タイ旅行記 〜胸と子宮を、置いてきた〜 1
「サムイ?」
僕は首を横に振る。
「ネムクナリマース。」
これは眠くなったのか?
良く分からないが、眠った。
無事に目覚めますようにと願うタイミングが分からなくて、神様にはお願いできなかった。
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2018年1月1日の夕方。
世間が新年のおめでたい雰囲気に包まれているなか、僕は父と母と成田空港にいた。
僕はこれから、タイに行く。
身体は女性だが、心は男性。
いわゆる性同一性障害(FTM)の僕は、22年間連れ添ってきた胸と子宮を、摘出しに行くのだ。
手術が上手くいかなかったら。。
麻酔から目覚めなかったら。。
と心配していた時は精神的にかなり落ちたけれど、その時期はもう過ぎていた。
初めての成田空港、初めての海外、そしてゲートを通ったらひとりと言う緊張。それと同じくらいの楽しみで僕の胸は高鳴っていた。
予約していた航空チケットの出し方すらも分からず、空港の人に聞く。
何を思ったのかWi-Fiは要らないか、と考え借りない事にした。
「去年韓国に行った時勝信も連れて行けばよかった〜。」
確かに。それは是非連れて行って欲しかったよ、お母さん。
そんなやり取りを空港のサブウェイでしながら飛行機を待った。
親父はここでもビールを飲んでいる。
母親はそんな親父に怒っていたが、もしかしたら2人のやり取りを見るのは最後かもしれない。そう考えたらいつも通りのやり取りが微笑ましいとさえ思った。
今はもちろん、あんな時にまでビールビールでしょうがない親父だな。と思っている。
写真を撮ろうと親父が言い出し、母親と父親と、それぞれのツーショットを撮った。親父が撮った母親との写真には、親父の指が入っていた。スリーショット。
時間になり、入り口に歩いて行く。
「あれ?お父さんは?」
親父がどこかいなくなった。
流石に母親は怒っていたが、僕はまあまあ、と言う感じ。
今思えば、あの時の自分はそんな人に対して怒ったりする程の余裕はなくて、何も考えられなかったから穏やかな心(?)だったのか。
普通の精神状態だったら、自分も間違いなく親父に怒っている。
「じゃあ。。。じゃあね。」
そう言って母親とハイタッチをし、入り口に入った。
後から聞いた話だか、僕が乗ってる飛行機が離陸した事を無事見届けた時、母親は泣いていたらしい。
そりゃあ、そうだ。
「あなたが女に産んだのが気に入らないので、男になる為に健康な体にメスを入れて来ます。」
そう子供が言い出し、ひとりでタイに行ってしまうのだから。
(実際にはこんな言い方はしていませんが、母親からしたらこう感じるのかな。と言う勝手な解釈です。)
つづく