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【連載小説】Especial Pink《6》『カクメイ』

#創作大賞2024
#恋愛小説部門

↓前回までのストーリーです↓

↓そして登場人物の紹介はコチラ↓

三田優生ゆうき(ユーキ)

5歳の時の出来事がきっかけで、自己肯定感が著しく低くなってしまった女子大生(1年)。演劇部に所属し、学園祭では体調不良になったアーちゃん代役を見事に演じ切る。先輩であるキュウのことが気になりかけているが、入学直後に憧れていた同級生の安藤との間にも、何か起こりそうな予感が……。

安藤雅美

優生が密かに想いを寄せていた、同じ学科の同級生。数ヶ月前から友人である増子千春と付き合い始めた。 
 千春があることないことを彼に言ったせいで、優生のことを嫌っている……ハズなのだが、実際のところは不明。むしろ千春カノジョとの関係がギクシャクしているように見えてきて……。

増子千春

優生と同じ学科の(一応)友人。おそらく大学で3本の指に入る美人だが、『自分は何を言っても許される』と信じている残念な性格。優生のことをどこか見下していて、露骨に態度にしているが、今回、自分の味方だと思っていた安藤カレシにそれを指摘されて……

成田ひさし(キュウ) 

演劇部の先輩(4年、ただし一浪)で、紫の髪色がトレードマーク。色々あって、優生の気になる存在になりつつあるけれど

小林直人(コバ)
演劇部部長(4年)。無愛想だが、面倒見が良い。

相良敦士(アーちゃん)

演劇部の仲間(1年) 天然が入っているが、素直なので先輩たちから可愛がられている。

中村梨花子/西山深雪

同じ学科の同級生。千春を含めた4人で行動しているが、実際の仲は微妙

     《1》

 
 これまでの千春は、綺麗な顔、そして『天真爛漫と履き違えた無神経さ』によって、人間関係を上手く渡って来たのだろう。
 もっとも私だけでなく、梨花子や深雪も陰では怒っているので、『上手く』というのは語弊があるのかもしれないが……。

「………………」

 ナチュラルに見下している私の前で、安藤くんカレシにキツく注意されるなんて、彼女の中では完全想定外だったに違いない。

 「チハル、先行くねっ!!」

 千春は頬を膨らませると、その場から安藤くんと私を残し、メインストリートを歩く学生たちの中へ消えた。

「……………」

「……………」

 私も安藤くんも、唖然としてその場に立ち尽くす。

「…………安藤くん、追ってあげたら?」

「えっ?」

「多分、それを待ってるよ」

「そう思う?」

「うん、そう思う」

「だよね」

 それでも彼はその場から足を踏み出すことはなかった。しかも大きな溜め息までつく始末……。

 (…………あっ!?)

 ほんの数分間で色々なことが起こり過ぎて、うっかりスルーしそうになってしまったが、今回一番の驚きは『この瞬間』だということに私は気がついた。

 私が安藤くんと『普通に』会話をしている!!

 もちろん、まともに会話をしたことがない同級生男子は他にもいるが、安藤くんは少々事情が違うのだ。

 私のことを嫌っているハズの彼と、こんな風に話せる未来が来るなんて、あの時の私は夢にも思っていなかっただろう。

 よく考えてみれば、あの『溝』は千春の軽口が原因だった。そして今度は、千春の悪意が彼と会話をする機会を与えてくれた。
 
 人生、何が幸いするか分からないな……と改めて感じる。

「……あのさ、安藤くん」

「ん、 何?」

「あの時は……ごめんなさい」

「『あの時』って?」

 これまでの自分ならば、こんな最高のチャンスを与えられたとしても目の前でスルーさせてしまっただろう。自分の声が少々震え始めたことに気がついたが、私は必死で謝罪の言葉を探し、それらを口にする。

 (落ち着け自分! 学園祭での自分を思い出して!!)

 開演3時間前に代役が決まり、本番では想像以上に力を出せた自分を、私は再び召還しようとしていた。

「4月に……『安藤くんはチャラチャラしている』って千春にディスった時のこと。言ってしまった言葉は本当。でも私は『うん、安藤くんってカッコいいよね』なんて盛り上がることが出来るタイプじゃないし、仮に言ってしまったら、『あ、実は好きなんでしょ?』ってからかわれるような気がして……。苦し紛れに出てきた言葉がアレだった」

「いや、……俺こそごめん。三田さんに苦情を言ったことは、大人げなかったと反省している。あの時の俺は必要以上に周りの評価に敏感過ぎていた」

「うそ!? 安藤くんが!?」

 イケメンで頭も良くて、学科クラスの中心にいる彼の言葉とは思えない。

 それよりもなによりも、『安藤くんは怒っていない』と判明した事実によって、私は肩から力が抜けそうになってしまった。

「気にしてたんだ? ごめんね」

「いや、私が悪いのは間違いないし。でも私、本当に嫌われていると思ってた。覚えているかどうか分からないけど、千春が私の名前をネタにして、安藤くんに話を振った時に、メチャクチャ白けた反応してたから」

「あぁ……アレね」

 どうやら覚えていたようだ。含み笑いをしながら彼は続けた。

「三田さん、俺の下の名前って知ってる?」

「えっ?、『雅美』でしょ?………あっ!!」

 そういえば、この名前は男性にも女性にも使われている。気づいた私は目を大きく見開いた。

「流石に笑えないよ。それに……あの時は気がつかなかったけど、親が一生懸命考えた名前をからかう千春の方がどうかしていると思う」

「…………」

 彼は少しずつ『何か』が見えてきたに違いない。だからといって、ここからの領域は、安藤くんと千春の問題だ。部外者の私が口を挟むワケにはいかない。

 安藤くんはそんな空気に気づいたのか、急に話題を変えた。

「ところで『キュウちゃん』は元気?」

「はっ?」

 『キュウちゃん』!? 

 私の知っている『キュウ』は1人しかいないのだが……。

 耳に飛び込んだ言葉に脳の処理が追い付かず、私はただただポカーンと口を開けた。

 安藤くんはクスクス笑う。

「やっぱり何も聞いていなかったんだ? 俺ら実は従兄弟なんだよね。母親同士が姉妹の……」

「えーーーー!!??」

 多分、メインストリート中に私の声が響いてしまったハズだ。まだ午前中だというのに、次から次へと驚くべき情報が更新されるのだから。

 しかしこれで謎を1つだけ解くことができた。

 学園祭で安藤くんが演劇部の公演に足を運んだのは、従兄弟キュウさんの姿をこっそり見るためだったのだと。

「『俺とは他人のフリしとけよ!』キュウちゃんに釘刺されていたんだよね。俺のことがウザイから……なんて悪態ついてたけど、おそらく自分が変人キャラだから、キュウちゃんなりに気を使ったんだと思う」

「……………」

 分かるような気がした。

「さっきも言ったけど、俺は周りが思っているような社交的な人間じゃないから。キュウちゃんに聞けば分かるよ。じゃぁ、おれ一応・・千春のトコいくわ。じゃ」

「…………じゃあ」

 私は手を振る。

 歩き始めた安藤くんだったが、何かを思い出したように振り向き、再び私を見た。

「そうそう三田さん、学園祭での舞台、凄く良かったよ」

「………………あ、ありがと」

 頬が熱い。

 今日は……これ以上、何も起きてほしくない。


     《2》


 この日の夕方は丁度、演劇部の活動日だった。

「あぁ!? マー坊のヤツ、カミングアウトしちゃたの!?」

 部室にはキュウさんしかいなかったこともあり、私は早速安藤くんのことを聞いてみた。

「あっさり認めましたね。私、全く気がつきませんでした」

「あのバカ……」

 キュウさんは溜め息をついて、そのまま寝転がる。

「『あのバカ、せっかく俺が気を使ってやったのに』ですか?」

「あっ?」

「安藤くんが言ってました『おそらく自分が変人キャラだから、キュウちゃんなりに気を使ったんだと思う』って」

「勘違いすんなよなって、マー坊に言っておけ」

「どこのツンデレですか?」

 口を尖らせたキュウさんに、私は吹き出してしまった。

「アイツ……疲れてた?」

「はい、多分」

 キュウさんは「やっぱりな」と呟き、部室の天井を見ながらポロっと言葉を落とした。

「『大学デビュー』」

「はっ?」

「アイツは、いわゆる『大学デビュー』野郎だよ。高校時代は読書とイラスト投稿が趣味の目立たないヤツだった」

「えぇ!?」

「『本とコピックがあれば何もいらない』なんて言ってた時期もあったなー。超インドアで、服装も髪型も無頓着。視力がメチャクチャ悪かったから、分厚いメガネかけてたし………」

「…………」

 そんな安藤くんは全く想像がつかないが、彼が言っていた『俺はみんな思っているような社交的な人間じゃない』という言葉の意味は理解できた。

「俺に美容師の姉貴がいるって、前に話しただろ? その姉ーちゃんがマー坊のことをメチャクチャ可愛がっているんだよ。で、大学進学が決まるやいなや、はりきって『リア充改造』始めたってワケ」

「……そう……だったんですか」

「髪型、服装、コンタクト……。まあ、アレだよ、少女漫画によくあるビフォーアフター展開の『えぇ!? これが私?』みたいな?  マー坊は元々顔が整っているし、本読んでるから語彙力あるし、ちょっと・・・・無理すれば『なんちゃってリア充』が出来上がるってワケ」

「『ちょっと』……ですか?」

 私は溜め息をついていた安藤くんを思い出す。

「今がキツいのは、あの『ぶりっ子女』が原因だろ。マー坊の野郎……頭はいいのに、女子に免疫がなかったから『顔だけ女』に引っかかってよぉ。まあ、周りからチヤホヤされて浮かれちまったアイツが一番悪いんだけどな」

「………………」

「断言する。アイツら近いうちに別れるぜ。まぁ、それはそれでいい勉強になったんじゃね? おい、それよりも聞いてくれよユーキ!!」

「な、何ですか?」

「俺、今度一週間東京行ってくるんだよ。就職先に呼ばれてよー。その間、髪を黒に戻さなくちゃいけねーなんて、耐えられねーんだけどぉぉ!!」

「いや、そのような職場環境ならば、来年度以降は365日黒髪ですよね?」

「ユーキの意地悪」

 不貞腐れたキュウさんを見て、私は笑っていたが、来年の今頃は彼がいないという当たり前の事実に、今更気がつく……。

 心に1つ棘が刺さった。


 そして……

 キュウさんの予言通り、安藤くんと千春は破局した。

「付き合ってみたら、結構つまらない男だった」
 
 別れを切り出したのは千春からだという……。

 梨花子と深雪は同情するポーズを取りながら、陰では嗤っていた。

 (……安藤くん)

 おそらくだが、『千春からフッたことにしていいから、別れて欲しい』と彼が言ったような気がする。

 もちろん、答え合わせをするつもりはないけれど……。

 『安藤くんが次に付き合う女性は、彼と価値観が合う人でありますように』と私はただ願うだけだ。


     《3》


「……あ!」 
「あっ!」

 厚生会館1階にある学生書店で、私は安藤くん久しぶりに顔を合わせた。

 『久しぶり』とは言っても、私たちは同じ学科クラスなので、もちろん一緒に授業は受けている。しかし破局後ということで、元カノと同じグループにいる人間とは顔を合わせにくいだろう……と判断し、心配ではあったが、私は出来るだけ彼との距離を置いていた。

 だから間近で安藤くんの顔を見るのは久しぶりなのだが、思ったよりも彼の表情は明るかった。人気者である彼の破局に対し、元カノだけでなく、外野もあることないこと言っていたから、精神的に大変だったハズなのに……。

「三田さん、本を買いに来たの?」

「うん、今日は『ラジオ英会話』の発売日だから。安藤くんは?」

「特にナシ。書店はただ見ているだけでワクワクするから。大抵の本はネットで取り寄せられるけど、そういうことじゃないんだよね」

「あ、解る!!」

 私は笑った。

 そして私は同時に思い出した。入学して間もない頃に、安藤くんが読んでいた1冊の文庫本を。

「…………『夜間飛行』」 

「えっ?」 

「安藤くん、前にサン・テグジュぺリの『夜間飛行』読んでいたよね? 偶然目に入って、『あ、私が今読んでいるのと一緒だ』って思ってた。『星の王子さま』なら、そこまで驚かなかったけど、『夜間飛行』が一緒なのはちょっと新鮮だった」

「…………」

 もちろん『それがきっかけであなたに興味を持った』という言葉は割愛した。そんなこと口が裂けても言えるワケがない。彼が好きな本の話をすれば、少しは嫌なことを忘れるかもしれない……ただ、そう思っただけだ。

「俺が『夜間飛行』を手に取ったきっかけは『星の王子さま』だけどね」

「日本人の大半がそうじゃないかな? そして『星の王子さま』の本を開いたきっかけはあの可愛らしい絵だよね? 小学生の頃『これなら簡単に読めそう』ってページを開いたけど、予想していた内容と全然違っていて、結構難しかったな」

「そして読む度に着眼点が変わってくるよね? 中学生で読んだ感想と高校生で読んだ感想は全然違う」

「そうそう。更に『星の王子さま』の流れで『夜間飛行』を読むと、ちょっとだけ調子が狂わなかった? でも読んでいくうちに、飛行士にしか分からない世界をお裾分けしてもらった気分になったな」

「おっ、解る!!」

 気がつくと私たちは本の話で盛り上がっていた。絵を描くのが好きな彼は、絵本にも興味があるらしい。おかげで処分出来ずに取ってある絵本が何冊もあると笑っていた。

「えっ? 私もあるよ。母親が子供の頃に読んでいた本も2冊あるし」

「凄い! 上手うわてがいた」

 彼とこんな風に会話ができるなら、4月の時点で話しかければ良かったのかもしれない。

 過去を変えることは不可能だが、これからを大切に出来れば……と私は心から思う。



「そういえば優生、昨日さ、安藤くんと本屋で仲良く喋っていたでしょ?」

 次の日の学食。全員が食事を終えたタイミングで、梨花子が急に口を開いた。もちろんテーブルには千春もいる。『そういえば』なんて言葉を使っていた梨花子だったが、『言いたくてウズウズしていたような空気』を完全に隠しきることは出来ていなかった。

 千春の眉間にイラっとした印が浮かび上がる。しかし私と彼は何一つやましいことをしていない。

 だから私は堂々と答えた。

「………そうだよ。たまたま書店で会って話をしていたけど、それが何?」

「ユーキちゃんって、確か安藤くんのこと嫌いだったよね? 悪口言っちゃうくらい」

 梨花子の策にハマった千春に、いつもの余裕はない。彼女は不機嫌な顔を隠すことなく、また昔のことを蒸し返してきた。

 (しつこい!!)

「それとも好きになっちゃった? ユーキちゃん、色々軽くない?」

「………………」

 私が黙っているのをいいことに、千春はどんどん不満を口にする。

「友達の元カレに近づくのも、かなり無神経だと思うんだよね」

 今となっては意図的なのか、そうでないかは不明だが、原因を作った当人が《いけしゃあしゃあと》蒸し返す姿に、私は一周回って感心してしまう。

「…………千春、無神経はどっちよ?」

 そんなことを思っていたら、私の口から勝手に言葉が飛び出してしまった。

「…………えっ?」

 そんな自分に少々驚いたものの、そこまで動揺はしていない。『あ、言っちゃったよ』程度の……何と言うか他人事に近いレベルだ。

「あれ? 聞こえなかった? 私『無神経はどっち?』ってあなたに質問したんだけど?」

「………………」

 今度は千春が驚いて黙り込んでしまった。私は小さな溜め息をついた後、顎を突き上げながら視線で千春を刺す。

 (いくぞ優生! 強い女を演じるつもりで!)

 そして私は口を開いた。

「大体いつまでそれを引きずっているの? あれは確かに悪口だったけれど、私は安藤くんを嫌いだなんて一言も言っていない。聞き違い? わざと歪曲した? どっちにしろタチが悪いよ。そんなに私たちに不仲でいて欲しい?……っていうか千春、あなたから別れを切り出したんだよね? じゃあ、もう放っておいてよくない? 部外者の私が言うのもナンだけど、そんなカリカリした表情かおしていると、千春の方がフラれたように見えちゃうよ? あ、もしかして図星?」

 怒ってはいるが、決してキレてはいない。私は最初から最後まで淡々とした口調を崩すことなく、言いたいこと全てを言い終えた。

「……………」
「……………」
「……………」

 千春だけでなく、梨花子と深雪までが目を見開いて、そのまま固まってしまっている。もしかしたら下手にキレるよりも、静かに怒りを示す方が効果的なのかもしれない。

 そういえば、コバさんが演技指導で「ただのキレる演技では、怒りを安っぽくしてしまいます」って言ってたことがあったっけ……。

「…………さてと、私、先行くね」

 私は椅子から立ち上がり、千春の顔を見下ろすカタチでニッコリと笑い、最後に一言言い放った。

「かわいそうなひと」

 この笑顔は、4月の部活紹介でキュウさんが見せた不敵な笑顔を意識していた。

「………………」

 かなり芝居ががっていたかもしれないが、それは仕方がないだろう。だって私は演劇部の先輩たちから、数ヶ月間、厳しい指導を受けていたのだから。

 学食を出て私は外の空気に触れる。そして何気なく見上げた晩秋の空には、飛行機雲の線がくっきりと残っていた。

 キレイだな……と思ったこの空を、私は一生忘れない気がする。

「………あ、まだ中途半端に時間が残っちゃったな」

 グループを抜けることに不安がないといえば嘘になるが、今はスッキリした気持ちの方が大きい。

「……う~ん、とりあえず部室に行って、本でも読んでるか」

 大丈夫。今の私には本当の居場所がある。

  
   《7》に続く

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