戦うべき場所を決めることは、戦わない場所を決めること

「他人と比較すべきか?」論。

結局のところ、『勝ち負けをやるべきシーン』と『勝ち負けをやるべきではないシーン』があって、それがちぐはぐになると良くないのかなと思ってます。

『勝ち負けをやるべき』ときに「競争したくない」とか言ってると生き延びれなくなる。

『勝ち負けをやるべきじゃない』ときに「周りが気になる」とか「負けたくない」とか思っちゃうと、なんか豊かにはなれないな。ってことを感じます。

その”ちぐはぐさ”をどうやって回収できるか。

ちぐはぐさ。

そのちぐはぐさを回収したいな。やっぱり。

現代は、特にSNSがやばいですよね。

なんか本来『勝ち負けしなくていいところ』でもなんか競争させられてしまう。

だからそこは意図的に気を付けるべきなんだろうな。気を抜くと引っ張られちゃう。

だた、あんまりそちらから遠ざかろうとすぎて、戦うべきときに「戦うべきじゃない」って意見もなんだかこう最近は見受けられるような気もしてます。それはきっと弱さなのかもしれない。

自分の中に見えるそれは弱さに見えました。他の人は知らないけど。

戦うこと。

有能さっていうのをどっかで発揮すべきなんだろうな。あらゆる場面で争わないのでなくて。有能さを発揮する。あえてそのシーンを作る。

戦うべき場所を決めることは、戦わない場所を決めること。

私自身なんとなくそれはすごく意識をしていて。
豊かさをやるためにはどっかで豊かじゃないこと、あえて競争的なことですね、「有能さを発揮する」をやるべきだと思っていて。それを、どう?作っていくかというのがなんかすごく大事だなと思ってます。

腹をくくるってことなんじゃないかな。

あなたはどうですか?

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