自由に生きる方法
夢や目標を叶えたい
なぜ、人は夢や目標を叶えたいと願うのでしょうか。
大きな理由の1つに、
「自由」を手に入れたいのではないでしょうか。
見方によっては、既に私たちは自由かもしれません。
日本は諸外国と比較しても、憲法であらゆる自由が保障されていますよね。経済的にも豊かで、社会インフラが整備され、清潔で治安が良く、勤勉でマジメな人が多い。スマホ片手に、いつでも必要な情報はググれるし、退屈を埋めてくれるエンタメにだって充実しています。
外部環境だけみても、日本に生まれただけで相当恵まれているし、人の自由度は年々高くなっているように感じます。
でも、他国が羨むようなこの日本に住んでいても、私も含めて多くの人が「自由になりたい」とどこかで思っている。毎日、不自由さと折り合いをつけながら、頑張って生きている。
私たちは、いったい何から自由になりたいのでしょうか。
お金からの自由?
人間関係からの自由?
環境からの自由?
過去の後悔や失敗からの自由?
ダメな自分からの自由?
自由には、物質的な自由と精神的な自由の2種類あります。できれば、両方同時に自由になるのは理想です。今までの私は、物質的な自由を追い求めていました。懸命に働いて組織に評価されお金を稼ぐことで、物質的な自由をクリアすれば、精神的な自由は後から勝手についてくると信じていました。
が、いつまでたっても精神的な自由がやってくる気配はなく、いつも何かに「束縛」「支配」「制限」されている気分で、心の底からリラックスできない生活。こんな便利で豊かな東京に居ながらにして、不幸とまではいかないけど、心の自由を感じない。いや、不自由さが当たり前すぎて、不自由でさえも自覚できなかった日々。
※ ※ ※
そもそも、「自由」ってどう定義されているのでしょうか。
【自】と【由】分解して、考えていきます。
自由とは、
「自らをよりどころ」とする
他の言葉で表現すると、
「自分軸をもって生きる」とも言えます。
ですから、自由な人というのは、
自らをよりどころとして(自分軸で)生きていている人。いつも自分の内側に答えを聞きながら生きている人と言えます。
「私は、ほんとうはどう感じている?」
「私は、ほんとうはどう思っている?」
「私は、ほんとうはどうしたい?」
※「ほんとうは」と言葉を入れるのは、自分のホンネを正直に吐かせるためです(笑)。
逆に不自由な人というのは、
他人をよりどころとして(他人軸で)生きていている人。いつも他人の承認や評価を求め、他人の顔色や機嫌の変化に敏感です。
しかも、この他人って一人ではなく複数人で、それぞれが千差万別の価値観を持っています。他人をよりどころとすると、さまざまな他人軸に振り回されることになり、心の自由どころではなくなってしまいます。
この猛暑の中、ひと気の少ない屋外でも、違和感やギモンを持ちつつもマスクをしている日本人を見ると、日本では自由に(自分軸で)行動するには勇気がいると思います。
※ ※ ※
では、「自由な人」に少しずつ近づいていくにはどうすればいいのでしょうか?
自らをよりどころとする習慣をつくる3つのステップが以下です。
1.自分に答えを問うクセをつける
なにかを決める時はいつも、自分に3つの質問をする。
「私は、ほんとうはどう感じている?」
「私は、ほんとうはどう思っている?」
「私は、ほんとうはどうしたい?」
2.小さなチャレンジをする
少々嫌われるのを覚悟で、他人の目を気にしない訓練をしてみる。
例えば、
・職場で定時で帰れる時は遠慮なく帰る
・飲み会が気乗りしない場合は断る
・疲れていたら、午前休をする
・人通りのないところで、マスクを外してみる
・苦手で嫌いな頼まれごとは断る
3.他人の自由も認める
自分をよりどころにしはじめると、他人に寛容になっていきます。他人の自由も認めることを意識すると、自分の自由も認めやすくなります。
こんな感じで、コツコツ自分をよりどころする(自由)を、育てている最中です。少しずつですが、精神的な自由を感じはじめています。
これが、私の「夏の"自由"研究」です。
ちょっと意味違うかな?(笑)
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