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「うざい読書家」と思われる10の言動

川口市出身の自称読書家 川口竜也です!

かつて私は、「電車で本を読むとか昭和かよ」という謎の陰口を言われたことがある。

未だに何が昭和なのかは不明なのだが、「読書」をしている人に対して、何かネガティブな印象を持っている方も少なくない。

だけど、その原因はもしかしたら私にもあったかもしれない。何か「うざったく」思われる振る舞いがあったのだろうか。

そこで今回は、「うざがられる読書家の言動」をChatGPTに聞いてみました。

あくまでも、AIの回答として読んでいただければ幸いです。


「うざい読書家」と思われる10の要素

「うざい」と思われる原因は、相手に対して押し付けがましかったり、自分の価値観を強調したりすることである。

そして、価値観や考え方は、日常的な言葉にあらわれるものです。

無意識に「うざい」と思われる発言や言い回しをしていないか、注意しましょう。


知識を披露したがる

読んだ本の内容や知識を自慢げに語ると、うざく感じられることがあります。

知識が豊富なのは素晴らしいことである。歴史や哲学などに精通している人は、様々な分野と関連付けて楽しめる人も多いです。

厄介なのは、「説明しなくてもご存知でしょう?」「一般教養ですよね?」と知識マウントを取ろうとする人である。

シャレで言うならばまだしも、真顔で言われると流石に「うざい」と思われてしまうね。


本を押し付ける

自分が読みたいと思わない本を、無理に読ませようと押し付けようとする行為は、うざったく感じてしまう。

営業職向けの本に書いてあったが、営業の大前提は「求めているものを、求めている人に」売ることである。

それゆえに、「これを読まないと絶対に損だよ」といった押し売り・強要は、営業マンとしてNGだろう。


相手を極端に批判する

読書傾向を批判したり、馬鹿にしたりする人は、他人からうざがられる原因になります。

無論、批評をすること自体が問題というわけではない。批判や反対意見があるからこそ、自分の考えが洗練されることもある。

しかし、「あの作品は読む価値がない」「全く無意味な内容だ」などの発言は、その本が好きな人からしたら、相手を嫌いになる理由として充分だろう。


完璧に理解しているように振る舞う

自分の理解が唯一の正解だと思い込んでいる態度は、傍から見たらうざったく思うものである。

そもそも、著者の真意は、著者しか理解できないものである。理解に努めることはできても、完璧に理解するなんて不可能なのだ。

それゆえに、「著者の真意を完全に理解した」「これこそが正しい解釈だ」といったコメントは、うざがられても致し方がない。


読書・作家に対する過信

読書に対してあまりに過信しすぎるのも、周囲からうざがられる原因である。

たまに読書会でも「普段お世話になっている人が紹介してくれた本で〜」と、聞いてもいないのに語る人にお会いする。

だけど、作家・著者の言葉は全て受け入れるといった態度は、ときに周りの考え方に対して否定につながりかねない。

「この本を読んだらマジで人生が変わった」のは素敵なことであるが、過信のしすぎは、自分自身を見失うのかもしれない


話を本に結びつけすぎる

何かの話題が出るたびに関連する本を紹介するなど、会話の流れを無理に本の話に持っていくと、嫌がられることがあります。

相手が本に興味がないのに、無理に本の話題を広げたり、強引に本の話を続けようとすると「うざい」と思われがちである。

「それはこの本でも扱っていたな」「△△という本にも書いてあった」といった発言は、時と場合によっては失礼になります。


難しい本を読んでますアピール

わざと難解な本を読んでいることを強調することは、相手にプレッシャーを与えたり、嫌悪感を抱かれることがあります。

「この本は一般の人には難しすぎるかもね」「この本は哲学的で深いんだよ」と思ったら、思うだけにしておくと良いでしょう。


読書のペースや量を自慢する

自分の読書量やペースを自慢げに話すことも、うざく感じるものである。

個人の効用として済ませているのならば良い。去年よりも多く、先月よりも多く読めたのは、とても素晴らしいことである。

だけど、他人と比較して「私のほうが多く読んでいる」といったマウントは、読書好き同士でもうざいと思うものではないか?

うざがられないためにも、「毎月◯冊読んでいる」「1日に◯ページ読まないと気が済まない」といったアピールは控えるべきかも。


未読であることを見下す

積読・未読状態である人に、「まだ読んでいないのか」と問うことは、場合によっては喧嘩に発展する。

世界には、読んでいない本のほうが多くて当たり前。たまたま読んでいなかった本に対して、マウントを取られると苛つくものさ。

ベルリオーズは言っています。もしあなたが『ハムレット』を読まないまま人生を終えてしまうのなら、あなたは炭鉱の奥で一生を送ったようなものだって

村上春樹「海辺のカフカ(下)」330-331頁より抜粋

「この本を読んでいないなんて理解できない」なんて、19世紀的な極論であろうに。


読書以外の趣味を軽視する

読書こそ一番価値があるものだと感じて、他の趣味(映画、音楽、旅行など)を軽んじるような人は、何であれうざいものである。

特に、読書が知識や教養と直結しているという考え方を押しつけると、相手にとっては不快に感じることがあります。

「推し活なんて時間の無駄だよ」「本を読まないなんて、どうしてそんな人生を送っているんだろう」といった言い回しは、相手を不快にさせるのに充分だから。


まとめ

自分が好きな本や作品について語る事自体は、お互いにとって有益なことです。

ですが、本好きには様々な人がいて、読書に対する捉え方や考え方も様々である。

読書に限った話ではないですが、自分だけの価値観を押し付けると、周りから「うざい」と思われるものです。

あくまでもAIの回答ではありますが、結構私も無意識に使っていた言葉もあるので、注意しようと思った次第。それではまた次回!

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川口 竜也 / 川口市出身の自称読書家
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