「膝枕」外伝 Jumping Knee vs Death Roll
2021年8月7日、Clubhouseで今井雅子作「膝枕」朗読を行い、膝枕er番号67番に認定されました。
多くの膝枕erから刺激を受けて、私も膝枕iterとしてこんなのを書きました
本作品は膝枕外伝第七弾で、第五弾「Jumoing Knee」の続編となります。
また、本作品ではこちらの作品からも題材として使わせていただきました。
「膝枕」外伝 Jumping Knee vs Death Roll
休日の朝。独り身で恋人もなく、打ち込める趣味もなく、その日の予定も特になかった男は、ワニと戯れていた。男は、ちょっと前まで愛用していた、女の腰から下が正座した格好の枕が突如暴走し、ニードロップやジャンピングニーパットを食らって失神させられたが、それ以来ひとりぼっちになってしまった男にとって、ワニは唯一心を許せる存在だった。ワニは、肉食動物とは思えない程おとなしく、男に嚙みつくなんてことはもちろん一度もないし、足をドンドン、尻尾をバンバンしながら踊るようなこともなかった。
だが男には、ワニについて気になることが二つあった。
ひとつは、ワニが口を閉じたとき、下顎の歯が見えることである。
「口を閉じて、下顎の歯が見えるか見えないかで何がどう違うんだっけ・・・・・」
と気にはなっていたが、何なのかを思い出すことができなかった。
もうひとつ気になったのは、ときどきワニがクルリと一回転することだった。ワニが一回転することについて、どこかで聞いたことがあったような気がしたが、それも何なのか思い出せなかった。
すると突然、玄関のチャイムが鳴った。ドアを開けると、宅配便の配達員がダンボール箱を抱えて立っていた。男は一瞬、「えっ、何で荷物が?」と思ったが、伝票を見ると、「枕」と書かれていた。
「枕・・・・・」
男は声を震わせ、悪夢のような光景を思い出した。膝枕が自分にニードロップやジャンピングニーパットをかましたのは、人工知能の不具合が原因ということで、修理のため引き取られていたことを、すっかり忘れていた。
「受け取ってもらって、いいっすか?」
配達員に急かされ、やむを得ずサインして受け取った。
ドアを閉めた瞬間、男は何やらきらきら光るのを感じた。部屋には貴金属の類などあろうはずがないのに。部屋を見回した男は、きらきら光っているのはワニの目だということに気づいた。
「えーっ、ど、どうして?」
男がつぶやくより先に、抱えていたダンボール箱がガタガタ動き出した。
「わ、ワーッ!」
次の瞬間、ダンボール箱の底が抜け、中に入っていた膝枕が、ゆっくりと床に正座する格好で着地するや、再びワニの目がきらきら光った。
「う、ウソでしょ・・・・・」
男は声を出すこともできずに立ち尽くした。
一瞬の静寂の後、ワニは大きく口を開けて、膝枕に向けてとびかかった。だが膝枕は、瞬時にワニよりも高く浮かび上がってかわした。ワニは鼻先を壁にぶつけ、床の上に転がった。次の瞬間、膝枕が急降下し、ワニの背中にニードロップが炸裂した。全身をピクピク痙攣させるワニ。見ている男も、ただピクピクするのみだった。
再び膝枕が浮き上がり、もう一発ニードロップをしかけるや、ワニの全身が鞭のようにしなり、落ちてくる膝枕に尻尾で一撃を加えた。もんどりうって転がる膝枕を、ワニはもう一発尻尾で打ち据えた。膝枕は両方の脛を上に向けた、上下逆さまの格好になってしまった。
これでは、膝枕は反撃のしようもない。さらにワニが尻尾を振り上げたが、当たる直前に両膝が開き、尻尾の先端を挟み付けた。何とか振り払おうと、ワニは必死に尻尾を動かしたが、膝と尻尾が一体化したといっても過言ではないくらい、どうやったって離れない。
ワニがジタバタするのを利用して、体勢を戻した膝枕は、再び浮き上がるや、尻尾の先端を挟み付けたまま、グルグルと回転を始めた。まるでジャイアントスイングのようにグルグル回ること13回。叩き落されたワニは目を回してグロッキーだったが、膝枕も前後不覚になっていた。その様子を呆然と見ていた男もまた、目を回していた。
ワニより先に回復し、戦闘態勢を整え直した膝枕は、まだダウンしているワニに、三度目のニードロップを叩き込むべく浮き上がったが、間一髪でかわされて自爆した。膝枕が動けない間に、ワニはゆっくりと膝枕に向き合い、また目をきらきら光らせた。そして、音を立てて口を閉じた。
そのとき、男はようやく、ワニが口を閉じたときに下顎の歯が見える違和感の正体に気付いた。ワニを飼い始めた当初は、アリゲーターだと云われたので安心していたが、アリゲーターであれば、口を閉じると下顎の歯は見えない筈だ。下顎の歯が見えるというのは、このワニがクロコダイルの一種だということだ。大人になればアリゲーターよりはるかに大きくて凶暴なクロコダイルが、男の前で初めて本性を露わにした。
気づいたところで、男にできることは、呆然と見ていることだけだった。そんな男を尻目に、ワニは大きく口を空け、動けない膝枕の右側に回った。両膝の間がちょっと開いた隙を逃さず、ワニは右膝の上のあたりにガブリと噛みついた。膝枕は左の膝を素早く動かし、ワニの口に13回叩きつけると、ワニも耐え切れず、口を開けて右膝を放した。そして今度は膝枕の左側に動くと、体をクルリと一回転させた。
男はここで、もうひとつ思い出した。ワニがなぜ一回転するのかを。
「デ、デスロール・・・・・」
獲物の脚に噛みつき、体を回転させて食いちぎる、恐るべき必殺技。それに気づいたとき、ワニは体当たりして膝枕をひっくり返し、横から左の脛に噛みついていた。これでは右膝で反撃することもできない。このままではデスロールにより、左脛は食いちぎられてしまう。
「や、やめろーっ!」
男が叫んでとびかかったが、ワニは口を開けてかわし、男は顔面を床にめり込ませた。次の瞬間、ワニの尻尾と膝枕の両膝が、同時に男を直撃した。
「もう、いい加減にしなさいよ、ったく!」
部屋に入ってきたヒサコが、大の字の男を見下ろして吐き捨てた。