ゴム風船と紙風船【きまぐれエッセイ】
微明の道。
明らかなものを微かにして現さないこと、聡明を蔽い隠すことの最も大切であることを解き明かす――なんて言うと、なんだか大層なことを言ってるように思えるけれど、要は、賢いってことはあんまり表に出さないほうがいいって話。これ、昔からの真理。
さて、最近の若年層の、自称成功者たち。SNSでドヤ顔を晒し、いんちきな金儲け情報を売りつける鼻の下が伸びきった連中。そんな奴らから毎日送られてくる迷惑メールには、ほんと、滅入るよね。
プチリタイアだのセミリタイアだの、若隠居だのを自慢してる奴にろくなもんはいない。あたしが言いたいのは、リタイアしたんならさっさと無人島でも山奥でも行って静かに暮らせってこと。そんな連中からの「山奥でのんびり暮らしてます」なんてeメールの便りなんて、いらん。お前のために電話線引くのも勿体ない。早くネットからもリタイアしてほしいものだ。
でもね、こういう輩がいなくならないのも、また古今東西変わらぬ風物詩なんだよね。大道芸でも見るような余裕で流していれば、なんてことない。彼らのダラクしてノびきった精神と鼻の下は、ほおっとけば、いつしか空気の抜けた風船のようにしぼんでいくのだから。
風船の本来の姿って、あのぶらぶらだらだらした状態なんだよね。空気を入れてぱんぱんに張っているからこそデコレーションにも使われる。見栄えがいいから利用されるってだけの話。ちょっと空気が抜けたら、誰も見向きもしなくなる。
一時の金をつかんでちやほやされると、まるで天下をとったかのような気分になる。世界征服も夢じゃない、いや、宇宙の大王として君臨する日も近い、なんてことをマジで考えるようになる。傍から見ればジョークのようだけど、本人たちは本気だから笑っちゃいけない。大気圏を生身で突破しようとするような、その本気度は常人には理解できないもの。
魚が水の中で生きるように、人もまた空気と水と大地があってこそ生きられる。成功者も金持ちも偉い人も、空気と水と大地があってこその存在であり、周りに人がいたからこそ功成り名を遂げた。無人島でサルと戯れていただけでは、誰も認めてはくれないのだ。
拡大し肥大した者は、まるで伸び切ったラーメンのよう。上へ上へ、覇者になろうとする剛強な者をコントロールするのは実は簡単で、その相手が剛であればあるほど、こちらが柔弱になればいいのだ。剛強に対してその上をいくような剛強さで突っ張る必要はない。社交の辞令で言えば、まず相手を立てること。こちらが柔弱であればあるほど、相手は気を緩めるのだから。
競争社会で人に勝つために、あえて自分を偽る梟雄者もいる。腹に一物ある者は、わざと謙った態度をして相手を打ち負かす。いずれにせよ、たぬきときつねの化かしあい。右も左も真っ暗闇。
だから、明るい世界で楽しく生きる道(タオ)の生き方をする者は、自然に任せ、無理をしない。ゴム風船より、紙風船のような生き方がいい。無理に膨らまなくても、風に乗って、軽やかに漂っていくのが一番なのよ。
之を歙めんと将欲すれば、必ず固く之を張る。
之を弱めんと将欲すれば、必ず固く之を強くす。
之を廃せんと将欲すれば、必ず固く之を興す。
之を奪わんと将欲すれば、必ず固く之を与う。
是を微明と謂う。
柔弱は剛強に勝つ。魚は淵より脱るべからず。
国の利器は以て人に示すべからず。
[老子:第三十六章微明]