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「打てば打つほど鬱になる」第一話

【あらすじ】

平西(ひらにし)高校野球部3年生の市ノ瀬一颯(いちのせいぶき)は
小学生の頃からチームの中でも飛び抜けた才能を持ち、
プロ野球選手になることを夢見ていたが
ある時、自身がそのレベルには至らない人間であることを知る。

信じて疑わなかった未来が、崩れ去る喪失感。
圧倒的な才能が、致命的な欠点に相殺される虚無感。
己の葛藤が、誰からも理解を得られぬ孤独感。

それらの感情を抱きながらも、
出し続ける成果が、何の未来に繋がらなくても、
彼は今日も、打ち続ける。



【第一話】

「カァン!」

とある高校野球部の練習試合にて
センター前にヒットが放たれる

チームメイトA「ナイバッチ!」
チームメイトB「これで今日も3安打!」
チームメイトC「さすが!天才!」

ヒットを打った市ノ瀬は騒ぐベンチを塁上から冷めた目で見た後に、曇り空を見上げた

市ノ瀬(また何処へも繋がらないヒットを打ってしまった…)
「はぁ…」
「鬱だ。」

タイトル『打てば打つほど鬱になる』

監督「それじゃあ2試合目は14時開始予定!それまでは各自休憩!」
選手一同「はい!」

市ノ瀬は部室で一人、椅子に座りながらバットを握り、見つめる
そのバットの握り方からは左打者であることが伺える
部室の外からは呑気なチームメイトたちの声が聞こえる

チームメイトA「コンビニ行こーぜー」
チームメイトB「おー」

市ノ瀬は握ったバットを見つめながら思いを巡らせる

市ノ瀬(いつからだろう…)

先ほど塁上で呟いた「はぁ…鬱だ。」という自身のセリフを思い出す

市ノ瀬(こんな風に思うようになってしまったのは…)

市ノ瀬は回想する

市ノ瀬(小5で少年野球チームに入って、初めての紅白戦で当時の6年生エースからいきなりツーベースを打ったあの日からずっと、チーム内どころか地区の中でも、ひとり“異次元で”ヒットを量産する人間になっていた。
投げてもそこそこストライクが入るので6年の頃には4番でエースだった。
何で自分がこれほど打てるのかという理由がよくわからなかったからこそ、これは才能なのだと。
自分は野球の神様に選ばれたプロ野球選手になる人間なのだと、疑う余地はなかった。)

(中学は硬式のクラブチームが近くに無かったので学校の軟式野球部に入るが、チームメイトにも恵まれ、最後の夏には全国大会にも出場した。
俺自身も3番レフトとして誰よりも打ちまくった。たぶん余裕で7割以上打っていたと思う。)

(けれどもチームメイトの何人かが強豪校からスカウトされる中、俺には特に何の声もかからなかった。それでもこのまま高校でも打ち続けていればプロになれると信じていたが…)

市ノ瀬の回想はチームメイトと共に他校の公式戦を観戦した時に至る

記憶に残るのはホームランを放ち、ベースを一周する、とある選手だった

チームメイトA「凄いな野戸」
チームメイトB「これで今日2ホーマー」
チームメイトC「肩も強ぇし、足も速い」
チームメイトA「ああいうのが、プロに行くのかな…」
市ノ瀬「…。」

試合を見終え、市ノ瀬は一人で球場から出る
すると何やら試合を見ていたらしき者どもの会話が聞こえきた

「良かったですね、野戸」
「シャークスさんはやっぱり目をつけてるんですか?」

市ノ瀬「!!」
市ノ瀬(…プロのスカウト!?)

市ノ瀬は物陰に隠れ会話に聞き耳を立てる

スカウトA「まぁまぁそれは一応…ね…」
スカウトB「あ、濁しましたね 笑」
市ノ瀬(凄ぇ!やっぱりスカウトだ…こういう試合見に来てるんだ本当に…)
スカウトB「あとどの辺チェックしてます?」
スカウトA「うーん、どうですかねぇ…」
スカウトB「これの前の試合に出ていた…」「平西高校の3番バッター、どう思いました?」

市ノ瀬(…え!?)

スカウトA「あー、市ノ瀬?何回か見てますよ。」
スカウトB「あ、さすが!チェックしてますねー!」
スカウトA「バッティング面白いなとは思いますけど」
スカウトB「えぇ、えぇ」
スカウトA「肩弱すぎるでしょ、アレ」

スカウトB「あー、ですかねぇ。やっぱり」
スカウトA「プロじゃ守れるとこないって、アレじゃあ(足も無さそうだし)」
スカウトB「あの手のタイプは俊足強肩でやっと検討って感じですかね…」
市ノ瀬「…。」

市ノ瀬(それはプロのスカウトに認知されていたという興奮を一瞬で消し去る、目を背けていた現実だった。)
(今にしてみれば、中学時代どこの高校からも声をかけられなかったことをもっと真剣に捉えるべきたったし、そもそも中学で早々にピッチャーからレフトに転向させられたことをもっと重く受け止めるべきだった。)

市ノ瀬(その日以来…)

市ノ瀬の回想はある日の休み時間の教室に至る

市ノ瀬はスマホでとあるプロ球団の入団テスト内容を見つめていた

そこには『1次試験:50m走6.5秒以下 遠投95メートル以上 合格者のみバッティング、フィールディング試験』と書かれており
特に『遠投95メートル以上』と『合格者のみバッティング』の表記が市ノ瀬の目には大きく映った

そしてその脳裏にはスカウトの「肩弱すぎるでしょ」「守れるとこないって」という言葉、
そして野戸を見たチームメイトの「ああいうのが、プロに行くのかな」という言葉が蘇った

またある日、市ノ瀬は家でスマホを見ていた

そこには『昨季ファームの首位打者に戦力外通告!理由は守備力か!?』という報道が出ていた

また別の日には『メジャー通算200発男の入団で好打者・宮越レギュラー落ちか!?』という報道を目にした

回想は今に戻る

市ノ瀬(堰を切ったように、いかに自分のような選手はプロ野球から必要とされていない人材なのかということを感じさせられる情報ばかりが目に入ってきた)
(自分が今まで快調に走り続けてきたその道は、何処へも繋がっていなかった道なんだと感じさせられた)
(それなのに…)

場面は変わり、
2試合目の練習試合が既に始まっており市ノ瀬は打席に立っていた

美しい弧を描いたスイングがボールを捉えつつも思いは巡る

市ノ瀬(何で俺は、まだ打ち続けるんだろう…)

鮮やかにセンターへと抜ける打球を走り見ながらがらも思いは巡る

市ノ瀬(何でこのバットは性懲りもなく、野手のいない所へ打球を弾き返し続けるのだろう?)

チームメイトA「いやー!ナイバッチ!」
チームメイトB「早くも二安打!」
チームメイトC「何本打つんだよw!」

塁上に立ちながらも思いは巡る

市ノ瀬(何でプロにはなれないのに、こんな簡単に打てはするんだろう?)

試合は進み、市ノ瀬はまた次の打席に入る

市ノ瀬(何で野球の神様は、俺にこんな…)

難しい低めの変化球に体勢を崩されながらも食らいつく

市ノ瀬(役に立たない才能[バットコントロール]だけを与えたんだろう…?)

打球はセカンドの頭を越えていく

チームメイトA「凄いですね、本当」
チームメイトB「いや平常運転、平常運転w」

市ノ瀬は塁上でバッティンググローブを外しながらも、巡る思いが止まらない

ベンチでつけられるスコアブックにはライト前ヒットの表記が記される

市ノ瀬(無価値な安打数だけが、また積み重なっていく)

市ノ瀬は空を見上げる

市ノ瀬(どれだけ上に積み重ねても、)
(上のステージには上がれないくせに)

曇り空からは小雨が降っている

市ノ瀬「はぁ…鬱だ。」



第二話:https://note.com/kawada_09/n/n46bf1d1abb1c

第三話:https://note.com/kawada_09/n/naba96fad6e39

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