親族にあだ名をつけたら、なんだかおもしろいことになってきたかもしれない
年末が近くなってきて、子どもたちはサンタさんへの手紙をせっせと書いている。書いたらカベに貼って、またしばらくたつと欲しいものが変わるので書き直して貼る…こりゃサンタも直前まで買い出しに行かれへんと頭をかかえる今日この頃。
そろそろ里帰りの話も始めなければ…と思い子どもたちのニーズを確認する。我が家にはお盆と正月に親族であつまる習慣がある。
す 「今年の年末はなにしてすごそうかな~」
ムスメ「コッコちゃんにあいたい」
ムスコ「ミキティーにあいたい」
す 「ばぁばとじいじは?」
ムスメ「ばぁばにもあいたい」
妻 「ばぁばは病院かもしれないね」
ムスコ「じいじにはプラレールをかってもらう!」
さて、この会話から登場人物と続柄が想像できるだろうか?あだなが入っているのでいとこなのか、友達なのかよくわからなくなっているんだけど、意訳すると以下になる。
す 「今年の年末はなにしてすごそうかな~」
ムスメ「ばあばAにあいたい」
ムスコ「ミキおばさんにあいたい」
す 「ばあばBとじいじBは?」
むすめ「ばぁばBにもあいたい」
妻 「ばぁばBは病院かもしれないね」
ムスコ「じいじ(AでもBでもいい)にはプラレールをかってもらう!」
こうしてみると続柄がはっきり伝わると思う。
コッコちゃんことぼくのオカン、ミキティーこと妻の妹は昔からよくうちに泊まりに来てくれるので、子どもが物心つくころにはすでにあだなで呼ぶようにしていた。当時は、おばさん、おばあちゃん、は他にもいるし続柄で家族を呼ぶってのもなぁ、なんてことを考えていたと思う。
おかげで、コッコちゃんもミキティーも我が家になじんでおり、子どもにとっては完全にお友達になった。『おばさん』は、言葉自体が関係性を表しているのでお友達という関係で上書きするのは難しいだろう。子どもが成長すればそのうち、ばぁばやじいじに会いたい熱量は下がるかもしれないけど、お友達だったらまた変わるのかもしれない、そんな期待もある。
一方、オトナの側からすれば『おばあちゃん』『おばさん』と呼ばれている関係ならば、言葉の持つバイアスにとらわれて、おばあちゃんらしくふるまわなければならない、みたいなことを考えてそれ以上深い関係に踏み込めないかもしれない。
なお、ぼくのオカンは弟2人の子どもからもコッコちゃんと呼ばれている。一族の中でおばあちゃんと呼ぶひとがひとりもいなくて、オカンは個をむき出しにしてふるまっている。楽しそうだ。
またミキティーは妻の妹の子ども達から「ミキちゃん」と呼ばれている。これまた一族の中でおばさんと呼ぶひとがひとりもいなくて、30代半ばにして近所のお姉さん的な立ち位置のまま生きている。
あだ名っておもしろい。関係性でさえ変えられるのである。
ちなみに、じいじは2人いるけどどちらもじいじだ。ムスコにとってはどちらも同じで、プラレールをおねだりしたら買ってくれる太っ腹なオトナという形で認識されている。そこだけ続柄全開でのお付き合いをさせてもらっているというわけである。
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