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形を意識した撮影方法
私たちの脳は、日常生活のなかで常に形の補正を無意識に行っています。
頭を傾けた状態でも垂直線を垂直に捉えたり、真正面から見ていない四角い壁を「四角い」と認識したりするのは、その補正が働いている証拠です。
ところが、カメラは脳のような補正機能を持たないため、実際には垂直な柱が写真では傾いて写ったり、90度の角が極端な鋭角に見えたりします。とくに広角レンズを使ったときには、周辺部の歪みが拡大され、目で見た印象とは異なる像が顕在化するのです。
写真を撮る際にはつい、今見た瞬間を切り取りたいと思いがちですが、脳内で勝手に補正された“見え方”を写真に反映するのはそう簡単ではありません。
そこで、前回でも述べましたが、現象学的な考え方が一つの手がかりになります。現象学では、私たちの意識が無意識に行っている補正を一旦留保し、
「対象が実際にどう見えているか」をあらためて観察しようと試みます。
写真においても同様に、脳が作り出す形のイメージを一度脇に置き、
カメラが捉える“そのままの像”を客観的に見つめることが必要になるのです。
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しかしながら、それだけでは撮影時にどこをどう調整すればいいかはわかりにくいでしょう。そこで有効なのが、数字による確認です。たとえば箱を被写体にするときには、まず縦・横・高さ、それぞれの長さをざっくり把握します。
あるいは、本来の角の角度は何度なのか、どちらが長辺でどちらが短辺なのか、といった情報をあらかじめ頭に入れておきます。
撮影するときにファインダーやバックスクリーンに映った像を見比べて、
「この位置だと本来の縦横比が崩れていないか」「角度が大きく変わりすぎていないか」という点を数字ベースでチェックするわけです。
数字を頼りにすることで、“脳内の補正”を意識的に取り除きやすくなります。主観的には「これで見たままの像が撮れているはず」と思っていても、
実は微妙に傾いていて比率が狂うことはよくあります。少しだけアングルを変えたり、立ち位置を変えたりすると、カメラに写る形が大きく変化するのです。そうして本来の箱の大きさや角度に近い形を再現しようと努めると、私たちが普段どれだけ脳の補正に頼っているかが、改めて実感できます。もちろん、パースのついた写真が常に悪いわけではありません。
広角レンズで建物をあえて誇張するように撮れば、迫力を演出できるというメリットもあります。
ただ、建築写真のように正確さが求められる場合や、被写体そのものの形を忠実に伝えたい場合は、数字を活用した確認作業が効果的です。
立ち位置やカメラの高さによる形の表現は後処理でどうにかなるものではありません。撮影時に調整すべき最も大切なことです。
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一つ例を挙げます。私たちは普段、テレビのリモコンをわざわざ真正面に正対させて見る機会はほとんどありません。
それでも、その形を正確に知っているのは、動きながら見る体験などを通じて脳が自動補正を行っているからです。
一方、繰り返しになりますが写真の世界では、固定された視点で撮られた像がそのまま写るため、補正は働きません。
そこを補う手段として「長さと角度を数字で確認する」というステップを入れると、撮影時の迷いが減り、脳の補正を意識的に取り外せるようになります。写真における形の問題は、脳内の無意識的な補正をどれだけ自覚できるか、そしてそれをコントロールしてどんな表現に結びつけるのかがとても大切です。
そこから先は、歪みやパースをあえて活かして撮るのか、あるいはできるだけ実物に近い形を再現するのか、撮影者の意図次第です。数字という客観的な指標を活用することで、私たちが普段意識しない“形の正しさ”を自在に操れるようになるのです。