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【連載小説】Especial Pink《4》『フイウチ①』
↓前回までのストーリーです↓
そして、登場人物の紹介はコチラ
三田優生(ユーキ)
5歳の出来事がきっかけで、自己肯定感が著しく低くなってしまった女子大生(1年)。部活に入るつもりはなかったが、キュウからのスカウトがきっかけで演劇部の門を叩く
成田久(キュウ)
優生が通う大学の先輩(4年/ただし一浪)で演劇部に所属。髪を紫色に染めていて、周りから変人扱いされているが、いざ演劇モードに入ると、周りの空気を一気に自分色に染めるほどの実力を持つ。
小林直人(コバ)
何事も『基礎からコツコツと……』がポリシーの演劇部部長。同学年のキュウとは部活の度に口論を繰り広げている(仲は悪くない)
無愛想で一見取っつきにくいが、優生に発声や滑舌などを丁寧に教えこんでいる。
相良敦士(アーちゃん)
優生が演劇部で知り合った同級生男子。素直な性格から先輩たちに可愛がられ、演劇未経験でありながら、既に部活に溶け込んでいる。優生とも気が合い、部活外でも一緒にいることが増えてきた。
安藤雅美
優生が密かに想いを寄せていた同級生男子。最近、友人の増子千春と付き合い始めた。
増子千春/中村梨花子/西山深雪
優生と同じ学科の友人たち。はっきり言って関係性はビミョー。
《1》
「ユーキとアーちゃんがそうやって並んでいると、なんか双子のキョーダイみたいだな」
読みかけの戯曲集から目を離したキュウさんがボソッと呟いた。確かに私たちは身長が165センチ前後で、異性でありながら背格好が似ているかもしれない。
「ちなみにユーキが姉ちゃんで、アーちゃんが弟な」
彼はニカッと笑い、目線を本に戻す。
「えぇ? キュウさん、問答無用で僕が弟ですか?」
キュウさんだけでなく、部室にいるメンバーたちも『うんうん』と頷いた。
「ユーキはキチンとしているから完全に姉キャラだろ。……オイオイ、アーちゃん、そうやって口尖らせていると余計に幼く見えるぞwww。そして何故に卵サンドを両手で持って食べようとする? イマドキのあざとい女だって、そんな仕草はしねーから」
夏休み間近の部室にメンバーたちの笑い声が響く。
「それにしても、アーちゃんは卵サンドばっかり食べているよね?」
ある意味感心した表情で、私はアーちゃんを見た。
「うん、三度の飯より卵サンドが大好き」
「いや、それも『飯』……だよね? でもアーちゃん、一人暮らしなのをいいことに、食べたいものばかり食べていたら、栄養が偏るよ? 卵は確かに栄養あるけど、他の食材も摂らなきゃ……」
「えっ? ツナサンドとか?」
「とりあえずサンドイッチから、一旦離れようか?」
「おーいユーキ、そんな会話していると、オマエが『姉』じゃなくて『母親』に見えてくるぞ」
部室内が再び笑い声で包まれた。そんな中でも真面目なコバさんは、「相良くんの希望ポジションは役者でしたよね? ならば普段からの食生活で身体を整えて下さい」といつもの口調でソフトに釘を刺す。
『母親のよう』と言われたのは、大学に入ってから、これで2度目だ。前回は千春に無理矢理レポートを押し付けられた後に、半分バカにされたような口調で言われたっけ……。
同じようなことを言われ、更に周りは爆笑しているというのに、私は全く腹が立たなかった。
何故だろう?……なんて疑問は必要ない。
この場所の空気が心地よいからだ。
入部から約2ヶ月が経過した。
私にとって、演劇部が完全に学生生活の一部になった。
『何しに入部したか分からない男子2人組』は、キュウさんに『厳重注意』された後、姿を全く見せなくなった。
いつの間にかキュウさんは、私を『ユーキ』と呼び捨てするようになり、他の先輩たち(コバさん以外)もそれに倣った。
しかし発声などの基礎が向上したのかどうかは、自分ではよく分からない。
まあ、こんな感じだ。
「夏休みが終わったら、学園祭に向けて、本格的な練習が始まるね」
解散後、私とアーちゃんはバス停に向かって一緒に歩いていた。
「学園祭用の脚本は、キュウさんが書くんだってね。ホント、あの人は器用だなぁ。役者としても充分凄いのに……」
「うん、私もそう思う。どんな内容なんだろうね?」
学園祭では、演劇部の存在を幅広く知ってもらう為に、短めのオリジナル脚本で公演することが決まっている。
「僕ら1年は、きっと裏方だろうな。仕方がないよね、まだ始めたばかりなんだから。もしかしたらユーキちゃんは3月の旗揚げ公演に向けて、ちょっとした役がもらえるかもしれないけど」
「私も多分裏方だよ。その方がいい。先輩たちの演技で勉強したいから」
「僕も勉強して、3月の舞台には立ちたいけど、まだまだだろうなぁ……」
アーちゃんは空を見ながら呟く。何となくだが、彼は空ではなく別のモノを見ているように感じた。
「…………ユーキちゃん、僕ね」
「ん?」
「実は……高校時代、イジメられていた」
「えっ!? そうなの?」
持ち前の人懐っこさで、どこでも上手くやっていける子だと思っていたのだが……。
「向こうは『そんなつもりなかった。あれは《いじり》でした』って、反論するとは思うけどね。僕は『相手に居場所を作る目的』の《いじり》以外は全て《イジメ》だと思っている」
「うん、そうだよね」
例えばさっきのキュウさんの話術がいい意味での《いじり》だろう。私たちをからかうのと同時に、先輩たちの輪の中へ、巧みに招き入れていたのだから。
「演劇をやろうと思ったきっかけが『たまたま観たアマチュア劇団の舞台』だって前に言ったよね? あれって僕がイジメられていた頃の話で、近所の公民館で上演しているって知ったから、何となく足を運んだんだ。家でじっとしていたら、おかしくなりそうで……。そんな気持ちで行っただけなのに、いざ始まったらメチャクチャ感動して……」
「……そうだったんだ」
「だけど『元気出しなよ』系の脚本ではなかったよ。いや、そっちなら逆に冷めていたかもしれないな。ちなみに『朝日のような夕日を連れて(※1)』っていうタイトルで、イジメとは何の関係のないストーリー。男性キャストたちの演技に圧倒されまくって、その間だけは嫌なこと忘れて、公演が終わった後は、何故か『頑張って生きよう』って思ってた」
「運命的な出会いだったんだね!」
「……うん。で、何が言いたいかっていうと、学園祭で初めて演劇に関われるから、今、物凄くワクワクしてるんだ。ユーキちゃん、先輩たちの為に裏方がんばろうね」
「うん!」
私たちは顔を見合せた。
この時は、2人共裏方のつもりでいたし、そうでない理由はないと思っていた。
《2》
「注目! んじゃ、キャスト発表するぞ!!」
大学はまだ夏休み中の9月初旬、キュウさんはメンバーにお手製の台本を配り、全員が読み終えるのを待った。
キャストは全員が男性。ペンションを舞台にした『殺人犯はこの中にいる!』系のサスペンスだった。どんでん返しが3度も続き、真犯人は意外な人物で終わっている。
キュウさんは登場人物とキャストの名前を一人ひとり発表した。
「…………で、最後は『ジョン』。キャストはアーちゃん」
「………………」
『ジョン』とは事件の真相を引っ掻き回す謎の少年だ。出番は少ないが、キーマンと言っても過言ではない。私は目を丸くし、先輩たちは「おー!」声を上げた。
「アーちゃん、役が貰えたよ。良かった……えっ?」
「………………」
横にいたアーちゃんは、『ポカーン』を通り越して、魂が散歩に出かけてしまったような表情になっていた。
「アーちゃん、しっかりして! 早く正気に戻って喜びなよ」
「……僕が役者? 本当ですかキュウさん?」
「ホントホント。なんたって、途中からアーちゃんのイメージで書いていたからな。……で、コバにも相談したんだけど『まあ、いいでしょう』って」
キュウさんはサングラスをずらす仕草をしながら、コバさんの口真似をする。
「キュウさん、コバさんありがとうございます。僕、頑張ります!!」
「そうそう、言い忘れてた。コバがオッケーした条件って、『自分がアーちゃんを徹底的に鍛える』だから、頑張ってね~www」
「は、は~い」
学園祭まで約2ヶ月弱……。
それぞれの役割が決まった私たちは、当日に向けて練習や準備に精を出していた。ちなみに私は大道具&小道具担当だが、ほぼ助手のようなカタチだ。
「本当は、ユーキもキャストに……って思ってたんだけど、どうしても女性が出るイメージで書けなかった」
キュウさんがそう言って頭を搔く。
「いや、まだ役者は無理ですって。先ずは皆さんの役作りや動きを見ていたいですから。それにしてもアーちゃん、頑張ってますね」
私はコバさんにしごかれているアーちゃんを見る。声のボリュームに重点を置きすぎたのか、『台詞に気持ちが込もっていない』と注意されていた。
「ユーキ、コバがアーちゃんに言っているアドバイスは、自分にも言われていると思った方がいいよ。だから作業に空き時間があれば、しっかり見ておいてな」
「はい」
キュウさんもコバさんも演技の上手い役者だが、タイプは全く違う。役が憑依したかのように一気に『覚醒』するキュウさんと、『試行錯誤』と『軌道修正』を繰り返しながら役作りをするコバさん。
キュウさんの方が派手で目を引くが、芝居を教えることに関しては、コバさんの方が上手だと思う。
(キュウさんの場合、『とりあえず俺を見てて』だもんな)
「ところでキュウさん?」
「ん?」
「3月公演の台本って、もう決まっていますよね? それを踏まえて私に声を掛けたと思っているので……」
「まあ、そうだね」
「教えて欲しいです。もしかして過去にキュウさんが書いた脚本とか?」
「いや違う。プロが書いたヤツ。色々思い入れがあってさ……」
キュウさんの笑顔に一瞬だけ影が見えた。
(…………?)
「そのうちな。今は文化祭に集中しようぜ」
この言葉を言い終えた後は、いつもの彼に戻っていたが……。
(キュウさん?)
《3》
当日は学園祭日和だった。
私たちは教室から教壇と机を取っ払い、ベニヤ板を立てて即席ステージを完成させた。残した椅子はもちろん客席として使う。そして窓という窓に段ボールを貼り付け、日光をシャットアウト。更に借りてきた暗幕で完璧な暗闇を作った。
私たちはこの場所で、11時と15時の2回公演を行う。
「なぁコバ、いい感じじゃねーの?」
キュウさんは両腕を前で組んだまま、満足そうな表情で教室全体を見渡した。
「よし! みんな集合だ!」
4年生2人を中心に私たちは即席ステージ周辺に集まる。
そしてコバさんが口を開いた。
「皆さん、お疲れさまです。このステージは、3月の『旗揚げ公演』に向けて、我々の存在と活動を知ってもらう為の大切な一歩となるハズです。学園祭の空気を楽しむのは結構ですが、決して気は抜かないようにお願いします。役者の皆さん、もしも我々4年生がふがいない演技をしていたら、遠慮なく潰しにかかって下さい。ただし『悪目立ち』はNGです。そしてスタッフの皆さん、今日はあなたたちの陰の頑張りに応えられるようなステージを目指しますので、よろしくお願いします!」
コバさんが頭を下げると、誰かが遠慮がちに手をたたき始めた。直後に全員が同じ行動をしたことは、言うまでないだろう。暫くは拍手の音が鳴り止まなかった。
私は横にいるアーちゃんの肩を叩いた。やはり彼は緊張している。
「アーちゃん、初舞台頑張って。舞台袖から見てるから」
「ありがとうユーキちゃん」
11時になった。会場内に流れていたBGMのボリュームが徐々に上がり、同時に照明が一つひとつ減らされてゆく……。
完全に真っ暗になったタイミングで、BGMはブツリと消えた。
そして数秒間の静寂。
(始まった!)
私は舞台袖で役者が使う小物をチェックし、然るべきタイミングでそれらを渡したり、暗転を利用して舞台に置いたりするポジションを任されていた。
「…………」
かなりドキドキしている。
アドレナリンが沸騰しそうな感覚を伴いながら、私は舞台を見守っていた。
新たな音楽と共に登場したのは、キュウさんだ。彼は『写真を撮りながら世界中を回る旅人』の役で、この後、殺人事件が起こるホテルを訪れ、難事件に巻き込まれてゆく……。
キュウさんが立っているだけで、即席の舞台に背景が浮かび上がったように感じた。
(やっぱりキュウさんは凄い)
吸い込まれるようにキュウさんを見てしまった私だが、数ヶ月前に親友の真凛が言った言葉を、ふと思い出してしまった。
「優生、もしかして『キュウさん』って人のこと好きなの?」
(いやいやいやいや……それは絶対にないしっ!)
私は拳を握って、頭にゲンコツをぶつける。
(舞台に集中!!)
ストーリーは進み、舞台にはアーちゃん以外の役者が全員揃った。
ここで彼の出番だ!
無邪気な仮面を被った少年『ジョン』が軽い足取りで現れ、ターンをしながら「おじさん、ゴミついているよ」と『客』のジャケットに触れる。実はこの時、『ジョン』は『客』のポケットに、こっそりとライターを入れていたのだ。
練習中、アーちゃんはこの登場シーンで、何度も何度も失敗していた。確かにこれはタイミングが難しいと思う。気がつくと『姉(母?)目線』で彼をずっと見ていた私は、すっかり『ジョン』の台詞を暗記してしまった。
(なんか私まで緊張してきた。アーちゃん頑張ってっ!)
反対側の舞台袖でスタンバイしているアーちゃんを見つめながら、私は唾を飲み込む。
『あれれぇ!? 今日はお泊まりのお客さんが多いねぇ!!』
オーバーオール姿のアーちゃんがすっとんきょうな声を出しながら舞台に上がる。
(いけ!アーちゃん)
『あ、おじさんゴミついているよ』
練習通りに足を動かし、練習通りのターンもできた。そのまま隠し持っていたライターを『客』のポケットの中へと落とす。
(やった!!)
私は心の中で拍手をした。
そして1回目の公演が終了。
キャスト、スタッフ双方に大きなミスもなく、客席からの大きな拍手で、気持ちよく終えることができた。
「よっしゃぁぁぁ!! お前らお疲れ!!」
演劇部員だけが残った会場で、キュウさんが雄叫びを上げる。
「みなさん、お疲れさまでした。次は15時の公演です。ここから自由時間とします。各自で昼食を取って、1時間後に戻って来て下さい。では一旦解散!」
コバさんの合図で、全員が思い思いに歩き出す。
「アーちゃん、初舞台お疲れさま。ねぇ、一緒に模擬店行って何か買おうか?」
そう言いながら、私は彼の顔を何気なく覗き込む。
「……………」
アーちゃんは真っ青な顔をしていた。
「ど、どうしたの!?」
「………ユ、ユーキちゃん……お腹…痛い」
「お腹…って、何で舞台終わってから胃が痛くなってるの!?」
「違う……胃じゃなくて……腸」
「はぁぁぁぁ!?」
私だけでなく、その場にいた全員が同じ声を上げた。
「僕、トイレ行ってくる」
そう言いながら、小走りで去って行った彼を、私たちは唖然としながら見送った。
「大丈夫か? アーちゃん」「何か悪いモノ食ったんか?」 「あと1回、公演が残ってるぜ」
アーちゃんも青ざめていたが、私たちの表情も真っ青になっていた。
「俺さ、『高熱と下痢のどちらかを選べ』って言われたら、間違いなく『高熱』って即答するな。熱は寝てられるけど、『腹系』はそれどころじゃないもんな」
トイレに3回駆け込んで、ようやく落ち着ついたアーちゃんを見て、先輩の一人が呟いた。
「解る。自分がボロ雑巾になって、思い切り絞られた気分になるもんな。おい、大丈夫か!? アーちゃん?」
「ご迷惑……おかけしてます」
「…………」
その声に生気はなかった。
「相良くん、とりあえずこれを少しずつ口に入れて下さい。下手に下痢止めを飲んではいけませんから」
コバさんは、売店から買ってきたOS-1をアーちゃんに渡した。
「コバさん……ごめんなさい」
ペットボトルを受け取ったアーちゃんの目が潤んだ。
「人間、生きてればどこかで体調不良を起こします。それが今日だっただけです」
「……コ、コバさん」
「……とりあえず横になりましょうか。う~ん見た感じ、回復は間に合いそうにありませんね。成田さん、午後の部はどうします? 中止するしか……」
「いぇ……僕は出ます」
「相良くん、無理はダメです! 下手すれば社会的に死にますよ!!」
珍しく取り乱しているコバさんに対し、キュウさんはかなり落ち着ついていた。
「コバ、中止はしない」
「えぇ!? 成田さん、相良くんを殺す気ですか!?」
全員の目が『これでもか!』というくらい最大限に見開く。
「いや、アーちゃんは休んでて。大丈夫。ウチには『代役』がいるから」
「はぁ『代役』? どこにいるんですか?」
「そこに」
彼は不敵な笑みを浮かべる。
そんなキュウさんが指を差した先にいたのは……
他でもない私だった。
「え、えぇぇぇ!!??」
《5》↓に続く
(※1)朝日のような夕日をつれて
演出家である鴻上尚史氏による戯曲。劇団『第三舞台』の代表作で、現在も内容を進化させながら上演されている。