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【連載小説】Especial Pink《4》『フイウチ①』

#創作大賞2024  
#恋愛小説部門

↓前回までのストーリーです↓

そして、登場人物の紹介はコチラ

三田優生ゆうき(ユーキ)

5歳の出来事がきっかけで、自己肯定感が著しく低くなってしまった女子大生(1年)。部活に入るつもりはなかったが、キュウからのスカウトがきっかけで演劇部の門を叩く

成田ひさし(キュウ)

優生が通う大学の先輩(4年/ただし一浪)で演劇部に所属。髪を紫色に染めていて、周りから変人扱いされているが、いざ演劇モードに入ると、周りの空気を一気に自分色に染めるほどの実力を持つ。

小林直人(コバ) 

何事も『基礎からコツコツと……』がポリシーの演劇部部長。同学年のキュウとは部活の度に口論バトルを繰り広げている(仲は悪くない)
無愛想で一見取っつきにくいが、優生に発声や滑舌などを丁寧に教えこんでいる。

相良敦士(アーちゃん)

優生が演劇部で知り合った同級生男子。素直な性格から先輩たちに可愛がられ、演劇未経験でありながら、既に部活に溶け込んでいる。優生とも気が合い、部活外でも一緒にいることが増えてきた。

安藤雅美

優生が密かに想いを寄せていた同級生男子。最近、友人の増子千春と付き合い始めた。

増子千春/中村梨花子/西山深雪

優生と同じ学科の友人たち。はっきり言って関係性はビミョー。

     《1》


「ユーキとアーちゃんがそうやって並んでいると、なんか双子のキョーダイみたいだな」

 読みかけの戯曲集から目を離したキュウさんがボソッと呟いた。確かに私たちは身長が165センチ前後で、異性でありながら背格好が似ているかもしれない。

「ちなみにユーキが姉ちゃんで、アーちゃんが弟な」

 彼はニカッと笑い、目線を本に戻す。

「えぇ? キュウさん、問答無用で僕が弟ですか?」

 キュウさんだけでなく、部室にいるメンバーたちも『うんうん』と頷いた。

「ユーキはキチンとしているから完全に姉キャラだろ。……オイオイ、アーちゃん、そうやって口尖らせていると余計に幼く見えるぞwww。そして何故に卵サンドを両手で持って食べようとする? イマドキのあざとい女だって、そんな仕草はしねーから」

 夏休み間近の部室にメンバーたちの笑い声が響く。

「それにしても、アーちゃんは卵サンドばっかり食べているよね?」

 ある意味感心した表情で、私はアーちゃんを見た。

「うん、三度の飯より卵サンドが大好き」

「いや、それも『飯』……だよね? でもアーちゃん、一人暮らしなのをいいことに、食べたいものばかり食べていたら、栄養が偏るよ? 卵は確かに栄養あるけど、他の食材も摂らなきゃ……」

「えっ? ツナサンドとか?」 

「とりあえずサンドイッチから、一旦離れようか?」

「おーいユーキ、そんな会話していると、オマエが『姉』じゃなくて『母親』に見えてくるぞ」

 部室内が再び笑い声で包まれた。そんな中でも真面目なコバさんは、「相良くんの希望ポジションは役者でしたよね? ならば普段からの食生活で身体を整えて下さい」といつもの口調でソフトに釘を刺す。

 『母親のよう』と言われたのは、大学に入ってから、これで2度目だ。前回は千春に無理矢理レポートを押し付けられた後に、半分バカにされたような口調で言われたっけ……。

 同じようなことを言われ、更に周りは爆笑しているというのに、私は全く腹が立たなかった。

 何故だろう?……なんて疑問は必要ない。

 この場所の空気が心地よいからだ。



 入部から約2ヶ月が経過した。

 私にとって、演劇部が完全に学生生活の一部になった。

 『何しに入部したか分からない男子2人組』は、キュウさんに『厳重注意』された後、姿を全く見せなくなった。

 いつの間にかキュウさんは、私を『ユーキ』と呼び捨てするようになり、他の先輩たち(コバさん以外)もそれに倣った。

 しかし発声などの基礎が向上したのかどうかは、自分ではよく分からない。

 まあ、こんな感じだ。


「夏休みが終わったら、学園祭に向けて、本格的な練習が始まるね」

 解散後、私とアーちゃんはバス停に向かって一緒に歩いていた。

「学園祭用の脚本は、キュウさんが書くんだってね。ホント、あの人は器用だなぁ。役者としても充分凄いのに……」

「うん、私もそう思う。どんな内容なんだろうね?」

 学園祭では、演劇部の存在を幅広く知ってもらう為に、短めのオリジナル脚本で公演することが決まっている。

「僕ら1年は、きっと裏方だろうな。仕方がないよね、まだ始めたばかりなんだから。もしかしたらユーキちゃんは3月の旗揚げ公演に向けて、ちょっとした役がもらえるかもしれないけど」

「私も多分裏方だよ。その方がいい。先輩たちの演技で勉強したいから」

「僕も勉強して、3月の舞台には立ちたいけど、まだまだだろうなぁ……」

 アーちゃんは空を見ながら呟く。何となくだが、彼は空ではなく別のモノを見ているように感じた。

「…………ユーキちゃん、僕ね」

「ん?」

「実は……高校時代、イジメられていた」

「えっ!? そうなの?」

 持ち前の人懐っこさで、どこでも上手くやっていける子だと思っていたのだが……。

「向こうは『そんなつもりなかった。あれは《いじり》でした』って、反論するとは思うけどね。僕は『相手に居場所を作る目的』の《いじり》以外は全て《イジメ》だと思っている」

「うん、そうだよね」

 例えばさっきのキュウさんの話術がいい意味での《いじり》だろう。私たちをからかうのと同時に、先輩たちの輪の中へ、巧みに招き入れていたのだから。

「演劇をやろうと思ったきっかけが『たまたま観たアマチュア劇団の舞台』だって前に言ったよね? あれって僕がイジメられていた頃の話で、近所の公民館で上演しているって知ったから、何となく足を運んだんだ。家でじっとしていたら、おかしくなりそうで……。そんな気持ちで行っただけなのに、いざ始まったらメチャクチャ感動して……」

「……そうだったんだ」

「だけど『元気出しなよ』系の脚本ではなかったよ。いや、そっちなら逆に冷めていたかもしれないな。ちなみに『朝日のような夕日を連れて(※1)』っていうタイトルで、イジメとは何の関係のないストーリー。男性キャストたちの演技に圧倒されまくって、その間だけは嫌なこと忘れて、公演が終わった後は、何故か『頑張って生きよう』って思ってた」

「運命的な出会いだったんだね!」

「……うん。で、何が言いたいかっていうと、学園祭で初めて演劇に関われるから、今、物凄くワクワクしてるんだ。ユーキちゃん、先輩たちの為に裏方がんばろうね」

「うん!」

 私たちは顔を見合せた。

 この時は、2人共裏方のつもりでいたし、そうでない理由はないと思っていた。

     《2》


「注目! んじゃ、キャスト発表するぞ!!」

 大学はまだ夏休み中の9月初旬、キュウさんはメンバーにお手製の台本を配り、全員が読み終えるのを待った。

 キャストは全員が男性。ペンションを舞台にした『殺人犯はこの中にいる!』系のサスペンスだった。どんでん返しが3度も続き、真犯人は意外な人物で終わっている。

 キュウさんは登場人物とキャストの名前を一人ひとり発表した。

「…………で、最後は『ジョン』。キャストはアーちゃん」

「………………」

 『ジョン』とは事件の真相を引っ掻き回す謎の少年だ。出番は少ないが、キーマンと言っても過言ではない。私は目を丸くし、先輩たちは「おー!」声を上げた。

「アーちゃん、役が貰えたよ。良かった……えっ?」

「………………」

 横にいたアーちゃんは、『ポカーン』を通り越して、魂が散歩に出かけてしまったような表情になっていた。

「アーちゃん、しっかりして! 早く正気に戻って喜びなよ」

「……僕が役者? 本当ですかキュウさん?」

「ホントホント。なんたって、途中からアーちゃんのイメージで書いていたからな。……で、コバにも相談したんだけど『まあ、いいでしょう』って」

 キュウさんはサングラスをずらす仕草をしながら、コバさんの口真似をする。

「キュウさん、コバさんありがとうございます。僕、頑張ります!!」

「そうそう、言い忘れてた。コバがオッケーした条件って、『自分がアーちゃんを徹底的に鍛える』だから、頑張ってね~www」

「は、は~い」


 
 学園祭まで約2ヶ月弱……。

 それぞれの役割が決まった私たちは、当日に向けて練習や準備に精を出していた。ちなみに私は大道具&小道具担当だが、ほぼ助手のようなカタチだ。

「本当は、ユーキもキャストに……って思ってたんだけど、どうしても女性が出るイメージで書けなかった」

 キュウさんがそう言って頭を搔く。

「いや、まだ役者は無理ですって。先ずは皆さんの役作りや動きを見ていたいですから。それにしてもアーちゃん、頑張ってますね」

 私はコバさんにしごかれているアーちゃんを見る。声のボリュームに重点を置きすぎたのか、『台詞に気持ちが込もっていない』と注意されていた。

「ユーキ、コバがアーちゃんに言っているアドバイスは、自分にも言われていると思った方がいいよ。だから作業に空き時間があれば、しっかり見ておいてな」

「はい」

 キュウさんもコバさんも演技の上手い役者だが、タイプは全く違う。役が憑依したかのように一気に『覚醒』するキュウさんと、『試行錯誤』と『軌道修正』を繰り返しながら役作りをするコバさん。

 キュウさんの方が派手で目を引くが、芝居を教えることに関しては、コバさんの方が上手だと思う。

 (キュウさんの場合、『とりあえず俺を見てて』だもんな)

「ところでキュウさん?」

「ん?」

「3月公演の台本って、もう決まっていますよね? それを踏まえて私に声を掛けたと思っているので……」

「まあ、そうだね」

「教えて欲しいです。もしかして過去にキュウさんが書いた脚本ホンとか?」

「いや違う。プロが書いたヤツ。色々思い入れがあってさ……」

 キュウさんの笑顔に一瞬だけ影が見えた。

 (…………?)

「そのうちな。今は文化祭に集中しようぜ」

 この言葉を言い終えた後は、いつもの彼に戻っていたが……。

 (キュウさん?)

     《3》

 
 当日は学園祭日和だった。

 私たちは教室から教壇と机を取っ払い、ベニヤ板を立てて即席ステージを完成させた。残した椅子はもちろん客席として使う。そして窓という窓に段ボールを貼り付け、日光をシャットアウト。更に借りてきた暗幕で完璧な暗闇を作った。

 私たちはこの場所で、11時と15時の2回公演を行う。

「なぁコバ、いい感じじゃねーの?」 

 キュウさんは両腕を前で組んだまま、満足そうな表情かおで教室全体を見渡した。

「よし! みんな集合だ!」

 4年生2人を中心に私たちは即席ステージ周辺に集まる。

 そしてコバさんが口を開いた。

「皆さん、お疲れさまです。このステージは、3月の『旗揚げ公演』に向けて、我々の存在と活動を知ってもらう為の大切な一歩となるハズです。学園祭の空気を楽しむのは結構ですが、決して気は抜かないようにお願いします。役者の皆さん、もしも我々4年生がふがいない・・・・・演技をしていたら、遠慮なく潰しにかかって下さい。ただし『悪目立ち』はNGです。そしてスタッフの皆さん、今日はあなたたちの陰の頑張りに応えられるようなステージを目指しますので、よろしくお願いします!」

 コバさんが頭を下げると、誰かが遠慮がちに手をたたき始めた。直後に全員が同じ行動をしたことは、言うまでないだろう。暫くは拍手の音が鳴り止まなかった。

 私は横にいるアーちゃんの肩を叩いた。やはり彼は緊張している。

「アーちゃん、初舞台頑張って。舞台袖から見てるから」

「ありがとうユーキちゃん」



 11時になった。会場内に流れていたBGMのボリュームが徐々に上がり、同時に照明が一つひとつ減らされてゆく……。

 完全に真っ暗になったタイミングで、BGMはブツリと消えた。

 そして数秒間の静寂。

 (始まった!)

 私は舞台袖で役者が使う小物をチェックし、然るべきタイミングでそれらを渡したり、暗転を利用して舞台に置いたりするポジションを任されていた。

「…………」

 かなりドキドキしている。

 アドレナリンが沸騰しそうな感覚を伴いながら、私は舞台を見守っていた。

 新たな音楽と共に登場したのは、キュウさんだ。彼は『写真を撮りながら世界中を回る旅人』の役で、この後、殺人事件が起こるホテルを訪れ、難事件に巻き込まれてゆく……。

 キュウさんが立っているだけで、即席の舞台に背景が浮かび上がったように感じた。

 (やっぱりキュウさんは凄い)

 吸い込まれるようにキュウさんを見てしまった私だが、数ヶ月前に親友の真凛が言った言葉を、ふと思い出してしまった。

「優生、もしかして『キュウさん』って人のこと好きなの?」

 (いやいやいやいや……それは絶対にないしっ!)

 私は拳を握って、頭にゲンコツをぶつける。

 (舞台に集中!!)

 ストーリーは進み、舞台にはアーちゃん以外の役者が全員揃った。

 ここで彼の出番だ!

 無邪気な仮面を被った少年『ジョン』が軽い足取りで現れ、ターンをしながら「おじさん、ゴミついているよ」と『客』のジャケットに触れる。実はこの時、『ジョン』は『客』のポケットに、こっそりとライターを入れていたのだ。

 練習中、アーちゃんはこの登場シーンで、何度も何度も失敗していた。確かにこれはタイミングが難しいと思う。気がつくと『姉(母?)目線』で彼をずっと見ていた私は、すっかり『ジョン』の台詞を暗記してしまった。

 (なんか私まで緊張してきた。アーちゃん頑張ってっ!)

 反対側の舞台袖でスタンバイしているアーちゃんを見つめながら、私は唾を飲み込む。

『あれれぇ!? 今日はお泊まりのお客さんが多いねぇ!!』

 オーバーオール姿のアーちゃんがすっとんきょうな声を出しながら舞台に上がる。

 (いけ!アーちゃん)

『あ、おじさんゴミついているよ』

 練習通りに足を動かし、練習通りのターンもできた。そのまま隠し持っていたライターを『客』のポケットの中へと落とす。

 (やった!!)

 私は心の中で拍手をした。


 そして1回目の公演が終了。 

 キャスト、スタッフ双方に大きなミスもなく、客席からの大きな拍手で、気持ちよく終えることができた。

「よっしゃぁぁぁ!! お前らお疲れ!!」

 演劇部員だけが残った会場で、キュウさんが雄叫びを上げる。

「みなさん、お疲れさまでした。次は15時の公演です。ここから自由時間とします。各自で昼食を取って、1時間後に戻って来て下さい。では一旦解散!」

 コバさんの合図で、全員が思い思いに歩き出す。

「アーちゃん、初舞台お疲れさま。ねぇ、一緒に模擬店行って何か買おうか?」

 そう言いながら、私は彼の顔を何気なく覗き込む。

「……………」

 アーちゃんは真っ青な顔をしていた。

「ど、どうしたの!?」

「………ユ、ユーキちゃん……お腹…痛い」 

「お腹…って、何で舞台終わってから胃が痛くなってるの!?」

「違う……胃じゃなくて……腸」

「はぁぁぁぁ!?」

 私だけでなく、その場にいた全員が同じ声を上げた。

「僕、トイレ行ってくる」

 そう言いながら、小走りで去って行った彼を、私たちは唖然としながら見送った。

「大丈夫か? アーちゃん」「何か悪いモノ食ったんか?」 「あと1回、公演が残ってるぜ」

 アーちゃんも青ざめていたが、私たちの表情も真っ青になっていた。



「俺さ、『高熱と下痢のどちらかを選べ』って言われたら、間違いなく『高熱』って即答するな。熱は寝てられるけど、『腹系』はそれどころじゃないもんな」

 トイレに3回駆け込んで、ようやく落ち着ついたアーちゃんを見て、先輩の一人が呟いた。

「解る。自分がボロ雑巾になって、思い切り絞られた気分になるもんな。おい、大丈夫か!? アーちゃん?」

「ご迷惑……おかけしてます」

「…………」

 その声に生気はなかった。

「相良くん、とりあえずこれを少しずつ口に入れて下さい。下手に下痢止めを飲んではいけませんから」

 コバさんは、売店から買ってきたOS-1をアーちゃんに渡した。

「コバさん……ごめんなさい」

 ペットボトルを受け取ったアーちゃんの目が潤んだ。

「人間、生きてればどこかで体調不良を起こします。それが今日だっただけです」

「……コ、コバさん」

「……とりあえず横になりましょうか。う~ん見た感じ、回復は間に合いそうにありませんね。成田さん、午後の部はどうします? 中止するしか……」

「いぇ……僕は出ます」 

「相良くん、無理はダメです! 下手すれば社会的に死にますよ!!」

 珍しく取り乱しているコバさんに対し、キュウさんはかなり落ち着ついていた。

「コバ、中止はしない」

「えぇ!? 成田さん、相良くんを殺す気ですか!?」

 全員の目が『これでもか!』というくらい最大限に見開く。

「いや、アーちゃんは休んでて。大丈夫。ウチには『代役』がいるから」

「はぁ『代役』? どこにいるんですか?」

「そこに」

 彼は不敵な笑みを浮かべる。

 そんなキュウさんが指を差した先にいたのは……

 他でもない私だった。

「え、えぇぇぇ!!??」

  
   《5》↓に続く

(※1)朝日のような夕日をつれて

 演出家である鴻上尚史氏による戯曲。劇団『第三舞台』の代表作で、現在も内容を進化させながら上演されている。