撮影ログ〜熱海旅行〜
ようやく春の陽気が訪れた三月初旬。心身の休息を取るために熱海へ出かけることにした。
朝、品川駅10時38分発の特急踊り子9号に乗り込む。ホームに着いたのが10時半頃だったので、もしも駅で迷子になっていたら乗り遅れていたかもしれない。
しかし、乗ってしまえばこちらのものだ。
座席につき荷物を棚に上げたり身支度を整える。旅のお供は伊右衛門の緑茶のみで少し心許ないが、朝食はとってきていたし時間もなかったので致し方ない。
車内では車窓からの景色を眺めたり写真に収めたりしていた。少しまどろみながら、自分の意思とは関係なく流れていく景色に妙な安心や不安を感じた。
列車に揺られて1時間ほど経った頃、ようやく熱海へと到着した。特急踊り子9号ともここでお別れだ。
熱海駅を出る。熱海には今回はじめて訪れたが、駅前はなぜか懐かしさを感じた。一昔前の建築形式、日焼けした看板、今の流行ではない色使いが郷愁を誘うのだ。子どもの頃、祖父母が住む地方都市へはじめて遊びに行ったときのことを思い出す。
そこから駅前にある仲見世通り商店街と平和通り商店街へと移動した。商店街は緩やかな下り坂で行楽シーズンで人は多かったが、歩きやすかったのを覚えている。
どちらの商店街も熱海の観光地として有名なようで、大学生と思しき男女、バスツアーのお年寄りたちや、湘南あたりの家族連れなど多様な人間が商店街を行進していた。
2つの商店街を練り歩いたあと、次いで熱海銀座商店街へと向かうことにした。地方によくありがちな、商店街や繁華街の代名詞としての『銀座』は少しおかしくて好きだ。
熱海銀座までの道中は駅前の商店街よりも急な坂が続き少し険しかったが、建物の隙間から時折見える海、歩道の横で干される干物、マンホールや煙突から立ちのぼる湯気に心を弾ませた。
熱海駅から15分ほど経った頃、ついに熱海銀座商店街へ到着した。商店街に入ると純喫茶パインツリーという店に入った。時刻は14時過ぎ、遅めの昼食だ。
店内に入ると優しそうな40,50代くらいの女性の従業員に店奥へ案内される。2段ほど段差があり店内を見渡せる良い席だ。店内には春休みの女子大生らしき4人が2組と男女のカップルがいたのを覚えている。
ふかふかのソファに座りながらメニューを覗き、ナポリタン、ホットコーヒー、チョコレートパフェを注文した。少し注文しすぎたか?と考えていると注文したメニューが運ばれてきた。
鉄板の上でジュージューと音を立てるナポリタンとドライアイスの煙がモクモクと立つチョコレートパフェには驚いた。ある意味こういうのも観光地らしさかもしれない。どちらのメニューも満足の味だったので機会があればまた訪れたい。
喫茶店を出ると時刻は15時過ぎ。腹ごなしに周辺を散策してみることにした。向かった場所は近くにある糸川遊歩道、ここは糸川という河川に沿って整備された遊歩道で、あたみ桜の名所らしい。
あたみ桜は早咲きで有名なだけあって、3月初旬にもかかわらず葉桜になっていた。しかし、これもまた熱海でしか見られない風景かもしれない。
あたみ桜を楽しみつつ、糸川に目を下ろすとアオサギが一羽佇んでいた。悠然と歩きはじめるアオサギの姿になぜか目が離せなかった。大きな翼に青みがかった灰色のグラデーションを帯びた姿が美しかった。
糸川遊歩道を後にして中央町へと向かう。ここにはかつて大規模な遊廓があり、今でも当時の建築物が残っているらしい。
今ではスナックなどになっている建物も当時のレリーフやタイル貼りの壁といったカフェー建築の名残りを残している。かつて花街だった頃の活気はないが、独特な妖しさが感じられた。
時刻は16時半頃、腹ごなしの散策を切り上げて夕食を買いに熱海駅へ戻る。今回の旅は一泊朝食付きで夕食は自分で調達しなければならないのだ。
陽も長くなりまだまだ明るいが、駅前のバスロータリーは少しだけ赤みがかっていた。
夕食は魚がいいな、と考えながら駅構内にある駅弁屋へ向かう。駅弁屋は売り切れ間近といった様子だったが、辛うじて「炙り金目鯛と子鯵の押し寿司」を買うことができて幸運だった。押し寿司に心を躍らせつつ、駅員に礼を言って改札を出る。そろそろ宿へと向かうことにした。
歩き疲れていたので宿までは路線バスを利用した。適度に疲労した身体をバスの揺れにあずけて、窓外の海や砂浜をぼーっと眺めるのが心地よい。
10分ほど経った頃、バスは宿の最寄りへと到着した。この日泊まった宿は『ホテル大野屋』だ。
一泊の料金はそこまで高くはないが、高級感のある内装をしていた。古代ローマのテルマエを意識したローマ風呂という大浴場が有名らしい。ローマ風呂は『おもひでぽろぽろ』にも一瞬登場していて、それが印象的だったので今回このホテルを選んだ。
ロビーでチェックインを済ませさっそく大浴場へと向かう。しかし、男女入れ替えの時間の都合上、件のローマ風呂へは入浴できなかったので『花のお風呂』というの大浴場に浸かった。
温泉で疲れを癒したあと部屋に戻ってきた。時刻はもう19時半頃ですっかり空腹になっていた。夕食に先ほど購入した押し寿司を開ける。
金目鯛は熱海の名産らしく土産屋でも関連した商品がよく店頭に並んでいたのを覚えている。名産なだけあって金目鯛の押し寿司は美味しかった。もちろん、子鯵の押し寿司も。
夕食後、窓を開けてベランダに顔を出してみた。あまり潮風の香りはせず、旅館やホテルの明かりがポツポツと灯っているのが見えた。一つ一つの明かりが穏やかで静かだ。
12時をすぎた頃、静かに眠りについた。
2日目、早朝に目を覚ます。昨夜と同じようにベランダに出てみる。朝の空気は澄んでいて街はまだ眠りの中にいるようだった。
部屋へ戻ると時刻は6時過ぎ、そろそろ朝風呂に向かう。念願のローマ風呂だ。期待に胸を躍らせて大浴場へと向かう。
撮影はできないので、中の様子はぜひ調べて見てみてほしい。古代ローマのテルマエのような意匠がされていておもしろい。早朝だったが親子連れが多く、子どもたちがはしゃぎ倒していた。子どもたちの良い思い出になればいいな、と思いながら湯に浸かった。
朝風呂を浴びて17アイスを食べた。朝食前だが、そんなことは気にしない。子どもの頃よりフレーバーが増えていた気がするが、自分の中では抹茶が定番なのだ。
朝食までまだ時間があったのでホテル館内を少しぶらつく。ロビーの近くに古びたゲームコーナーがあった。こういうホテルにある入れ替えされず時間が止まったままの筐体が愛おしい。
朝食バイキングをたらふく食べ、ロビーでチェックアウトする。ホテルを出る前にもう少しだけ館内を歩いたあと、ホテル大野屋に別れを告げる。
12時過ぎ、ホテルを出た。次の目的地は熱海秘宝館だ。この日はよく晴れていて歩くのが気持ちよかった。熱海の海風は優しくて心地よい。道中に咲いていた桜が満開できれいだった。
秘宝館へと向かうため、ロープウェイに乗り込む。やはりこのロープウェイも少し古臭くて良い。ロープウェイ内では乗務員が淡々と窓から見える熱海の景色や目的地の秘宝館について解説していた。日本で一番短いロープウェイであることを解説していたのがおかしかったが、笑っていたのは自分だけだった。
ロープウェイはあっという間に山頂にたどり着いた。山頂の展望台から下を見下ろすとホテルニューアカオが見えた。熱海のシンボルとして長年知られていたニューアカオだが、閉館になってしまったと聞いていたので、外観だけでも見ることができてよかった。
山頂展望台からさらに階段を登り、目的地である熱海秘宝館へと到着した。やはり入り口から怪しい雰囲気が漂う。
見せられるのはここまでなので、あとは想像力にお任せする。本当にくだらなかったが行ってよかったと言える場所だった。
再びロープウェイを使って下に降りてきた。路線バスに乗り海沿いを走ったあと、喫茶サンバードへと向かった。ここで小休憩をとる。
朝食バイキングを食べすぎていたこともあって、そこまで空腹ではなかったのが、コーヒーフロートを頼んだ。
コーヒーフロートのアイスが溶けていくさまを見るのが好きだ。溶けたアイスはコーヒーと混ざって甘味を足してくれる。
サンバードの見晴らしはよく、交差点を通る卒業旅行中の大学生を眺めるのが面白かった。
その後は喫茶店を出て海辺や街を歩いた。あとはそれだけだ。写真だけでもお見せしよう。
夕方、東海道線に乗って東京にかえる。行きの特急列車と違って普通列車だったので、一気に現実に引き戻された気がした。また、車内では旅行の疲れからか熟睡し、本当にあっという間に東京に着いた。本当にあっという間だった。
心身の疲れを癒すために非日常を求めて旅行にでかけた。あっという間に日常へと戻ってしまった旅行と熱海の街や海辺の風景は、二つとも儚さで繋がっている。その儚さが愛おしいが、前よりも日常に向き合う気持ちになれた気がする。