポーン
(違う……俺の家じゃない)
 もっと上からだ。
 最上階。
 Zさんは顔を上げた。
(なんだあれ)
 六階の廊下の蛍光灯が、チカっチカっと点滅している。
(いや、点滅っていうより……)
 外階段の反対側の端から此方に向かって、順に消えては点き、を繰り返している。
(移動してる?)
 インターホンの音と一緒に。
 もう少しでZさんの家の真上、というところでまたピンポーン、と鳴った。
 Zさんは階段を駆け下りて駅まで走った。振り向きもしなかったという。

「それからどうなったかって?どうもしない。もうインターホンも故障しなかったし何もなかったから、そのまま二、三年は住んだよ。管理人にそれとなく聞いてみたけど、特に苦情は来てないって不思議そうな顔されたな」
 6階の住人はどうだったのだろうか。
「さあ……階が違うと殆ど知らないから。でも、普通にずっと住民はいたと思うよ。分譲にしちゃ引っ越し多めだった気もするけど、古いし狭いからね」
 現在、Zさんは同じ市内の一軒家に住んでいる。
「もうマンションはいいかなって」
 別に深い意味はないんだけど、何となくねとZさんは言って、話を打ち切った。
 
 
 

 
 

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かわこ
「文字として何かを残していくこと」の意味を考えつつ日々書いています。

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