さよなら川越
12年間借りていた川越の一軒家を今日引き払った。
この川越の家は仕事場と実家を兼ねていて、
父と妹が暮らしていたのだが、
大家さんの事情により、次の更新までには出ていってほしいと、去年の春頃に言い渡された。
賃貸だとそういうことが(特に一軒家では)ありますよね。
特にコトを荒立てることなく(そりゃそうだ。もう50歳だし)、父と妹と話し合いを重ね、
事務所としてはもう借りない
妹は自分の家を探しなさい
そこに父も同居させてください
お金は援助します
という、面倒なことは妹に頼み、
それをお金で解決をするという、
文字だけで読むと
悪徳な兄貴全開な流れで落ち着いたのだ。
妹はちゃんと次の家を自分で見つけ、
先週そこに引っ越した。
父もそれに着いていった。
私は今日の朝、
都内のホテルから川越に向かい、
最後の、
ゴミ回収業者さんとのやり取り
ガスを止める立ち会い
Wi-Fiの返却
神社へのお札返納
不動産屋さんにカギ返却
これら全てを完了し、
最後に川越お気に入りの珈琲豆を買い、
これまた川越に引っ越してきた当初から通っていた阿部鍼灸院さんで施術を受けて、
いま埼京線で都内に帰っているのです。
12年間ここを借りて、
私はしばらくして宮崎へ移動して、
母は途中で亡くなって、
5LDKのでっかい家は、ちょっと持て余していたもんだけど、
最後にゴミが2トントラック2台分もあって、
それらも全部持っていってもらうことで、
なんか大きな役割を一個終えたような気持ちになりました。
実家といえども、私が家賃払っていたので、
よくまぁ途中で投げ出さずに家賃払ったなぁと、
自分をちょっとだけ褒めたくなったり、
ここに入居したばかりの頃は、
ほんと月商100万円いってないくらいの小さな広告屋さんで、未来は不安だらけで、あるのは空元気と野望だけ…という状態。
よくもまぁ、みんな生きてこれたなと、
感謝感謝でカラになったお家にさよならしてきました。
がんばった。
またこれからも、もっと別次元の色んなことにがんばっていきますが、ひとまずおつかれさまでした。
子どもの頃から引っ越しが多い人生で、
いまとなっては住所不定のような存在で、
全国を出張で動き回っている。
川越は思い出のひとつになって、
また、なんかの機会で訪れたときに、
思い出のメシを食べたり、
よく散歩した道に訪れたりして昔を懐かしんだりするのだろう。
もっと外へ出て、
まだ知らぬ土地に住んだり、行ってみたりしてみたい。
人生は一度きり。
思ったら吉日というやつを、
残りある人生で次々やっていくのだ。
ということで、ありがとう川越。
そして、さようなら。
また会う日まで👍
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