【闘病日記】もう少しちゃんとした…
アホみたいなこと
ギターのレッスンに向かう途中、車の中でわたしは「もう少しちゃんとした何か」について考えていた。
もう少しちゃんとした生活
もう少しちゃんとした性格
もう少しちゃんとした態度
もう少しちゃんとした習慣
もう少しちゃんとした自意識
もう少しちゃんとした夢
もう少しちゃんとした何か……
先日わたしはひとりでラブホテルに向かった。
誰かと約束をしていたとか、デリヘルを呼ぶとかそういうことではなくて、ただ、広い場所で服を脱ぎたかったからというのが理由だ。
わたしには少し露出的願望があるのかもしれない。
温泉に行って一番気持ちいいのは「外気浴」だ。
一糸まとわぬ姿で山の中で呼吸する。すると、落ち着く。
「ヌーディストビーチに行きたい」なんてことも思った。
ラブホテルで何をしていたのかというと、わたしは、お酒を飲みながらタバコを吸って、AV(アダルトビデオ)を見ていた。
お酒を飲んで理性がぶっとび、アダルトビデオを見ていたせいもあって、なんかもうどうでもいいやと思った。
羞恥とか、モラルとか、誇りとか、体面とか、そういうこと全部脱ぎ捨ててアホみたいな自慰行為をしていた。
その勢いだとう◯こを漏らしてもいいやと思うくらいだったけれどさすがにそこまではしていない。
でも、なんとなくう◯こをしてはいけない場所でう◯こをする人の気持ちが分かるような気がした。
わたしは何か窮屈さを感じていたのかもしれない。鬱屈とも言える。
思うようにならない人生で、フラストレーションが溜まって、アホみたいな行動に出たのかもしれない。
ときどきわたしはアホみたいな行動に出る。
例えば、10万円借金をして、その10万円でAmazonの「ほしいものリスト」を片っ端から買うとか、
お給料をもらった後に、繁華街へ向かい、一流ホテルのラウンジでカクテルを飲んで、レストランで高級のコースとワインを嗜み、そのあと風俗店をハシゴする。そして最後に〆でラーメンを食べてタクシーで帰る、とか、
はたまたあるときはわざわざ借金をして家に風俗嬢を呼んでプレイして、それを一日に3回繰り返すとか、
そういえばお金がないのに美容脱毛したりとか、
まあわたしの黒歴史は数え切れないほどある。
堕落、そして
わたしは少し厭世的で、破壊的な性格の持ち主なのかもしれない。
どうしてそうなったのかについて、ときどき考えるけれど、明確な答えは得ていない。
破壊的な姿を如実に表すようになったのは前の仕事をやっていたときからだ。
レストランで正社員として働いていたのだけど、そこで、どうしようもないほどのストレスを抱えてしまった。
わたしの中で何かが壊れ、実際にすべてが壊れた。
一度良好に向かっていたはずの統合失調症の症状が悪化し、ついには仕事ができなくなってしまった。
退職した。
そこからずっとずるずる、わたしは何もしていない。
今年の2月で退職したので、まるまる3ヶ月、わたしはぷらぷらしているのである。
一人暮らしをしていたアパートを引き払い、祖母の家で居候をしている。
堕落した生活をずっと送っている。
日々、何もせず、ただ家でごろごろし、家にいるのがイヤになったら外出して適当なことをして時間をつぶしている。
「このままではいけない」と思うことはよくあるのだけど、わたしは当分のあいだ「休む」つもりでいる。
自分で言うのもなんだけど、これまで、わたしは頑張ってきたのだ。
精神的な病を持っていたとしても、健常者になろうと頑張ってきた。
仕事だって、何度も何度もうまくいかなかったけれど、そのたびにまた挑戦して頑張ってきた。
だけどもう、わたしの中の何かはやっぱり壊れてしまっていた。
ついにわたしは障害者手帳を手にすることになる。
いままでは、手帳のことなんて考えもしなかったし、自分が障害者であることなんて思ってもいなかった。
でもわたしはそろそろ「ダメな自分」を受け入れなければならないとも思っていた。
正直なところ、自責の念はある。
どうしようもない生活と、どうしようもない破壊的な衝動、その上、病気とあっては、なんだかもう自分なんて生きる資格のない人間だと思ったりする。
太宰治が書いた『人間失格』以上の人間失格な人生をわたしは送っているのだ。
もう少しちょっとした
障害者手帳を手にしたことで、出来ることがある。
それは、割引とか、手当とかそういうことではなくて、「就労移行支援」を受けられるということだ。
わたしはもう正直、まともな仕事をまともな雇用で務めることなんてできないと思っている。
「諦めるな」というような精神論もないわけではないが、経験上わたしは「まともなこと」ができないのだ。
わたしは現在伊豆市に住んでいて、その伊豆市で、事業所を見つけた。
いわゆるA型、B型事業所(作業所)というところである。
わたしの入院仲間もそういうところでがんばっている。
わたしは、いままで少し見下していた。
B型事業所で工賃をもらっていた元恋人に対しても、「なんでもいいからアルバイトでもしたらいいのに」と思っていた。
働いているのに最低賃金さえもらえない事業所で働いていったいどうするつもりなのかわからなかった。
事業所で頑張れるなら、アルバイトもできるだろ、と思っていた。
でもなんとなく今は、事業所に通う人の気持ちが分かるような気がする。
恐いのだ。
恐くて、不安なのだ。
わたし自身、もう、この先ちゃんと仕事ができるのか不安になっている。
どれだけ不安なのかは説明することができない。
20年以上の苦悩を記事一本で書けるわけないのだ。
それでも一縷の希望を持って、わたしは事業所に通おうと思う。
もう少しちゃんとした生活を、送るために。
最後に
バカだろうと思う。
わたしは、バカみたいで、アホな人生を歩んでいる。
もう少しちゃんとしたらいいのにって毎日のように思うけれど、それが出来ない。
「その方が人間らしいじゃない」なんて言えるレベルの話ではないのだ。
それでもやっぱりわたしは、「もう少しちゃんとしたこと」をするべきだと思う。
フラストレーションが溜まって破壊的な行動に出たい気持ちもわかる。
でも、一度堕ちたら、とことん堕ちていくのが人間である。
その沼は、底がない。
だったら少しでも「まともな」ことをするべきなのだ。
失格した人間性を取り戻すためにも、わたしは、ちゃんとしたい。
もう少しだけ、ちゃんと……