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【連載小説】Especial pink《5》『フイウチ②』

#創作大賞2024
#恋愛小説部門

↓前回までのストーリーです↓

そして登場人物の紹介はコチラ↓

三田優生ゆうき(ユーキ)

 5歳の頃の出来事がきっかけで、自己評価が著しく低くなってしまった女子大生(1年)。キュウのスカウトがきっかけで演劇部の門をたたく。そして『役者デビュー』はまだ先のハズだったのに、今回、学園祭での公演では、いきなりピンチヒッターに指名されてしまい……

成田ひさし(キュウ)

 演劇部の先輩(4年生、ただし一浪)で、紫の髪色がトレードマーク。思うところがあり優生を部にスカウトする。今回、体調不良になったアーちゃんの代役に優生を指名したのもこのひと

小林直人(コバ)

 演劇部の先輩(4年生)。陰の努力は惜しまない真面目な性格の持ち主。天才型のキュウとは対照的だが、彼の演技もレベルが高い。キュウとの口論バトルは日常茶飯事だが、今回は彼の無謀な提案に対して、どんな反応をするのか……

相良敦士(アーちゃん)

演劇部所属の1年男子。素直な性格なので先輩たちから可愛がられている。イジメられていた高校時代にたまたま観たアマチュア劇団の公演に感動し、演劇部で役者を目指す。今回、学園祭で念願の役者デビューを果たしたが、1度目の公演を終えた直後に謎の腹痛を起こしてしまい(何を食べた?)

安藤雅美

優生が密かに憧れていた同級生男子。最近、同じ学科の増子千春と付き合い始めた。

増子千春/中村梨花子/西山深雪

同じ学科の女トモダチ。それぞれの関係性は、ハッキリ言って微妙

     《4》


「無理無理無理無理!! 絶好に無理です!!」

 私は両方の手のひらを、思い切り横に振りまくった。1度も舞台を経験していない私が、3時間後にアーちゃんの代役をやるなんて、どう考えても無謀過ぎるっ!!

 一体キュウさんこのひとは、何回私をびっくりさせたら気が済むのだろう。

「そんなこと言わずに、頼むよ『お姉ちゃん』」

「頼まれても出来ることと、出来ないことがありますっ!」

「大丈夫。だってユーキは『ジョン』の台詞を全部言えるだろ?」

「………はぁ」

 私は正直に頷いた。

「だよね!! ユーキはそれぐらいアーちゃんの演技をガン見してたもんなー」

「………………」

 確かに勉強のつもり……というか、『自分が指導されている気持ち』でアーちゃんの演技を私は見ていた。

 しかし実際に舞台に立つことになるなんて想定しているワケがない。

 演劇部が大ピンチなのは、充分解かってはいるけれど。

「……………」

 私は基本、『頼まれたら嫌と言えない人間』だ。

 これまでに何度、頼まれ事を引き受けてきたことだろう。それも《ほぼ不平等な》頼まれ事を。それらを断りきれなかった理由は、ただただ自分に自信がないからなのだが……。

「……………」

 しかし頼み事の《質》が違う今回は、自信がないからこそ首を縦に振れない自分がいる。本当はみんなの役に立ちたいのに。

 (えっ? やりたいんだ!? 私)

 そんなことを考えていた私の耳に「ククク……」という笑い声が飛び込んできた。その声の主は、普段なかなか笑わないコバさんだったので、私は目を丸くする。彼の笑い声はどんどんボリュームが上がり、やがて爆笑に変わった。

 (えぇ? コバさん、どうしちゃっの!?)

 驚いたのは私だけではない。他の先輩たちも同じような表情でコバさんを見ていた。

 暫く笑いまくった後、落ち着きを戻した彼は、私に向かって一言告げた。

「面白いじゃないですか! やりましょう三田さん」

「ええええぇ!?」

 あの『芝居は基礎からコツコツと』がモットーのコバさんに何が起きたのだろう。

「誰が三田さんに芝居の基礎を叩き込んだと思っているんですか? この俺ですよ」

「ナイス! コバ!!」

 キュウさんが指を鳴らす。

「………………」

「これが『泥舟』だったら、いくら俺でも進んで乗り込むワケねーから。ユーキ、ゼロには何をかけても0だけど、オマエが装備している可能性は0じゃない。それに負担をかける以上、俺らが全力でフォローする」

「……………」

「オマエら、余裕のあるヤツはユーキを全力でフォローしろっ! 余裕のないヤツは何がなんでもフォローしろ! 以上!!」

 キュウさんの無茶振りに、誰かがクスクスと笑った。それは私とアーちゃん以外の全員に伝染し、さっきまで流れていた不安な空気を完全に飲み込んでしまったようだ。

「まあ、『俺ららしい』っていえばらしいよな」

「ある意味ドラマじゃん。まあ、アーちゃんは気の毒だけど……」

「やろうぜユーキ」

「ちゃんとフォローするよ」

「…………」

 先輩たちの言葉が少しずつ私に染み渡る。

 このメンバーとこのピンチを乗り越えたい!!

 私は心からそう思った。

「私……やります!!」



 
 1時間休憩を取り止め、私たちはパンをかじりながらリハーサルに入った。もちろんアーちゃんが演じていたシーンを重点的に。彼から借りたオーバーオールの衣装に着替え、私は身も心も『ジョン』になるために必死でセリフを吐いて動きまわった。

 実際に動いて思ったこと……それは、『言う(思う)は易く行うは難し』だ。

 誰にも言っていないが、練習期間中、私はアーちゃんの演技を見て『私ならこうするのに』と何度も思っていた。

 しかし己の動きを客観的に見るのは難しい。更に『ジョン』の感情を私は言葉に上手く乗せることが上手く出来ず、自信があったセリフにでさえ四苦八苦してしまった。

 私は本を読んでいると、登場人物の声が聞こえてくることがよくある。朗読なら割りと得意だったのに、それは全く別物だと解った瞬間だった。

 (大丈夫かな?……私)

 それでも後戻りをする気はない。

 要所要所のシーンを確認し、最後に通しでリハーサルをしたら、あっという間に時間が過ぎていた。

「よしっ! 三田さんよく頑張りました。やるだけのことはやりました。あとは髪を直してきましょうか。ヘアゴムで後の髪を1本に縛って、少年っぽさを出しましょう」

「はい」

 私は教室を出て、鏡を見るためにトイレの手洗い場に向かう。

「…………」

 そこにはボブカットの自分がいた。

「……………」

 後ろをヘアゴムで束ねる。その髪型は、正面のみで見るとショートカットのように見えた。

 (何か…………違う)

 納得出来ずにもう一度縛り直す。その短い時間で、私はふと思った。

 『ジョン』はこんな髪型にしないい。

 『実は良家のお坊ちゃんだった』という設定の彼に、ヘアゴムから出ている髪が物凄く邪魔だと思った。

「……………」

 私は無言で洗面所をあとにした。

「ハサミはどこにあったけ?」と思いながら。


「ユーキ!?」
「三田さん!?」 
「オイオイユーキ、正気か!?」
「そ、その髪?」

 ハサミを持って再びトイレに向かい、戻ってきた私を見て全員が驚いた。

 即席ショートカットは、よく見ればあら・・があるが、それでもさっきよりはマシだと思う。

「あはは……切っちゃいました」

 私はそれだけ言って微笑んだ。

「ユ、ユーキちゃん、僕のせいで……」

 アーちゃんが完全に涙目になる。

「違うよアーちゃん。私が納得いかないから切っただけだから」

「………………」

「ユーキ、ありがとな」

 キュウさんが私の頭をぐっと引き寄せ、自分の身体にすっぽり包み込む。

 (えっ?!)

 一瞬何が起こったのか分からなかったが、現状を把握するやいなや、全身から火が出そうになった。

「成田さん、それは完全にセクハラです!!」

「あ、悪いっ! 俺、何だか感激して。ごめんなユーキ」 

「だ、だ……大丈夫です」

「よーし! 全員配置につけ!!」


     《5》


 芝居歴ゼロにも関わらず、3時間後に舞台に立つことが決まった人間が、世の中にどれくらいいるのだろうか。先輩の一人が言っていたが、本当にドラマの中に入ってしまったみたいだ。

 『平凡で目立たないけれど、波風立たない人生』を希望していた私が今、ここにいる。

 「…………………」

 舞台袖で出番待ちしている私の気持ちは不思議なくらい穏やかだ。

 あと少しで『ジョン』の出番が来る。

 ポジションに入る直前、私はアーちゃんに「どんなことを考えて演技をしていたの?」と質問していた。

「う~ん、『コイツら全員を困らせてやる』かな? 舞台上ではなく、現実で困らせちゃったけどね」

 自虐的に呟いていたアーちゃんの肩を私は優しく叩いた。

「アーちゃんの代わりに、困らせに行ってくるからね」 


 とうとうやって来た。私は儀式のように息をゆっくりと吐く。そして思い切り吸い込んだ。  


 (いくぞ!『コイツら全員困らせてやる』!!)

 
 コバさんから何度も指導を受けた発声練習を思い出しながら、私は記念すべき第一声を会場中に放った。


 『あれれぇ!? 今日はお客さんがいっぱいだねぇ!!』

 



 あっという間の30分だった。

 『ジョン』の出番は少な目であることと、私が台詞を既に覚えていたことが幸いして、大きなトラブルが起きることはなかった。

 もちろん台詞を飛ばすミスはあったが、キュウさんがアドリブで軌道修正をしてくれた。他の先輩たちも、さりげなく正規の立ち位置に誘導するなど、約束通り全員がフォローに回ってくれたことで、私は安心して『ジョン』を演じきることができた。

「なんかアーちゃんと芝居をしている錯覚に陥ったよ」

「あ、俺も」

 舞台袖で耳に入ってきた先輩たちの会話で、私は泣きそうになってしまう。

「三田さん、これから全員でステージに並んで挨拶しますから、感激するのはもう少し待って下さい」

「は、はい」

「ユーキの位置はセンターな」

 拍手が鳴りやまない中、私はキュウさんに促され、再びステージに戻る。

 (…………あれっ?)

 ステージ上から何気なく見えた出入り口。私はそこから出て行った人物の横顔に釘付けになってしまった。

 (今の……安藤くん、だよね?)


 
 安藤くんが公演を観に来ていたのは、意外中の意外だったが、それについて深く考察している時間はなかった。

 観客がいなくなった会場。先輩たちは改めて私のことを称賛してくれた。

「やったなユーキ!」
「マジですげーよ!!」
「もう、看板女優じゃね?」

「いえ、フォローしてくれた先輩方のおかげです。貴重な経験をありがとうございました」

 私は深く頭を下げる。

「ユーーーキちゃぁぁぁん!!」

 そして一番感激してくれのは、やはりアーちゃんだ。

「アーちゃん、お腹大丈夫?」

「うん、ユーキちゃん、本当にありがとう! この恩は一生忘れない。お礼になるかどうか分からないけど、もしもユーキちゃんのパソコンがおかしくなったら、僕、夜中でもいつでも駆け付けるからっ!」

 相変わらず涙目のアーちゃんは私の手を握りながら感謝の気持ちを溢れさせる。

「ありがとう、アーちゃん」

 さすがに夜中に呼び出すつもりはないが、その気持ちだけで充分嬉しい。

「ユーキ、ちょっといい?」

「えっ?」

 私を呼ぶキュウさんの声で振り向くと、そこにはハサミと手鏡を持っている彼がいた。

「そこに座って。その髪、応急措置してあげる」

「えっ?」

 よく見るとキュウさんが持っているハサミは美容院でよく見る本格的なものだ。

「あ、これ? 俺の私物。ウチの姉ーちゃんが美容師だから、何となく覚えちゃったんだよね」

「どんだけ器用なんですか!? 本来は見よう見まねで出来ることじゃないですよね?」

「まあまあ。はい、座って。それからこの手鏡持って」

 キュウさんは私を椅子に座らせると、大きな透明ポリ袋をケープ代わりに私の首に巻いた。

 そしてポケットからヘアクリップを取り出し、私の髪を小分けにしてゆく……。

「パッと見、アンバランス過ぎるところだけ直しておくから。あとは美容室に行ってね」

 そんなことを言いながら、彼は私の髪にハサミを入れる。その手つきは素人とは思えなかった。

「……………」

 鏡の角度を変えた時、真剣な表情かおのキュウさんの姿が飛び込んできて、心臓がドキン!と高鳴ってしまった。そんなワケないのに、この音がキュウさんに聞こえたのでは!?と錯覚してしまう。

 (そういえば、公演前に私、抱き締められたな……)

 再び体温が上がりそうになり、今度は頭皮に熱が伝わっていないかと心配になった私だった。


     《6》


 学園祭が終わり、振休という名の荷物撤収日を経て、火曜日には通常の授業に戻った。それでも祭りの余韻は何となく残ってはいるが……。

「あれぇ? ユーキちゃんだよね?」

 メインストリートを歩いていた私の背中に、聞き慣れた声が飛び込んできた。

「あ、千春、おはよ……」

 振り向きながら挨拶しかけた私は、驚いて言葉を区切ってしまった。千春の横には安藤くんがいたからだ。恋人同士なのだから、当たり前なのだが、一昨日のことがあったので必要以上にリアクションしてしまったと思う。

「おはようユーキちゃん、髪切ったんだね? いつの間に?」

 千春は興味津々な気持ちを隠すことなく、私の顔を覗きこんだ。

「ん? まあ、一昨日にちょっとね」

 勢いで自ら切った髪を、キュウさんが手直ししてくれたのだが、『応急措置』にしては仕上がりが完璧だった。だから美容院には行っていない。

「ふ~ん?」

 彼女とは数ヶ月の付き合いなのに、次にどんなことを言うのか、表情で判断が出来るようになってしまった。

「ユーキちゃん、それじゃあ『ロミオとジュリエット』ができないよねぇwww」

  意地悪そうな目の輝きは、やはり私の見間違いじゃなかったらしい。

 (しつこいな)

「ねぇ、マーくんもそう思わない? 男しかいないのに、貴重なお姫様が勿体ないじゃんwww」

 (だから千春は何で、イチイチ安藤くんに話を振るの!?)

 数ヶ月前、私に関する話題を振られて、白けたような表情を返した彼を思い出す。

 (そりゃそうだよね。安藤くんは私のことを嫌いなんだから)

 2人でさっさとこの場を去ればいいのに、千春は本当に意地悪だ。

「…………千春、あのさ」

 安藤くんが口を開いた。

「なあに? マーくん」

「前から思っていたけど、何も知らないクセに、偏見で茶化すのやめた方がいいよ? 千春は演劇も文学もよく解っていないよね?」

「えっ?」
「えっ?」

 私たちの声が重なる。想定外の台詞に私は当然驚いたが、千春はもっと驚いていた。

 そして私は何故か彼女に睨まれる……。

 (えっ? 私は関係ないじゃん!)

 何かめんどくさいことに巻き込まれる予感しかしない。露骨に張りつめた空気が、嫌というほどそれを物語っていた。

  
    《6》に続く

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