初めて妻と会った日のこと
僕の書くnoteの冒頭にちょこちょこ登場してもらっている妻ですが、結婚してから約2年半が経ちましたので、初めて会った時のことを思い出すことで感謝と尊敬を今一度喚起する儀式を行いたいと思います。
後々裁判で負けないように、監修と編集は妻にお願いしました。
◆
その日は職場の同期に誘われ、スポーツセンターに来ていた。
週に1度、職場の仲間やその友人たちと集まってバスケットボールをしているがメンツが足りないから来てほしいとのことだった。
得意という訳ではないが、バスケは中学校から続けていた唯一のスポーツだったので職場の人たちとの親睦を深めるために参加した。
運動着に着替えてコートに着くと、既に数人が準備運動を始めていた。
「遅かったな、もう始まるよ」
話しかけてきたのは同期の太郎(仮名)。
彼が僕をバスケに誘ってくれた。
僕はごめんごめんという素振りを見せ、太郎の傍に佇む人影に目をやる。
男くさいコート上に紅一点、小柄な女性がボールを持って立っていた。
「彼女は大前(仮名)さんで俺のミニバスの時の一個下の後輩。ウチの会社じゃないけど、人少ないから誘っちゃった」
太郎からの紹介を受けた大前さんはペコッと会釈をして俯いてしまった。
彼女の透き通るような白い肌は、背中まで伸びる黒髪のポニーテールと見事なコントラストを奏でており、体調が悪いのか心配になるほどだった。
「かったんと言います。よろしくお願いします」
こちらこそ、と言う彼女はやはり俯き加減で、これは必要以上に絡んでほしくないサインのだと悟った。
「よし、じゃあやりますかぁ。なんと今日は15人揃ったんで、グッチョパーで3チーム!!」
体育館を響かせるような太郎の一声で、その日の練習は始まった。
◆
僕と太郎は同じチームになり、大前さんは別のチーム。
5対5のゲーム形式で、2時間通しで試合をする。
大前さん以外は全員男性のため、かなり激しい内容となっていた。
が、その中で明らかに良い動きをする大前さん。
「大前さん上手くないか…?太郎、彼女は何者なんだ?!」
太郎は何者って、と笑いながら答えてくれた。
「高校の時は県大会ベスト8のチームで、キャプテンだったみたいだよ」
おいおい…レベチ。
「でも、確か怪我で両膝を手術しているはずだから、現役の時はもっと凄まじかったと思う。」
コートに目を移すと、大前さんは楽しそうにバスケをしている。
顔をキラキラ輝かせてボールを追う姿に、しばらく目を奪われてしまった。
◆
「大前さん、バスケめっちゃ上手ですね!」
練習後、着替え終わってロビーで解散の挨拶を待つ間、僕は興奮気味に大前さんに話しかけていた。
「いえ、そんなことないです」
彼女はスポーツドリンクを飲む手を止めて、静謐と答えてくれた。
相変わらず目は合わない。
人との間に壁を作る選手権があったら予選通過してます。
え?さっきまでのキラキラ大前さんはどこにいってしまったの?
「よーし、じゃあ飲み会行く人はついてきて下さーい!」
太郎の仕切りの一声で、15人の小集団が動き出す。
「大前さんは飲み会行くんですか?」
こういうタイプの子は基本行かないことを知っている。
大勢の飲み会でわいわいするのは苦手そうだなー。
でも正直、彼女ともう少し話をしてみたい。
バスケの話をしたい。下心ではなく。決して下心ではなく!!
「………」
あれ?!?!
下心バレた?!いやいや。僕には彼女がいます。
大学の時から付き合っている彼女がいるのです。
大丈夫。普通にお友達になりたいだけですわ。
てか返事遅くない?
もしかして身体クサイ?
シャワー浴びましたけど?
「あのー…3G回線使ってる??」
「ぷふっ…!」
僕のしょうもない冗談に噴き出してくれた大前さん。
普通に笑うんだな。
「かったんさんは行くんですか?」
「行こうかな。せっかく金曜だしね」
じゃあ、行きますと彼女は莞爾とほほ笑んだ。
一つ分かったことがある。
コイツは童貞キラーだ。
◆
「「「カンパーイ!!」」」
飲み会が始まり、俺の隣には太郎、斜め前には大前さんが座った。
初めて会うメンバーもいたため、冒頭は自己紹介の時間。
「皆さん初めまして大前です。太郎先輩に連れてきていただきました。よろしくお願いいたします」
今度は顔を伏せなかったので、改めてマジマジと見た。
丸い目に筋が通った鼻、薄い唇。
彼女は端正な顔立ちをしていた。
あと瞳の色が異常に茶色い気がする。これはカラコンなのか?気になる。
「眼、茶色いですね」
思わず声に出てしまった。
「よく言われます」
何の感情も交えない声で返された。
(妻はこの時、マジチャラい。ヤバ。何この人。と思っていたらしい)
「はいはーい!質問!大前さんは結婚してるんですか?」
バスケや飲み会への女性の参加が珍しいためか、必然的に男どもの質問タイムになる。
バスケの時は外していたが、よく見ると大前さんは左手の薬指に指輪をしている。
既婚者なのか……。
僕の一つ下ということは22歳で結婚か。早いなぁ。
「いえ、結婚はしていません」
ん?じゃあその指輪は?
「じゃあその指輪は?彼氏?」
グッジョブ知らない人!セクハラを恐れないそのアグレッシブさ、僕には真似できません!!
「その……彼氏がしていけと……」
なるほどね。ソクバッキ―なのね。
結婚をしていないと聞いた時、なぜか安心した気持ちになった。
多分、子どもができるともう大前さんのバスケを見れなくなってしまうからですね。
そうに違いありません。
その後も大前さんを中心とした会話は終始盛り上がり、終電を目途に解散となった。
「んじゃみんな、お疲れさまで~す」
僕と太郎と大前さんは同じ方面の電車に乗った。
車内は空いており、三人で掛けることができた。
「今日はありがとうございました」
隣に座る大前さんがペコッとお礼を述べてくる。
ちなみに太郎はすやすや眠っている。早いな。
「こちらこそ。楽しかったね。またバスケしよう!」
はい!と頷く彼女の顔は体育館で会った時のような、にべもなくといった様子はなく、屈託のない笑顔だった。
「彼氏の話は、平場で無理やり聞いちゃって悪かったね」
酒の席とはいえ、不躾な質問が続いた飲み会は彼女にとっては面白くなかっただろう。非礼を詫びた。
「いえ。どうせもうすぐ別れようと思っているので……」
そう切り出した彼女の哀切な表情が、彼との積年の関係を思いうかがわせる。
僕の最寄り駅の発車を告げるベルが、静かに鳴りだしていた。