陸上競技コーチたちにとって重要な学びの経験とは?
『月刊陸上競技』のAthletics Science Report 第10回より。
今回は、2017年のインターハイ会場にて実施されたアンケート調査において、帯同コーチたちの学びの経験について、重要度の値が高かった順に紹介された記事のアウトプットです。
Ⅰ.他のコーチとの意見交換
意見交換を通じて、指導のアイデアに対しての助言を得たり、効果的な指導の実践例を学んだりするとされています(1)。
また、多くのコーチがひとりで自校・クラブを指導している中で、他のコーチとの繋がり自体がその孤独感を和らげたり、指導の心理的な重圧に対する処方箋にもなっているようです。
私は普段、学生トレーナーという立場で現場に出ています。そこでは色々な選手が様々なカラダの違和感を訴えてくるわけです。ただしそれらに対して私ひとりの知識やスキルで太刀打ちすることは到底不可能です。そんな時に、学科の教員からアドバイスをいただいたり、他のトレーナーと相談しながら対処するように努めています。元々ひとりでなんとかしようと背負い過ぎる性格なので、少しずつリハビリしていければと思います(笑)。
Ⅱ.指導経験とその振り返り
専門性の発達には「10年ルール」が存在すると言われています(4)。いわゆる専門家の域に到達するためには、10年の実践経験を積む必要があるというものです。しかしながら、ただ指導年数を重ねただけでコーチとしての専門性が高まるはずがありません。年数よりも経験の質について考えるべきです。具体的には、経験から実践知への変換作業、すなわち振り返り作業が必要不可欠であると言われています(3)。
私自身としては、現場での実践経験はまだまだ乏しいとしか言いようがありません。それでも、不調を訴える選手の中には「以前にも他の選手で似たような症状があったな」と感じる時があります。そんな時こそ、以前の振り返り作業を行う絶好のタイミングなのかもしれません。
Ⅲ.メンターの存在
メンターとは、ある分野において自分よりも経験の豊富な人のことです。指導経験の振り返りをする際は、メンターの力を借りることで効果的になるという報告もあります(5)。相手に何かを教えたり、鼓舞したり、励ましたりする中で、メンターの最も大切な役割は、質の高い質問をし、相手の言葉に耳を傾けることだとされています(5)。
現在私も月1回のペースでコーチングを受けています。メリットは、半ば強制的に”学びを継続できる”ことだと思います。私の場合、学びにある程度の期限がないと、いつまでもダラダラして結局目標が達成できていないことがよくあります。なので毎回のミーティングで次回までの目標設定をすることで、なんとかやり切ろう!という気持ちになります。
中々コーチングを受ける機会は無いかと思いますが、身近な人や学生なら教員に目標を宣言することで、その目標から逃げられない環境を作ることもひとつの手ではないでしょうか。
Ⅳ.コーチ講習会・セミナー
この部分で特に興味深かったのは、コーチはこのような学びの機会に義務として参加しなければならない場合、学ぶ意欲が低い傾向にあるということです(6)。つまりコーチは、指導現場で自信が抱える課題を明確にした上で、それを解決するという目的を持って、セミナー等に参加することが大切だと感じました。
Ⅴ.選手経験
選手としての経験や当時のコーチから受けた指導が、自らが描くコーチ像や指導方法(どのように指導したいのか?)に影響していることが明らかになっています(7)。
これに関しては、コーチ自身がどんな指導者から影響を受けたのかが肝になると思います。「こんな指導は嫌だな」という思いを受けた人も、いざ自分が指導者になると不思議と受けたような指導を再現するなんてこともあり得ると思います(あくまでも個人的な意見ですが)。なので、常に指導を受ける側の目線に立って物事を考えることが大切なのかなと思っています。
Ⅵ.書籍・文献・インターネット
コーチは指導書を含む書籍(10)、雑誌あるいは論文(11)を読むことで、日々指導現場で生じている課題に対して解決法を探るなどの自己学習を行なっていることがわかっています。またインターネットの発達に伴い、上記のほかにも、指導現場の録画映像(12)、スポーツ科学系の視聴教材(11)あるいは他校・クラブのコーチ・選手の試合でのパフォーマンス映像(12)などの視聴を通じて、自己の指導の振り返りに役立て、知識を深めていることが報告されています。
しかしながら、それぞれの媒体から情報を得る際に注意すべきことがあります。それは批判的思考を持つということです。ひとつの文献に書いてあることを鵜呑みにするのではなく、3つほどの文献を比較するなどして、必要な情報を取得し知識などをアップデートしていくことが大切だと感じます。
Ⅶ.大学教育
大学教育を受けたコーチは、大学での学びをベテランになってから高く評価しているようです(13)。また、体育・スポーツ科学系の学位を取得したコーチたちは、指導に必要な教授法に関する知識を学べたことを高く評価しているという報告もあります(13)。
しかしながら、この大学教育に対する重要度の値は、他の経験と比較して低いことがわかると思います(7つある内の7番目)。その理由として、大学での教育内容が指導現場の「リアル」とかけ離れていたことが挙げられるかもしれません。
教育内容と現場の「リアル」とがかけ離れている。私も大学で学んでいてたまに感じることです。なので、出来るだけ早い時期からスポーツ現場に出ることをオススメします。なぜかというと、現場で疑問に思ったこと、選手から訊ねられたけど答えられなかったこと、それはつまり解決したい課題であり、常に頭の片隅にあるものだと思います。その状態で授業を受けると、今の自分に必要な情報に対するアンテナが張り巡らされるので、集中するし理解度も高まると思います。何より授業時間全てに集中する必要がなくなり、極端な話、自分に必要そうな部分にだけ集中すれば良いというメリットも生まれるのではないでしょうか!
【参考文献】
1)Mizushima, J. et al. Developmental pathways of youth sport coaches in Singapore. International Journal of Sport and Health Science. Advance online publication. https://dio.org/10.5432/ijshs.202218, 2022.
3)Trudel, P.,and Gilbert, W. Coaching and coach education. In:Kirk, D., Macdonald, D. and O'Sullivan, M. The handbook of physical education. Sage, pp. 516-539, 2006.
4)Ericsson, K. A. et al. The role of deliberate practice in the acquisition of expert performance. Psychological Review, 3:363-406, 1993.
5)Olsson, C. et al. Making mentoring work: The need for rewiring epistemology. Quest, 69(1): 50-64, 2017.
6)Wright, T. et al. Learning how to coach: The different learning situations reported by youth ice hockey coaches. Physical Education and Sport Pedagogy, 12(2): 127-144, 2007.
7)Cushion, C. J., et al. Coach education and continuing professional development: Experience and learning to coach. QUEST 55: 215-230,2003.
10)Erickson, K., et al. Gaining insight into actual and preferred sources of coaching knowledge. International Journal of Sports Science & Coaching 3(4): 527-538, 2008.
11)Reade, I., et al. Knowledge transfer: how do high performance coaches access the knowledge of sport scientists? International Journal of Sports Science and Coaching 3(3): 319-334, 2008.
12)Schempp, P. G., et al. How the best get better: an analysis of the self-monitoring strategies used by expert golf instructors. Sport, Education and Society. 12(2): 175-192, 2007.
13)Gilbert, W., et al. Development paths and activities of successful sport coaches. International Journal of Sports Science & Coaching, 1(1): 69-76, 2006.
お忙しい中最後までお読み頂き本当にありがとうございます。表現力もままならず、拙い文章ではありますが今後とも見守って頂けますと嬉しいです。ぜひまたお時間の許すときにお立ち寄り下さい!お待ちしております。