見出し画像

飢餓海峡という暗闇<最終章>-④ 

小説と映画の異なるポジション


映画「飢餓海峡」で、舞鶴東警察署の味村警部補役の高倉健(さん)は、映画の後半部分から登場する。
ということで前半の部分では、全然顔を見せない。作品での出番は他の三人(三國、左、伴淳)より少ないと思う。


小説の下巻でも、味村警部補は冒頭の部分から登場し、弓坂刑事が不本意ながらも未解決のまま残した事件の解決に向けて動き出す。
というか、小説では、ほとんど味村警部補を中心に回って行くといっていい。八重は亡くなってしまい、弓坂刑事は遠い函館に居てほとんど出番はない。樽見はというと捜査線上に上った一人の容疑者でしかなく、時折、身辺が語られるだけである。

味村警部補は、事件の解決に向け関西近郊から北海道まで飛び、最後まで事件を補佐する重要人物ともいえるのだが、映画においてはかなりの場面が割愛されている。
思うに、これは映画の見せ場を重んじる脚本構成の都合上やむを得ないことだったのだろう。
この小説の脚本を書いた鈴木尚之氏は、要所、要所を的確にシナリオ化し、ブルーリボン賞、毎日映画コンクールの脚本賞に輝いている、小説と映画の内容を比べても納得の受賞といえたのではないか。


こうして作品の主要人物を順に並べてみると
① 主犯役樽見と犬飼・(三國連太郎)、②犯人を慕う八重・(左幸子)、③最初に事件のかかわりを持つ弓坂刑事・(伴淳三郎)。
この作品の重要なテーマは、ほぼ小説の上巻部分に集中しており、小説や映画の後半では、事件の解決に向けた物的証拠をいかに探り出すかにあり、この三人が主要人物として描かれるのは当然なのかもしれない。そうなると、健さんの露出度は自然に少なくならざるを得なかったのだろう。

もう一つ、映画のラストシーンは衝撃的幕切れで終わるのだが、これは「まさかの展開」と言って良い。小説では、ようやく事件が解決し、実地検証に向かうことになるのだが、そこで樽見は味村警部補に懇願する(ここが、樽見自身が責任を果たすべく最終決着の場になるのだが)
… 北海道へ向かうなら「自分の船(経営する自社が保有)」で海峡を渡りたいと必至に訴える。その情にほだされて、樽見と警察関係者はともに津軽海峡を船で渡るのだが …        
そこで誰もが予期しない、樽見が船上から身を投げる結末になって終わりを迎える。


繰り返すようだが、この映画が成功したもう一つの要因は、脚本の出来の良さにあると思う。あの小説の、上下巻に渡る膨大なストーリーの中から、脚本家の鈴木尚之氏は、作者が訴えたい要所、ポイントを上手く引き出し、脚本作りに専念したのだろう。出来上がった映画のファルムは、1分たりとて無駄のない完成度であり、当時の日本映画界においてる権威あるブルーリボン賞と毎日映画コンクールの脚本賞を同時受賞するに相応しい出来であると思う。
 



※ 参考 までに
■小説の大雑把な目次
(上巻) 層雲丸が転覆事故-函館警察署弓坂刑事が捜査開始-犬飼と八重の出逢い-杉戸八重が東京出る決心-東京での暮らしに焦点-舞鶴に出向き八重が絞殺
(下巻) 若狭湾に男女の死体があがる-舞鶴東署が捜査本部を設ける-樽見京一郎が捜査線上に浮かぶ-真鶴東署物証操作開始-樽見包囲網が敷かれる-船上から海上へ身を投げ ジ・エンド
■映画のストーリー
①   函館本線近郊のある町で質店に強盗が押し入り、店主を殺して大金を奪い放火し逃走
②   台風の襲来で、函館湾沖で青函連絡船が転覆し、犠牲者が出るなか二人の身元不明の死体が判明。
③   函館署の弓坂刑事が、その二人は質店強盗の一味であることを突き止める。
④   津軽海峡を渡り切った犬飼は、酌婦・八重と一夜を過ごし彼女に盗んだ大金の一部を与える。
⑤   八重は東京に出て、約10年の歳月が流れる。この間彼女は亀戸の赤線で娼婦として暮らしている。
⑥   ある日新聞記事で、舞鶴の社長・樽見京一郎が、恩人の犬飼と似ていることに気づき舞鶴まで訪ねていく。
⑦   樽見の邸宅を訪ねるが、過去の犯罪歴を恐れる樽見は八重を絞殺し目撃した秘書の竹中も殺し、心中事件を装う。
⑧   舞鶴警察署の味村刑事は、この2遺体を他殺と睨む。ここから事態は急展開する。
⑨   八重が持っていた新聞記事から樽見が捜査線上に浮上する。
⑩   真鶴東署は現役を退いた弓坂の協力を仰ぎ、味村刑事らは樽見を追い詰めていく。
⑪   樽見は逮捕されるが、八重と竹中殺しは認めても、質店一家惨殺と仲間二人の殺害は否認する。
⑫   二人が仲間割れして海に落ち、自分は残ったカネの横領しかしていないと主張。
⑬   北海道へ実地検証に向かう青函連絡船の船上から、樽見は身を投げ映画はジ・エンド。


いいなと思ったら応援しよう!