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昔の「おべんじょ」についての三題

なんとなく、noteには、書きやすさと同時に威圧感みたいなものをおぼえることがあって、特に最近では「続けねばならない」「自他共にためになることを書かねばならない」みたいなプレッシャーを勝手に感じることがある。

全然誰の特にも薬にもならない与太話をふと思いついた時にこちらにメモ代わりに載せよう、とふと思った今日でした。古い話ですし、まあ、お時間とご興味ありましたら。あと、タイトル通りのお話なのでお食事前やお食事中にはやめといたほうが良いかもです。

其の一 来客向きのと普段使いの


近所の大きな農家にひとり友だちがいて、小さい時からよく遊びに行った。屋敷も古くて大きく、中庭を囲むように離れや小物と呼ばれる納屋もいくつかある。
屋敷内で遊ぶとどうにも暗いのと、あまり他所の子にドタバタされたくないらしいのとで、行くたびに外で遊ぶように言われ、その子とは母屋の土間か中庭で遊ぶのが常だった。
トイレに行きたくなると、母屋の奥にあるトイレではなく、小物の隅に申し訳程度に木枠で囲まれているトイレを使うよう言われていた。
トイレというより、そこはもう「便所」の名にふさわしい佇まいだった。
木戸を開け閉めすると、木材でできた四角いスライド式の錠(つっかえ程度)がついている。床も板張りで、四角い穴が開いている。中はもちろん汲み取り式で、どこからともなく一条の光が底をほんのりと照らしている。
汲み取ったばかりの時は底が深く、においがきつい。溜まっている時の方がにおいが少ない。どちらにせよ、「おつり」には気をつけたほうが良い。勢い良い落下物に対して、底の水たまりから飛沫が上がることがあり、それを避けるのも一苦労だった。これは友だち宅ばかりではなく、我家でも学校でも昔は汲み取り式が基本だったので、どこでも注意が必要だったと思う。
さて、ここの便所、脇の木箱には切った新聞紙が積んである。これをよく手で揉んでチリ紙として使用するのが常だった。
しかし、一度だけ母屋の便所を(多分間に合わないと思って)使った時には、紙は普通の四角いチリ紙(ただし黒っぽいやつ)だった。
昔は母屋以外の離れや小物にこのように便所を設置するのが普通だった気がする。近隣の旧いお宅では今でも玄関わきに何か木で囲まれた小部屋が残っており、「ここで小便しないでください」と手書きの貼紙がしてあった。昔は外便所として使っていたのだろう。

ずっと後になってから、「シンドラーのリスト」を映画館で見たことがあったが、確か便所の槽内に隠れるシーンがあった気がする。それを見た時すぐに、この家の(そしてそんじょそこらの)便所の穴を覗いた時のことが脳内によぎってしまった。本編とは関係ない所だったが、そこが今でも印象に強い。

ちなみに穴を覗くのは単に好奇心というわけではなく、おつり怖さにひととおり確認する必要があったから、だと思う。

其の二 落ちた少年について

そんな便所だからもちろん、落下事故もあった。ある日近所の別の友だちを訪ねて行った時のこと、母親が出て来て「××は今日は遊べない、寝てるから」と言うので病気かと思ったら「外のお便所で落ちたんで(ショックで)」とのこと。聞いてもいないのに「見つけた時には耳しか見えなかった」と母親は付け足した。
このお宅も、納屋の脇に便所があるタイプだった。
どうやって上げたのか、どこできれいにしたのか、後学のために聞いておけば良かった、とその時思ったが我が家のトイレは一応屋内で便器は既製品なので程ほどの大きさがある人間では落ちようがなく、まあいいか、とすぐに忘れてしまった。少し経ってからその少年とまた遊んだが、落ちたショックはもう抜けていたようで普段となんら変わりはなかった。
ずいぶん年月が経ってからだが、彼は中年以降大きな病気にかかり長く療養していたが、それがもとで早世した。私はひそかに、あの時便所に落ちたのがずっと影響していたのではないか、と逝去の知らせを聞いた時にふと思ってしまったが誰にも言っていない。

其の三 落としたものについて

少し歳の離れた従姉はいつもお洒落でモダンな人だった。しかし時代柄、トイレはやっぱり「便所」を使う機会も多かったと思う。一度、彼女が結婚して街なかのマンションに引っ越した時に、そのトイレにも感動した。すでに都市部を中心に水洗トイレが常識となりつつあったが、田舎者の私にはなかなか見る機会はなかった。トイレが気になってよく遊びにいった記憶がある。

逆に、都市部の親戚が我が家に訪ねて来た時、そこの小さな少女が目を丸くして「すごい! トイレなのに下の景色がみえる!」と感動していたこともあった。

水洗に慣れていた従姉はある日実家に帰った時、大失敗をした、と私に話したことがあった。実家がやはり外にある便所で、夜中に用を足そうとした時、怖いこともあって、ラジオを持って行ったのだそうだ。そして、あろうことかラジオを落としてしまったらしい。
ラジオはそのまま、しばらく表面に浮かんでいたらしい。拾わなかったようで、しかもスイッチも入りっ放しだった、と。
「こわかったよ~」と従姉が真顔で言った。「ずっと、トイレの底からものすごい笑い声が響いてたんだよ! あと音楽も!」

おしまい


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