見出し画像

「治してあげるよ」 沖縄のビーチでおじさんに手をかざされた僕は...。

 後から思い返すと、あれはなんだったんだろうって、できごとってありますよね。現実という揺るぎない世界に、ふっと生まれるエアポケットのような瞬間。でもそのできごとは、心の奥底にしっかりと刻み込まれる。

 沖縄のビーチでのおじさんとの邂逅も、まさにそんなできことだった。

 その頃、ぼくは那覇にいた。1週間、国際通り近くのホテルに滞在していた。いろんなことがあり、少し疲れていた。ゆるやかに時を過ごしたいと思い、小さな仕事を作って那覇にでかけた。

 朝早起きして、街をランニングする。美味しいものを食べる。本を読んだり、街をぶらぶらする。そんなふうに、ただただのんびりと過ごそうと思ったのだ。

 その日は12月だというのに、暑い日だった。ぼくはTシャツに短パンででかけ、国際通りにあるレンタサイクルのお店で、電動のミニベロを借りた。那覇市内をぐるぐると回ろうと思ったのだ。那覇はこじんまりとした街ではあるが、歩いて回るには少し大きすぎる。再建中の首里城や、沖縄のグスク(城)をイメージしたという沖縄県立博物館、味噌汁定食がうまいという小さな食堂など、巡りたい場所がいくつかあった。
 

白い壁が美しい沖縄県立博物館
ポカポカあったまるポークのはいったみそ汁

 中でもずっと行ってみたいと思っていた場所があった。崖の上に立つ波上宮。その下には波の上ビーチが広がる。ガイドブックで写真をみて、揺るぎなく神々しい光景にどうしてもいってみたいと思っていた。

 そこは那覇にあって蜃気楼のような場所だった。市街地を抜けると、忽然とビーチが現れるのだ。それほど広くはないが、空は高く、抜けの良い。ビーチに迫り出した崖の上には波上宮がどーんと鎮座する。 
 真っ白な砂浜にジリジリと太陽が照りつけ、タイの若者たちが、キャッキャいって遊んでいる。泳いでいる人たちもいる。海は透明度が高く、とてもきれいだ。

波上宮
波の上ビーチ
白くて美しい砂浜
高速道路沿いにあり、白昼夢のような場所だった

 そのビーチで、ひとりのおじさんに声をかけられた。

「どっからきたのー?」

「東京からきました」

「いい足してるねー。なにかスポーツやってるのー?アスリート?」

 そのしゃべり方から地元の人だとすぐにわかる。なんくるないさー、のイントネーションだ。半ズボンから突き出しているぼくの足をじーっと見つめている。
 自慢じゃないが(正直に言うと自慢だ)、ロードバイクとランニングをしているぼくの足にはシャープなひらめ筋がついている。お腹は弛んでいるんだけど、その贅肉がしっかりついた重い身体でランニングをするので、足だけは鍛えられるのだ。

「アスリートじゃないです。趣味でランニングとロードバイクしてます」

 するとおじさんはニコニコしながら、こういった。

「どっか悪いとこない?治してあげるよー」

 一瞬、何をいっているのかわからなかった。

「悪いところですか。強いて言えば腰痛持ちでちょっと痛いですかね」

「治してあげるよー。ちょっと後ろを向いて。」

 ちょっと不安だったが、言われる通りに、おじさんに背を向ける。すると背中にすっと右手がかざされる。

 その瞬間、不安がむくむくと立ち上がる。

 これ、ヤバいやつなんじゃないか?よくある宗教の勧誘なのか?それとも高額の請求をされるペテンか?どっかで写真とられてないか?怖い人がでてくるパターンのやつか?

 しかしどうすることもできない。目線を遠くに移すと、波打ち際で若い中国人の母親と男の子が水戯れている。彼らは日本に住んでいるのだろうか。もしもの時に大声を上げたら、彼らは助けてくれるだろうか。

「どう、良くなった?」

 おじさんに声をかけられ、ふっと我にかえる。

「いや、どうだろう。あんまり感じないです…。」

「じゃあもう一回やろうか、もう一度向こうをむいて」

 また、なんくるなさーのイントネーションで、おじさんはぼくを促す。

「あたたかくなってくることもあるからね」

 手をかざしながら、おじさんはいう。

 全然あたたかくはならない。その一方で不安はどんどんと大きくなる。

ここから先は

1,250字 / 2画像

¥ 500

あなたからのサポート、すごくありがたいです。