
思いやり
「管理職としての仕事は、まず思いやりを持つこと」
私が管理職になったばかりの頃、最も苦しんだのは「どうすれば部下がついてきてくれるのか」ということだった。営業成績が優秀だったことを評価され、管理職に抜擢されたのだが、最初は全くうまくいかなかった。
以前の自分は「数字を追いかけ、結果を出すことこそが正義」だと思っていた。だから、部下にも同じように求めた。売上目標を厳しく設定し、達成できなければ「もっと努力しろ」と叱咤した。数字を伸ばすためにどんな工夫をしたのかを細かく聞き、改善点を指摘し、時には「もっとこうしろ」と指示を出すこともあった。
しかし、ある日、チームのメンバーが私にこう言った。
「リーダーの言ってることは間違ってないんです。でも、正直、何を言われても響かないんですよね。」
最初は意味が分からなかった。どうして自分の言葉が響かないのか。自分のやり方は間違っていないはずなのに、なぜ部下がついてこないのか。
その時、別の先輩管理職が私にこんなことを言った。
「管理職の仕事は、部下を動かすことじゃない。部下が自分から動きたくなる環境を作ることなんだよ。」
この言葉は衝撃だった。私はずっと、「正しいことを教え、指導すれば、部下はついてくる」と思っていた。しかし、それは「自分の正しさを押しつけること」に過ぎなかったのかもしれない。
では、「自分から動きたくなる環境」とは何か。それを考える中で、一つの答えにたどり着いた。それが「思いやり」だった。
思いやりとは、単に優しくすることではない。相手が何を感じているのかを理解しようとすること。相手がどうすれば力を発揮しやすいかを考えること。そして、その人にとって最適なサポートをすること。
ある時、成績が伸び悩んでいた若手社員がいた。以前の私なら、「どうして売れないのか?」と厳しく問い詰めていただろう。しかし、その時はまず「最近、どう?」と話を聞くことから始めた。すると、彼は「実は家族のことでちょっと悩みがあって、仕事に集中できなくて…」と打ち明けてくれた。
「そうか。それは大変だったね。何か俺にできることはある?」
そう聞くと、彼は驚いたような顔をした。そして、「ありがとうございます。でも、大丈夫です。仕事に戻ります」と少しホッとしたような表情を見せた。
その後、彼は自分なりに営業スタイルを見直し、数カ月後には成績を上げることができた。私が何か具体的な指導をしたわけではない。ただ、彼の気持ちを理解しようとしただけだった。
「思いやりを持つこと」は、決して甘やかすことではない。時には厳しいことを伝えなければならないこともある。しかし、相手の気持ちを理解しようとする姿勢があるかどうかで、その言葉の受け取られ方は大きく変わる。
管理職としての役割は、単に数字を上げることではなく、人を成長させ、チームを強くすること。そのためには、まず思いやりを持つことが何よりも大切なのだと、今は心から思う。