へりくだって世を見れば【きまぐれエッセイ】
へりくだって世を見れば
『こんな国に誰がした』というお決まりのフレーズがある。
では、個人の視点から国を見るのではなく、国の視点にたって個人(じぶん)を見てみたらどうだろう。
そうりだいじんになったつもりで国民(じぶん)のことを考えてみたらどうだろう。
この国で生きてそして死んでゆくいのち。
貧乏人であろうが金持ちであろうがこのいのちは貴い。
貴いいのちたちが、笑い、泣き、キレたり、怒ったり、ムカついたり、不安になったり、さびしくなったり、舞い上がったり、落ち込んだりしながらいっぱいいっぱ生きている。
そうりだいじんでも、どんなに偉い人でも、個人のいのちに誰も干渉できない。
この国で生きそして死んでいくいのちを大切にしたいなら、きっと優しさと思いやりのある政治をするだろうなあ。
あんなそうりだいじんはダメだ、こいつはダメだ!とほざいているだけの人は人の上に立つ資格はない。
人の上に立つものは謙虚であらねばならない。
謙虚であればこそ彼と争う者はなく、争わないから敵もいない。
だからこそ末永くトップの座にいることになり、末永くいて欲しいと願われるのだ。
そんな謙虚な気持ちをトップや他人だけに求めるのではなく、まずじぶんじしんが実践してみてはどうだろうか。
へりくだってこそ見えてくる世界がある。
それは未だ、あなたの知らない世界……
江海の能く百谷の王たる所以の者は、其の善く之に下るを以ての故に能く百谷の王たり。
是を以て民に上たらんと欲すれば、必ず言を以て之に下り、民に先んぜんと欲すれば、必ず身を以て之に後る。
是を以て聖人は、上に処りて民重しとせず、前に処りて民害とせず。
是を以て天下、推すを楽しんで厭わず。
其の争わずを以ての故に天下能く之と争う莫し。
[老子:第六十六章後己]
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