【寄席エッセイ】満員電車でダウンを着る理由
この期に及んで何を言うかと言う話ではあるが通勤という時間は苦手だ。
会社員生活もすでに10年オーバーの企業戦士、レベルが99でカンストならばもう20くらい言ってるんじゃないだろうか。物語も進展し、伏線も数本出てきてワックワク。1日30分のゲーム時間を翌日分繰り越して延長しただろう、当時の私なら。
しかし、通勤。いや、満員電車。慣れない。
こんなふうにマウスを飼う実験をしたら現代なら何を言われるか、予想がつかないね。動物愛護団体から、物見遊山の一般の方から、方々から熱い魂のメッセージ。君に届けこの想い。
でも現実に人間で実施されていることですから。
これだけの環境、別にマウスなんかで実験しなくったってストレスによる寿命の短縮は容易に想像できそうなもんだ。日本の長寿はすごいと思うが、満員電車を無くせば正直みんな200歳ぐらいまで生きられるのではないだろうか、そう思わざるを得ないほどの窮屈。圧迫。
他人に体を預けるのは心苦しい。しかしもうどこにも体を預ける場所がないのだ。空が、くうが欲しい。この空間に必要なもの隙間だ!隙間産業ォォ!
おしくらまんじゅう、押されて泣くな。と子供の時は歌ったものだがいまだにああ言った子供の遊びはルールがよくわからない。話を昔っから自分はちゃんと聞かないタイプだったんだと思う。そら友達も少ないわ。
乗り換え。
冬になると人は厚着をするそこに他意はない。しかし一人一人の表面積がわずかに増すことにより乗車できる人数は少しづつ削られていく。誰も考えはしないだろう。己の冬の備えが少しづつ空間を減らしていることに。
いや、そんな事考えねえわ。寒いもんな。
痴漢は滅ぶべきだ。満員電車ってでも何ていうか体のどこかに触れたくなくてもギヴギヴに押し込められてしまうんです。こっちとしては「もう最悪」とは思うけど、向こうの人も「最悪」って思ってると思う。生きてて。この場にいてごめんなさい。
クソみたいな犯罪やる馬鹿どものせいで世の中はしっかりと目を光らせている。冤罪を避けなければならないからなるべく鞄は手に持たないように。冗談ではなくポッケに手は突っ込めない。手はいつもピーカープースタイル。リスペクト・タイソン。顎を殴られないように構えをとる。
そんなエセボクサーはがんじがらめの車内でいつ打たれるかわからない恐怖と闘いながらトーキョーに運ばれていくのである。
ちょっとごめんヨォ。
ふと、後ろから声がしたと思えば初老の男性。気さくな形で声をかけてくる。本音で言えば「邪魔なんだよ!クソが!」とシャウトしてチョッピングライトなんだろうがこちとらピーカプースタイル、その辺りの準備はできている。いやそんな事はないな。彼からは1ミリも敵意を感じない。完全にこの電車に溶け込んでいる。レベル80くらいか?熟練すぎてラスボスいじめになるレベルだ。流石。男性は何ごともなくドアの方へ向かう。
降りる人がいる時は中の人も降りる。そう思っているので降りようとするが隙間はない。圧縮に圧縮を重ねたその空間はリンボーダンスでいうところの「もう足の裏からくるぶしぐらいまでしかバーの高さがない」という無茶っぷりだ。リンボー!
ドンコドンコ太鼓は鳴るがそいつらの誰がバーを設定したのか、そんな怒りに変換されるほどに無茶。リンボー…
私は人にガシガシぶつかり、謝りながらも電車を降りる。
しかしその後の光景に目を疑った。
男性はするりするりと何事もなく出ていくではないか!私があれだけ苦労したリンボーを彼は何なく通り抜けていく。体にローションでも塗ってんのか!?ヌタうなぎ的なアレか!ぬたってんのか!ぬしゃ!!!
そして私は気づいた。彼がツルッツルのダウンを着ていることに。
………なるほど!!!
自然由来、ウールなどの毛でできた服は摩擦を生む。だからすれ違うときの抵抗が大きい。つまりそこで摩擦を生まない服を選べば、たとえ満員電車だろうが、アリしか通れないようなリンボーもするりするりと通り抜けられるわけだ!!!リィンボォーゥ!
せ、、、先生!!!
私の羨望の眼差し、リンボー先生は親指を立てる訳でもなく、此方に一瞥もせず駅のホームを後にして行ったのだ。いやマジカッケーッス。惚れるねしかし。俺もおっきくなったらあんな風になりてぇっすわ。
ただな。
そんなことを今思いついたとて、それの為だけに服をチェンジすることができないし、家にそういう服があまりない。ないから購入するとしても妻に何で言えばいいんだろう。「抵抗が低いんダァ!」なんて言ったところで意味不明過ぎるしこの過程も説明するのが面倒くさい。
リンボー先生が教えてくれたって言っても先生って誰よって話だし、私自身も誰なんだろ?リンボー?ってなる。あとあの人別にそういう理由でダウン着てないし。寒いからだし。寒いからあったかい格好してるだけだしいいいい。
「満員電車にも対応!摩擦抵抗ゼロのダウンジャケット!」みたいな服が販売される時代が来たら私は時代を先取りしていたということだ。特許出願しとけばよかった。リンボーに。アレ?
まぁそんな時代は絶対に来ないと思うけど。
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