
生命と知能の起源:相互落下する複雑系
私はシステムの観点から生命の起源について個人研究をしています。
これまで、相互落下と複雑系の三要素という観点から自己組織化するシステムの原理についていくつかの記事で述べてきました。
この記事では、これらの原理を再整理しつつ、生命や知能の形成に理論的に橋渡ししたいと思います。
■相互落下
相互落下とは、複数のパラメータが時間と共にエネルギー的に安定するように調整されるプロセスを指します。
2つの物体が互いの重力によって引きつけあう様子から落下という用語を使っています。ただし、作用する力は重力だけに限りません。
また、これは星の形成、原子の形成などの物理的なプロセスや、分子の合成といった化学的なプロセスだけを説明するものではありません。
相互落下したパラメータは、外部からの別の作用があっても時間と共に復元されるという恒常性を持ちます。
また、エネルギーや別の実体が外部から継続的に与えられながら特定の相互落下状態が維持されることもあります。これは代謝の性質です。
さらに相互落下により安定した状態が周囲に影響を与えることがあります。これは触媒作用です。
そして、周囲に同じ種類の状態が広がる場合もあります。これは自己触媒や自己複製と言えるでしょう。
したがって、シンプルで低い精度ではありますが、相互落下は生物のような性質を持つことができます。
このことから、多数の相互落下が複雑に統合された状態が、生物であると考えられます。つまり、生物は相互落下から構成されるプロセスと見ることができます。
■複雑系の三要素
科学が複雑なシステムを理解することが難しいのは、対象をパラメータと静的な計算式という要素に分解したモデルでしか分析できないためだと思います。
複雑なシステムを分析するためには、パラメータ間のリンク、反復処理、そして条件分岐の三要素に分解する必要があります。
これはコンピュータシステムやシミュレーションモデルを考えると明らかです。
プログラムでは、パラメータ同士やオブジェクト同士のリンクによりデータ構造をモデル化します。また、反復処理はfor文、条件分岐はif文で表現します。
科学が分析に使用するパラメータと静的な計算式といった要素は、こうしたデータ構造や処理構造の中の部分的なものに過ぎません。
そして、コンピュータシステムやシミュレーションモデルは、これらのデータ構造や処理構造で成り立っています。
つまり、これらの要素があれば、複雑なシステムを表現したり分析したりできるということです。
■相互落下と複雑系の三要素
相互落下は、まさに複雑系の三要素であるリンク、反復処理、条件分岐を集約しています。
まず、相互落下の相互という部分は、リンクそのものです。落下というプロセスは、反復処理です。また、近づきすぎると落下が止まる現象は、条件分岐です。
したがって、相互落下を特定して分析に組み込むことで、複雑なシステムを把握することができるはずです。
■相互落下ネットワーク
複数のパラメータがあり、それぞれの間に相互落下の関係があると、相互落下のネットワークが形成されます。
相互落下の過程で、相互落下ネットワークの構造は、エネルギー的に安定するように変化します。
■進化的に適応する相互落下
相互落下ネットワークの構造によって、外部からの入力に対する反応が変化します。
また、外部からの入力に応じて、相互落下ネットワークの構造が変化する場合があります。この場合も、結果的にはエネルギー的に安定するように変化します。
繰り返し同じような外部入力があると、相互落下ネットワークの構造は、やがてその外部入力のパターンに適応するような構造に落ちつきます。
この場合、外部入力を含めた全体としてエネルギー的に安定するような構造に落ちつくことになります。
これは相互落下ネットワークが進化的に適応したといえます。
■学習的に適応する相互落下
落下の速度や強さ、条件分岐の閾値など、相互落下にはいくつかの係数があります。
この係数が、外部からの入力に応じて変化することがあります。繰り返し同じような入力があると、外部入力のパターンに適応するような係数に落ちつきます。
この際、外部入力を含めた全体としてエネルギー的に安定するような係数に落ちつくことになります。
これは相互落下が、外部入力パターンに対して、学習的に適応したことになります。
学習的な適応は、単一の相互落下だけでなく、相互落下ネットワーク全体でも同じように可能です。
■内部適応と外部適応
整理すると、相互落下ネットワークの構造や係数が柔軟に変化する場合、相互落下ネットワークは外部入力のパターンに対して、進化や学習の形で適応することがある、ということを意味します。
そして適応は、外部入力を含めてエネルギー的に安定することを意味しています。
外部入力に対して相互落下ネットワークが変化することによる適応は、内部適応と言えます。
一方で、一度適応した相互落下ネットワークが、構造や係数を固定化することがあります。進化や学習の定着です。
相互落下ネットワークが定着すると、外部入力のパターンが変化した場合に、構造や係数が変化せず、固定化されたまま応答します。
その応答が、外部入力側に影響を与える場合があります。そして、適応した相互落下ネットワークは、外部入力を元のパターンに戻すように反応する場合があります。
このように外部入力のパターンを調整して、エネルギー的に安定する状態を維持するような適応は、外部適応と言えます。
■受動的適応と積極的適応
外部入力をきっかけにして、構造や係数や外部入力を変化させる適応は、受動的適応です。
一方で、外部入力をきっかけにせず、自発的に構造や係数や外部入力を変化させることで、エネルギー的に安定する状態を作り出すこともできます。これは、積極的適応と言えます。
■振り子の同期現象
この原理は、同じ棒にぶら下げられた2つの振り子の同期現象に見られます。
振り子Aから見れば振り子Bから受ける振動は、外部入力です。振り子Aは自分の揺れ幅や位相といった係数を外部入力に適応するように内部適応します。一方で、振り子Aが振り子Bに振動を与えることで、振り子Bを変化させ、外部適応もさせています。
さらに、振り子Aは受動的に適応しているだけでなく、自らが揺れることをきっかけとして、振り子A自身と振り子Bの揺れを積極的に適応させていることになります。
■生物と知能
受動的適応としての学習や進化により高度に適応した相互落下ネットワークは、やがて積極的適応により自己強化的な学習や進化ができるようになります。
このことは、生物や知能の性質を、的確に説明しています。
そして、この原理は、2つの振り子の同期にも同じように働いています。
つまり、相互落下ネットワークが外部と相互作用することで、全体がエネルギー的に安定した状態になっていく適応という観点から、生物と知能の性質を説明可能です。
そして、生物や知能の性質は、2つの物体の相互落下、構造と係数の変化と定着、振り子の同期といったごくシンプルなメカニズムにも現れている性質として説明可能です。
■さいごに:複雑系の要素への分解
相互落下ネットワークの適応は、パラメータと静的な計算式に加えて、前述した複雑系の三要素を加味することで、全て表現が可能です。
つまり、パラメータと静的な計算式、リンク、反復処理、条件分岐の組み合わせです。
実際の生物や人間の知能には到達しているわけではありませんが、ライフゲームと呼ばれるアルゴリズムや、人工知能に使われているニューラルネットワークは、まさにパラメータと静的な計算式、リンク、反復処理、条件分岐のシンプルな組み合わせです。
これらの例は、複雑系の三要素を加味することで、非常に複雑な現象をシンプルな構成要素に分解できることの証拠です。
加えて、相互落下ネットワークの適応という観点で、生物や知能の性質を十分に説明できるということを、強く示唆しています。
いいなと思ったら応援しよう!
