妻に黙って、大金を持ち出し...マカオのカジノで人生を学んだ話。
マカオって、どんなイメージがあるだろうか?
世界遺産になったオールドタウン?
沢木耕太郎の深夜特急にでてくるリスボアホテルのカジノ?
そんなあなたは、きっと驚くだろう。今やマカオには、世界最大のスーパーカジノタウンがあるのだ。埋め立てられた広大な土地に、ビカビカのカジノが所狭しと立ち並び、メインランドからお金持ちが押し寄せ、ビックマネーがごうごうと集まってくる街なのだ。
そんな街に、なぜか大金を握りしめていくことになった。
きっかけは、元日本テレビのTプロデューサーこと、土屋敏男さんを香港へと誘ったことだった。
「最近、香港にできた、M+という美術館に一緒に行きませんか?」
「いいですね。だったらついでにマカオにもよりませんか」
実は、土屋さんはバカラというギャンブルで、カジノ道を極めようとしている。マカオに立ち寄るというのは、つまり、そこでバカラをやりませんか、というお誘いでもある。一方のぼくは、賭け事はからっきしダメで、パチンコも、競馬も、勝てる気がしないし、職場のしょぼいビンゴ大会でも、当たったことがない。
そんな僕に、土屋さんはこう言葉を重ねた。
「河瀬さん、ぼくが必ず勝たせますよ」
土屋さんは自信たっぷりである。
その勢いにおされて、思わず首を縦にふってしまった。
これがすべての始まりだった…
そんなわけで、2023年10月初め、マカオへ。
羽田空港で待っていると、土屋さんがトローリーを引きながら現れた。ニコニコしながら自分のTシャツを指差す。
「これ、なんだかわかりますか?」
Tシャツには、18という数字が書かれているのだが、特別なことはなにもない。キャラクターが描かれている訳でもないし、何を聞かれているのか、皆目見当もつかない。
「わかりません、なんですか?」
「バカラはカードの数字を足して9が最強なんです。こうやって自分の気持ちをあげていくんです」
金髪先生の熱血カジノ教室はすでに始まっていた。
さらに、、、
手荷物検査場に向かう列に並んでいると、ひとりのご婦人が少しあわてていた。どうやら飛行機がギリギリで検査場でモタモタしていると遅れてしまうのではと心配しているようだった。
すると金髪先生、ご婦人に優しく声をかける。
「どうされました?」
「搭乗の時間が迫っていて、間に合うか心配で」
チケットを見ると出発は30分後、確かに微妙だ。
「あそこにいる係員さんに聞けば、優先的に通してくれますよ」
「ありがとうございます!!!」
ご婦人の顔がパッと明るくなる。金髪先生は、強面だが優しいのだ。
すると土屋さんが耳打ちする。
「運っていうのは人に優しくしないと回ってこないんですよ」
え!これもカジノを考えてのことなのか。徳を積んでって、微笑みの国かよ。これが、カジノ道(どう)なのか。
今回は土屋さんから、持って行く金額について事前に指南されていた。その金額はのちほど書くけれど、僕にとってはかなりの大金だ。いわく「失ったらかなり痛い額」でないと、本気にならないのだという。結構スパルタだ。妻にはとても言い出せず、現金をこっそり持ち出した。
香港までは4時間ほどのフライト。空港に降り立つとどこもかしこも建設ラッシュだった。クレーンがいたるところにニョキニョキ生えている。街の胎動というか、躍動するチャイナマネーを感じる。
香港からマカオへは、フェリーでも渡れるが、土屋さんの提案で今回はバスで移動することに。世界一の海上橋・港珠澳大橋(こうじゅおうおおはし)を通るためだ。香港とマカオを1本の橋で繋ぐこの橋、総延長はなんと55キロ。海ほたると千葉を結ぶ東京湾アクアブリッジが、4.4キロだというのだからその長さがいかに桁違いかわかるだろう。最初はすごいすごいとはしゃいでいたが、だんだん飽きてくる。だって景色はほとんどかわらないんだもの。どんなにも節度は必要なのだ。
マカオに着くと、ホテルに荷物を預け、カジノタウンへと繰り出す。すれ違う人のほとんどは中国本土から来ている人だ。身なりも小綺麗で洗練されている。ぼくらが泊まるホテルにもカジノがある。というかカジノにホテルがついていると言うべきか。
ごうごうとお金が唸るように集まるこの街、その規模はラスベガスを超えており、今なお拡張し続けている。それはさながら大人のテーマパーク。エッフェル塔があり、ビックベンがあり、ヴェニスの水路がある。それぞれのカジノは趣向を凝らし、来るものを飽きさせないよう、常にリニューアルされているという。
メインランドからのお金持ちがゴンゴンとお金を落としていくからか、景気後退なんて、微塵も感じられない。なんでもマカオ市民は、一定所得以下は無税だし、逆にお金が支給されるらしい。カジノマネーおそるべしだ。
夕食は、ポルトガル料理の名店へ。悪魔のエビと、アフリカンチキンをいただく。マカオがかつてポルトガル領だった名残が街のあちこちに残っている。古き良きオールドマカオだ。
夜ご飯を食べた後に、カジノを覗きにいく。カジノは一切撮影が禁止。ゲートをこえると、ずらーーっとテーブルが並ぶ。
「中国人は、バカラが大好き。一番多いのはバカラですよ」
土屋さんがやるのもバカラだ。数字の和が9が最も強く、0が最も弱い。ディーラーがカードを配り、客はバンカーとプレイヤーのどちらかに賭ける。数字の和が同じなら勝負なし。確率はほぼ2分の1、運がすべてだと、土屋さんはいう。
「土屋さん、運がすべてだと、勝ちつづけるのは難しくないですか?」
「その運を引き寄せるのです」
「そんなことができるのですか?」
「最初は難しいですが、それを極めるのがカジノ道なのです」
プンプンと胡散臭い。あやしい新興宗教の教祖のようだ。修行を積めば、空が飛べるみたいなやつ。騙されちゃいけない。しかし土屋さんは、ここのところずっとカジノで勝ち越しているという。
信じるも信じないもオレ次第だ。
しばらくテーブル眺めながらぶらぶらしていると、土屋さんがおもむろにこういった。
「まずは今夜は、5万円で肩慣らししましょうか」
お、ついに始まるのか。少しドキドキしながら、5万円分の香港ドルをチップに交換する。紙幣で5万円というのは、なかななか迫力があるが、チップになると途端にその重みを失う。うっかりするとポンポンいっちゃいそうだ。いかん、いかん、気を確かに持たなければ。
ホール内を見渡すと、テーブルごとに最低レートが書いている。最も安いもので、500香港ドル、つまり1万円以上でないと賭けることができない。ものすごい高いじゃないか。でもここでは、これが最低レートなのだ。他にも1000、2000、中には5000というテーブルがある。5000香港ドルというのは、ひとはり10万円だ。おいおいこれって、絶対に素人が踏み込んじゃいけない領域なんじゃないだろうか。
土屋さんがレクチャーを始める。
「いいですか、河瀬さん、ぼくの言う通りにかけてください」
「はい」
「まず1万円かけてください。勝てば2万円になります。次はその2万円をそのままかけてください。勝てば4万円になります。そしてまたその4万円をそのままかけてください。これで8万円になります。これを1万円ずつやる。つまり5万円のうち、1回でも勝てば浮きます」
なるほど理屈はわかる。しかし3回も連続で勝てるのだろうか。ぼくの不安を察したように、土屋さんが続ける。
「自分が勝てる、という直感が働いた時に、かけてください」
そんな直感、働くなら苦労しないと思いつつ、まずはやってみようと、チップを握りしめて、近くのテーブルに座る。
しばらく人が賭ける様子をじっと見ていた。
あるとき、今なら勝てるかも、っておもった。
自分の直感を信じるのだ。
すっとテーブルに1万円分のチップを置く。
カードが配られる。微妙な数字だ。もう一枚カードを引くが、全然弱い。
祈るような気持ちで、もう1枚カードを引く。
全然ダメだ。相手のカードはめっちゃ強い手だった。
1万円をあっけなく失う。
気を取り直して2回目。
負け。
3回目。
ようやく勝つ。
1万円分のチップが2万円分になってもどってくる。
おお、こういうことか。そしてしばらく場を見て、ここだというところで、その2万円分のチップをすっとテーブルにおく。
ドキドキしながらカードの行方を見守る。
また勝った。
2万円分のチップが、今度は4万円分になって戻ってくる。
おお、すごい。ここからもう一回勝てば、浮きを確保できる。
もう1回、今度は4万円分のチップをすっとテーブルに差し出す。
こいこい!こいこい!と心の中でさけぶ。ひとりサマーウォーズ状態だ。
果たして結果は、、、
負けた。
4万円分のチップがディーラーの手元に吸い込まれる。あまりにもあっけない。その後も、1度は勝ったのだが、3回連続にはいたらない。
ものの10分もしないうちに、5万円すった。
おいおいやばくないか。
マカオ初日。マイナス5万円。
土屋さんは、必ず勝たせる、と断言したが、こんな調子で大丈夫なんだろうか。そもそもぼくはカジノなんて全く興味がなかったのだ。むしろずっと避けてきた。仕事でラスベガスにいった時も、1ドルだって賭けようとは思わなかった。それが今や、大金をカジノですったのだ。論理的に考えれば、もうこの先はやめた方がいい。泥沼にはまっていくだけだ。
しかし、、、
少しずつ、気になり始めていた。
運をひきよせる、ってどうすればできるのか。
土屋さんはこういっていた。
同じくらい面白い芸人がいても、売れるやつと売れないやつがいる。人気絶頂と芸人もパタリと売れなくなることもある。努力は前提条件だ。そして命運をわけるのは「運」なのだという。
そして、、、土屋さんはカジノで勝ち続けている。二分の一の確率で、どうすればそんなことができるのか。そもそも運って一体なんなんだ。5万円を失ったばかりなのに、その深淵を覗いてみたいという欲望がムクムクとふくらんでいく。こうやって人は人生を踏み外していくものなのだろうか。
ホテルの部屋に帰る道すがら、そんなことを考えながら歩いた。
すると土屋さんが、とんでもないことをいいだした。
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