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思考の罠:相互作用を無視してはいけない
私はシステムエンジニアとしての経験を生かして、システムとしての観点から生命の起源について個人研究として探求しています。
その中で、既存の生命の起源の議論において、システム的な観点から見ると不自然な説明や、よりシステムとして妥当性の高い仮説が主流の議論では重要視されていないことがあるということを常々感じています。徐々に、システム思考的な考え方が導入されており、その重要性の認識は高まっているようですが、それでも全体としては不十分なように感じています。
そのことについて考えているうちに、そこには相互作用という観点が軽視されており、代わりに慣性や片方向だけの作用が重視されているという思考の偏りがあることに気がつきました。相互作用が認識されているとしても、それは部分的であったり例外的な扱いになっており、均衡を欠いています。
そしてこの傾向は、生命の起源に関する議論だけでなく、他の科学的に実証が難しい現象に関する議論においても同様に広く存在していることに気がつきました。
この記事では、そうした相互作用の見落としという思考の偏りが存在していることを事実に基づいて示していきます。そして、適切な知見や洞察を得るためには、場合によって相互作用に着目することが重要です。
この思考の偏りを乗り越えて、相互作用への着目を含む適切な思考方法を選択することが重要であると主張したいと思います。
■慣性と片方向の作用
運動方程式を始めとする物理法則は、伝統的に他の要素から独立した振る舞いや、ある要素から別の要素への片方向の作用を中心に考えられています。
他の要素から独立している場合、物理的には慣性に従って振る舞います。片方向の作用の場合は、作用を及ぼす元の要素は変化せず、作用を受ける要素だけが変化します。
例えば太陽と地球の関係を考えてみます。太陽は慣性に従って同じ位置にあり、地球は太陽の重力の作用を受けて公転運動をします。
実際には太陽も地球の重力の影響を受けるため相互作用しますが、それはほとんど無視することが可能です。そして慣性と片方向の作用という形で考えることで、太陽と地球の関係の本質を上手く捉えることができます。
■相互作用
しかし、これは実際の世界の1つの側面だけしか捉えられていません。実際の世界は、太陽が地球の重力の影響をわずかに受けるように、相互作用しています。
もちろん、太陽と地球の例のように、相互作用を無視しても本質的な理解が変わらないことは多くあります。相互作用を正確に捉えようとすることに気を取られ過ぎると、本質を見失ってしまうため、このような抽象化や省略には意味があります。
こうした慣性や片方向の作用による分析が多くの成功を収めている一方で、相互作用を分析することが本質的に重要になる場面も、同じくらい多くあります。
■成功体験に基づいた思考の罠
繰り返しますが、慣性や片方向の作用に着目して、相互作用についての分析を省略することは、適切な場面では非常に重要であり、これまで多くの成功を収めてきました。
しかし、歴史的にあまりに慣性や片方向の作用による分析が成功しため、多くの人は相互作用を無視することに慣れ過ぎています。このため本来は相互作用に焦点を当てて考えるべき場面でも、慣性や片方向の作用による分析に還元してしまい、思考の罠にはまってしまうことがあります。
もちろん、いくつかの分野や理論では相互作用にも着目した分析が行われ、成功を収めています。しかし、その範囲は限定されており、本来は相互作用に着目すべき部分で、慣性や片方向の作用のみに着目している例も多くあります。
現在の科学的な思考が慣性や片方向の作用に過度に着目して相互作用を無視してしまう傾向があることを理解すると、こうした思考の罠から抜け出すことができるようになります。
ここでは科学における謎とされている事象の例をいくつか挙げて、相互作用という観点から考え直していきます。これらの例は、相互作用を無視したり分析から省略することが不適切である例です。そして、相互作用の観点から考え直すと、これらは自然界の謎ではなく、人為的に作られた思考の罠である可能性があることを示していきます。
■宇宙の微調整
宇宙の空間は、現在も膨張しつづけていると考えられています。この膨張の速度が速すぎると、星と星の間隔がどんどん離れていってしまい、現在のような銀河が形成されたり、太陽の周りを地球が安定した軌道で公転できないことになります。一方で、膨張の速度が遅すぎると、星と星の重力の作用の方が強くなり、星と星が過度に密集することになり、やはり銀河や太陽と地球が現在のような姿を保つことができません。
つまり、宇宙の膨張速度は、銀河や太陽や地球が現在のような状態を保つためにちょうどよい速度なのです。
ここで謎とされているのは、なぜ宇宙の膨張速度はこのように銀河や太陽や地球にとって、ちょうどよい速度になっているのか、という点です。
これは宇宙の微調整問題と呼ばれている謎の一部です。この他にも、ミクロレベルの力の作用が素粒子や原子がその形を保つのにちょうど良いバランスにある点なども、微調整問題には含まれています。これらはわずかでも値が異なるとバランスが崩れてしまうため、あたかも銀河、太陽、地球、原子、分子、そして生物や私たち人間にとってちょうど良い値になるように微調整されているように見えるのです。
この微調整問題には様々な解釈があります。代表的なものは、多数の宇宙が存在しており、ちょうど良い値をこの宇宙は偶然引き当てたという多次元宇宙的な考え方です。これは宝くじが当たりそうにない確率であっても、全ての宝くじを買えば必ず当たるということに似ています。他にも、人間が存在していること自体がこれらのパラメータがちょうど良い理由であるという逆説的な説明もあります。これは微調整がどのように行われたかという明確な説明を避けて、人間の存在を中心に宇宙を解釈するという解釈や因果関係の方向性を変えてみるという人間原理と呼ばれるアプローチです。
この宇宙の微調整問題には、これらの基本的な値である宇宙の膨張速度やミクロな力のバランスが、一方的に宇宙の中にある星や物質に作用しているという伝統的に根強い考え方が根底にあります。つまり、宇宙の中にある星や物質が、膨張速度やミクロな力のバランスには影響を与えていないという考え方です。
しかし、重力が空間に影響を及ぼすことはアインシュタインの一般相対性理論としてよく知られています。また、素粒子は種類ごとに作用する力がことなりますので、どの素粒子がどのくらいの量存在するかが、ミクロな力のバランスを決定します。つまり、宇宙の中にある物質と空間は相互作用しますし、ミクロレベルでは素粒子は力のバランスと相互作用します。
既によく知られているこれらの知識があるにも関わらず、相互作用を前提として宇宙の微調整問題を考えないというのは、思考の罠の典型です。もちろん、相互作用は無視できるものなのかもしれません。
しかし、相互作用によって微調整され、それが現在の宇宙の姿を形作っているという解釈も多次元宇宙や人間原理のような仮説と並置されていたり、その仮説が議論されて一度否定されているという経緯があってしかるべきです。それが見られないということは、宇宙の微調整問題が思考の罠である可能性を強く示唆しています。
■対称性の破れ
宇宙に存在している物質は、原子を基本的な単位としています。さらに原子は素粒子から構成されています。そして素粒子は量子場の相互作用によって出現することが知られています。
また、通常の物質を構成する素粒子と比較してマイナスの質量を持つ反物質と呼ばれる素粒子も、量子場から出現することが分かっています。
素粒子が存在しない空間内でも、通常の質量を持つ素粒子と、マイナスの質量を持つ素粒子が鏡写しのように同時に出現することがありますが、この2つが重なると消失して再び素粒子が存在しない空間に戻ります。そして、通常の物質と反物質は対称性を持っており、質量のプラスとマイナスが反対であるという点以外は、同じ性質を持っています。
それにも関わらず、この宇宙は通常の物質がほぼ全てを占めており、反物質はほとんど存在しないか、存在してもすぐに消失します。対称であるならばどちらも同様に存在するか、あるいはどちらも同じように出現と消失を繰り返すように思えますが、この通常の物質が極端に優勢な状況になっているのは何故か、ということが対称性の破れの問題です。
この説明のために、対称性は完全ではなく部分的に非対称な要素があり、特定の条件下では非対称になるはずであると考えます。それを特定することが、対称性の破れの問題に対する主流のアプローチになっています。
ここにも、相互作用を無視するという伝統的な考え方による思考の罠があります。
対称であっても、偶発的な揺らぎによって片方の種類の物質がわずかに優勢になることはあり得ます。優勢になった物質同士が相互作用しなければ、時間と共にその優勢はすぐに元に戻り、対称な物質同士の関係はバランスを保つことになるでしょう。
一方で、優勢になった物質同士が相互作用することを前提に考えると、お互いの消失を防ぐような作用を及ぼす場合があると考えられます。そうなれば、一度優勢になった種類の物質が、他方よりもさらに優勢になります。これが持続すれば、時間と共に片方の種類が支配的になることは容易に説明がつきます。
■時間の矢
運動方程式も量子力学の方程式も、時間に伴う状態変化を線形な数式で表すことができています。このため、数式上は時間を前後に変化させていけば、その時間における状態を正確に把握できます。つまり、数式で表現される物理世界には、時間の方向はどちら向きにも進行することができるように見えます。
それにも関わらず、私たちは時間は一方向に流れているように感じられ、そう信じています。それは数式で表現可能な物理的な世界という視点からは、うまく説明ができません。これらの数式によって表現できるにも関わらず、この数式では把握できない何かが、この時間の方向性を形作っているはずです。それは何かということを考えることが、時間の矢の問題です。
中心的な説明は、エントロピーが時間と共に増加する性質によって説明されます。エントロピーが増加する方向に時間が流れているため、エントロピーの方向が時間の矢の方向を決めているという説明です。
ここにも、相互作用という観点が抜け落ちています。複数の物体が相互作用する場合も、運動方程式の連立方程式で表現することは可能ですが、相互作用する物体が多くなるとこの方程式を解析的に解くことができないことは三体問題としてよく知られています。
解析的に解けないということは、連立方程式に時間を具体的に与えても、それだけで全ての状態を直接算出できないということです。この場合には、連立方程式を時間に対する微分方程式に変換し、微小時間の変化に伴う状態変化を時間ごとに算出して、それを積分するという計算が必要になります。
これはコンピュータシミュレーションでループ処理をおこなうような計算をすることを意味します。つまり繰り返し同じ計算をするだけのシンプルな計算ですが、時間を重ねるとシンプルな計算式が入れ子状に長く伸びていくことになります。
このように計算式が入れ子状に重なって長く伸びていく方向が、時間の流れの方向です。
この解釈では、エントロピーの増加のような他の要素を持ち出すことなく、計算式で表現可能な物理世界に明確に方向性があることを、計算式の話だけで説明することができます。
ここでポイントとなる考え方は相互作用です。つまり、時間の矢の謎も、相互作用を不適切に無視することで生じた、思考の罠の一例ということになります。
■証拠の確認
思考の罠の例として、宇宙の微調整、対称性の破れ、時間の矢という3つの例を挙げました。
この記事の目的は、これらの3つの例に対して新しい仮説を提唱することでも、それを解決することでもありません。これらの例において、ここに挙げたような相互作用の視点に基づく仮説や議論が、主流の議論の中で提示されていないという事実を示すことを目的としていました。
そして、この事実は、相互接続という視点が、科学的な議論の様々な場面で見落とされているという私の観察を裏付けるための証拠です。
もしこれが単に1つの例だけであれば、その議論に限った例外的な見落としだったでしょう。また、これらの中に相互接続の視点から導かれる仮説が明らかに有効でないのならば、議論されていないとしても問題ではないでしょう。
しかし、これらの例は、いずれも相互接続に基づく仮説が、既存の仮説と同等か、あるいはより説得力を持つ可能性があることを示しています。そして、1つの例だけでなく3つの例において相互接続に基づく仮説が欠落していることは、単なる見落としや例外ではなく、明らかに科学的な思考の中に盲点があることを示しています。
■他の分野への適用
相互作用を見落としてしまう傾向は、物理学の世界だけではありません。冒頭に述べたように、生命の起源、つまり化学や生物学の世界においても同様です。
さらに、社会科学や人文科学などの社会システムや人間同士のコミュニケーションを対象とした分野では、相互作用が完全に無視されることは少ないですが、十分に考慮されていないという傾向は見られるように思います。あるいは、慣性や片方向だけの作用という形で相互作用を省略して分析する場合と、相互作用を含めて分析する場合とが暗黙的であり、意識的に使い分けられていない可能性があります。
また、学問についてだけでなく、日常的な思考の中でも相互作用が見落とされていることは多くあります。
例えば税金を払うことに反対する人は、その結果として社会から得られる恩恵について見落としていることがあります。他人に親切にするために利他の精神を持つことが大事だと言われることがありますが、世の中で困っている人が減ることは、治安のことや逆に自分が困った場合を考えると、様々な観点から自分にとっても利益があります。つまり、他人に親切にすることは、利己的に考えても合理的です。
■さいごに
この記事の目的は、単に見落としを指摘することや、既存の思考方法を批判するということではありません。また、全ての相互作用を厳密に分析する必要があるという主張をすることでもありません。
代わりに、まず、慣性や片方向の作用だけでなく、相互作用があらゆる物事に多かれ少なかれ存在し、それをしっかりと認識する重要性を主張したいと思います。
加えて、既存の議論やモデル化の中で、微小であったり目的に無関係であることを認識した上で相互作用の影響を省略して扱っているのか、単に見落としているだけなのかを考えることを奨励します。
そして、新しい議論やモデル化の際には、相互作用を組み入れる必要があるのか省略してよいのかを意識し、それを明示する必要があります。そうでなければ、意図的な省略なのか見落としなのかが客観的に判断できなくなるためです。
このように、相互作用は既存の思考方法では見落とされる傾向にあり、また、複雑で扱いにくいこの概念を明確に意識することが、適切な思考のためには必要です。この点を主張することが、この記事の主題です。
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