要は『要するに』が要してない真の文章の見本【きまぐれエッセイ】
世の中には実にいろんな人間がいて、あたしの知り合いにもかなり変わった性癖を持ったヤツがいる。いや、別に性的な意味ではなくて、言葉の使い方とかそういうハナシ。
たとえば、「要するに」という言葉を嫌ってやまない人間がいる。
「『要するに』が要してない」なんて文句をつけるのが趣味らしい。まあ、あたしもTwitter(X)でそんな意地悪なオトコに絡まれたことがある。
論理問題のお題に対する回答に、普段はあまり使わない「要するに」を使った。それがいけなかったのだろう、「『要するに』が要してない」と絡まれた。
そういうわけで、この記事のように話が全く要約されてないのに、「要するに」を使ってしまう人もいるだろうが、適切な使い方にまでケチをつけるような人は、きっと上司かなにかがこの手のタイプで嫌な思いをしたのかもしれない。だからといって、人に絡むのはやめてほしいものだ。
そんなわけで、腹が立ったので、彼らが逆に絡むのを躊躇するほどの「要するに」の使い方が破綻した文章の見本を書いてみた。
要は『要するに』が要してない真の文章の見本
以上の文章は、いじわるなあなたが望んだ「要するに」の使い所ぶっ壊れた文章なのよ。
あたしも最近ちょっと思うんだけど、この「要するに」って結構めんどくさい言葉だわ。情報を簡潔にまとめる時に使うらしいんだけど、それ以前に使っちゃう奴が多すぎるのよ。言葉として機能してないっていうか。
話を聞いてごらん。今の人間ってみんな要するに好きなのかしら。会議でも、クラスでも、ちょっと説明しようものならすぐ出てくるでしょ。
「要するに、今日は……」だの「要するにこの問題は……」だの。この「要するに」がついたらいつも冗長極まりない説明がしばらく続くのが常なのよ。要約どころか、話がかえって長くなるっていうのにね。
反面教師としては申し分ない。あたしだってたまに説明を要するに始めてしまうことがある。だって皆がそうしてるんだもの。ただ最近思うの。この「要するに」を野放しにしすぎると、要するにの意味がなくなってしまうのでは?とね。
要約できないくせに要約のフリをするバカがここまで増えたのは何故なのか。ひょっとして『要するに』の意味を知らない人間が使いすぎているのかしらね。「要する」って要求したり必要とする、ということでしょ。要点をまとめる意味合いよ。それなのにボリューム満点の説明をするってどういうことなの。いい加減にしてもらいたいわ。
言葉の乱用は文化の衰退につながるのよ。皆で気をつけましょ。要約は要約でちゃんとしましょうって話。要するにそういうことなの。
あらっ。このまま書き続けていたらあたし自身が要するにの乱用犯になってしまうわね……。それは本末転倒じゃない。とにかく要するには慎重に付け加えることこそが大切なのです。要するにを要するにと濫用すれば、語源さえ無視されかねません。
では最後に控えめに要するに一発。結論を言えば、「要するに」は適切に使うべき。それでも分からない人のために簡単に要約すると、
「要するに」は慎重に。以上!