52歳になりまして
本日2月25日で、私桂吉弥は52歳になりました。
昨日金曜日がABCラジオ「きちまり」の生放送、そして今日もおなじくABCラジオ「土曜も全開!」があったので、その中でたくさんの皆さんからお祝いのお言葉頂戴いたしました。
ありがとうございました。
友人や家族、親戚、仕事仲間、皆々様、メッセージありがとうございました。
あ、プレゼントもたくさん頂戴いたしました。重ねて感謝いたします。
いくつになっても、誕生日にたいして「おめでとう」と祝ってもらえることは、幸せなことです。
それも見ず知らずの方々からもなんですから。
嬉しいですね。
桑原征平さんから、「50歳は、半世紀。51歳はそれを越えての一歩。感慨深いものがあるけども、52って、そないたいそうに思わへんやろ?!」てな言葉を頂戴いたしました。
祝ってくれてはるのでしょうか笑?!
なんとなくは理解できるんですがね、もう歳を重ねてきたら、52も53も一緒やと。
ただ、私自身、実はこの52って歳をちょっとたいそうにとらえてまして。
うちの師匠、桂吉朝が50歳で亡くなりましたから、
50歳になった時「師匠の年に並んだ」、
51歳の時は「師匠の歳を越えてしもた」
とすごく意識しました。
意識するというても、何をすると言う事もないんですけどね。
落語をやる時に「師匠はどうやったかな」と思うというか、頼るというか。
52歳になって、師匠からちょっと離れてみよ、もう師匠やったら、、という思考に囚われすぎず、考えてみよと。そんな気分に今なってるんです。
師匠の年齢を意識することなく、よい意味で師匠離れできていってるかなーともね。
自分の気持ちのなかのことなんで、明日からの落語が劇的に変わるってことではないですねんけどね。
他の落語家さんは若くして、そんなことはとっくにできてるんでしょうねえ。
ああ・・この(他の)落語家さんは、って気にする感じからも卒業できるかな。
吉弥は吉弥です。
吉朝は吉朝、かもめはかもめ、ですわ。
ええ歌ですね、かもめはかもめ♪。
ああ、スナックで歌いたいわ・・・。
よう考えたら、おかんからも子どもの時に言われてましたわ。
吉「みんな持ってるからなあ、あれ買うてえな」
母「みんなて誰のこと?誰と誰が持ってるん?」
吉「えーっと・・・やまやんと、けいぞうくん」
母「知らん、そんなん。よそはよそ、うちはうち」
今更、おかんの言葉が身に染みる2023年2月25日です。
今年は年初に心機一転、頭も丸め、切り替えそんな思いの一歩踏み出します。
桂吉弥、52歳になりました。
ええ一年にします。
そんなわけで、久しぶりにnoteも書こうかという気分になりました。
皆さんいつもありがとうございます、ほんでこれからもよろしくおたのもうします。