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【自然環境部会コラム】自然を訪ねて(19)あるクモ屋の履歴書

 クモに興味を持つようになったのは、大学2年の時だった。偶然肩に止まったハエトリグモの美しさに心惹かれ、大学の図書館にあった図鑑で名前を調べたのがきっかけである。漆黒の頭胸部と歩脚、明るい赤褐色で毛並みの良い腹部。それはネコハエトリの雄であった。その後、吉倉眞著「クモの不思議」を読みクモへの関心は高まった。研究室配属後、コガネグモ類とジョロウグモを材料にマニアックな研究をしていたが、40年近く前の当時も即戦力を求める企業側はお呼びではなく、先生の伝手でやっと就職が決まり川越に出てきた。最後の思い出にと参加した日本蜘蛛学会宮崎大会では「木乃伊取りが木乃伊」になって深みにはまり、現在に至っている。

コガネグモ♀成体
ネコハエトリ♂成体

 筆者にとってのクモの魅力は、生活様式の多様さにある。顕著な例を挙げると、出入口に開閉式の戸蓋を付けるトタテグモ類、他のクモの網に侵入するイソウロウグモ類、投げ縄でガを捕えるイセキグモ類、クモやアリなど特定の分類群を専食するクモ、抜群の視力を駆使して餌を捕えるハエトリグモ類など枚挙にいとまがない。これらクモの多様性に大きく寄与しているのが糸を作り出す能力であろう。網を作るクモはわかりやすいが、地中性のクモは巣穴の裏打ちや戸蓋にも糸が使われているし、徘徊性と呼ばれるコモリグモ類、ハシリグモ類、ハエトリグモ類も移動中に命綱として糸を出し、元の場所に戻る際に「命綱」を辿る。そもそもほぼすべてのクモが卵を包む卵のうに糸を用いるので、クモと糸は切っても切れないものと言っていいだろう。

 多くのクモの中で特に筆者の興味を引いたのが、体長1〜2mmサイズのカラカラグモ類で、小さな分類群ながら多様なタイプの網を張るクモを含有する。2020年に南西諸島を含む未記載種が新種記載されたが、そのうちの1種に入間市が基準産地で筆者が偶然発見したアメイロカラカラグモが含まれており、命名者の一人として名を連ねたことは望外の喜びであった。どんなクモか説明すると長くなるので、興味のある方は、インターネットで“The Slingshot Spider”で検索して動画をご覧いただくことをお勧めする。属は違うが、網の構造と餌捕獲法は同様である。川越市ではカラカラグモ類は未記録だが、先述のアメイロを含め2〜3種は見つかる可能性がある。

 筆者も元々はクモが好きではなく、夜に軒先で網を張るオニグモには畏れに近い感情を抱いていた。人生わからないものである。冒頭で記したネコハエトリのエピソードだが、当時競馬に熱中していた筆者が馬の毛色にネコハエトリを重ねていたのはここだけの話。

(平松毅久)

注)Slingshotとは「ぱちんこ」(鳥などを打ち落とす武器の方で、娯楽の殿堂に非ず) の意

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