独り言〔1〕
▼近世成立の僧伝史料によると、室町時代頃、三重県松阪市には沸騰する温泉が湧き出る“地獄谷”があったとか。事実とは考えにくいが、スラブ起源の高温泉が湧出していた可能性は、あるか▼三重県伊賀市にある真言宗豊山派の蓮徳寺。室町期の史料によると当時ここには温泉があったらしく「聖武帝御願。行基僧正為温泉彫刻薬師仏像安置之」と記録。中世温泉史の重要な発見と思いきや、この史料の名は『興福寺官務牒疏』(椿井文書の代表格らしい)▼でも江戸時代に薬水が湧出していたのは間違いないとか。所は今も伊賀市「湯屋谷」▼それにしても「行基」と「薬師」と「温泉」、事実であるか否かはともかく温泉由緒にこうも相応しい取り合わせはない。
▼温泉開湯譚にも登場する弘法大師空海。高僧による湧水伝承と言えば、その弘法大師がもっともよく知られているが、奈良西大寺の叡尊にも似たような話があるらしい▼江戸時代の元禄期に編纂された『西大勅謚興正菩薩行実年譜』嘉禎3年(1237)条に、奈良の天川から釈迦ヶ岳に登った叡尊が、山上に泉がなく往来の人々が遠方の谷川から水を汲んでこなければならない様子を見て、地を鑿ち水を湧出させたとか。これが後に「興正水」と呼ばれた、と▼で、ネットで検索してみたところ、現在釈迦ヶ岳には「香精水」という水場があるそうだ。これ、“こうしょうすい”で「興正水」と音は同じなのでは▼ちなみに、叡尊は後に「興正菩薩」という菩薩号を勅謚されたことから、「興正水」と名づけられたのだろう▼もっともネット情報によれば、現在の「香精水」は役行者(小角)絡みでその由来が説かれているらしい。