わたしの道
私、これまでの人生、色んなこと(あんなこと♪こんなこと♪)があったんだけど…
迷走してた時期って、自分が進んでいる足元を見ることもせずに闇雲に突っ走ってきた気がする。(今、思えば…ですが)
ここ数年、自分と向き合うこととか、自分ってなんなんだろうって考えたり、これまでのヤバい出来事(笑)や道のりに目を向けてみて改めて感じたのは、
今までの自分…
「自分がどう在りたいか」より「他人からどう見られるか」という方ばかり気にしていたんだと。
自分で客観視してみて、良いかどうかみたいな判断。
今思うと「めんどくさ!!」笑。
表面では「自分はこうだ!」と言いつつも
内心「他人の目」とか「一般的な考え方」とかそんなどうでもいいことばかりチラついていた。
だから、自分がどこを歩いているかもわからない時期が続いていたんだなぁ。行けど行けど設定していた場所にたどり着けない…みたいな。
自分が歩く道は“自分の在り方”が定まると瞬間瞬間で創られてくるし、きちんと見えてくる。
「こんな風になりたい♪」って思っていた時には、まだ道すらもできていない。だから、そもそも見えるはずがない。
それが、「わたしはこう在りたい」と決めた途端に具現化されていく。
そんなことがわかった瞬間から、また日々の流れも変わってきている。
変わって当然か。
在り方が決まったということは、手段もその在り方に沿って広がっているだけなので、在り方とズレているものは選択肢に入れなければいいだけの話。
ここまで来て気づいたこと。
つい先日、ある人に結婚感について聞かれたことがあったんだけど。
今まで何で結婚しなかったの?
と言われて、その人に最初に返した言葉が
「相手の理想とするライフスタイルとわたしのライフスタイルが違ったから」
結婚したら女性は家庭を…みたいな考え方、一般的にあると思うのだけど、わたしが自分の人生でやりたい事“ミッション”は
誰かの奥さんになることでも、誰かのお母さんになることでもなかったから。ただそれだけのこと。なんだと思います。
そりゃ、独りで生活をしていると、誰かに助けを求めたくなったり(体調崩して動けない時とか。笑)
自分がやっていることで誰かの意見とか感想を聞かせて欲しい時とか、自分の苦手なところをフォローして欲しいこととか(Gとか虫とか出たときとか。笑)
誰かいてくれたらなんて心強いだろう…と思うのだけど。
例えばその“パートナー”という定義が互いに違うならば、結婚したとしても遅かれ早かれズレが生じるのは間違いないのかなと。
あなたのために○○を我慢して…とか
夫婦なんだからこうあるべき!みたいなのがたまたまわたしの在り方に沿っていなかっただけなんだと、今思うのです。
わたしは自分も相手も
お互いに“在り方”を大切にし合いたいなって思います。
お互いを認め合い、尊敬し合う
その上で必要なところで協力し合う
同級生からは「結婚しないのー?」って
よく聞かれるけど、笑。
そんなパートナーに出逢えたら
します!
はい!喜んで!
ふざけたみたいになっちゃったけど、
喜びと地球を繋ぐ架け橋になるって在り方を決めたら、色々と流れが変わった。
というお話でした♪
今日も読んでいただきありがとうございます。