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(男友達と)混浴温泉体験記
「青春18きっぷで旅をしないか」
友達を誘ったのは大学生になってしばらく経ったころの春休み。
たまたま下宿先のアパートが一緒で、部屋に入り浸っては一緒に寝ていて、まったく恋愛関係のない半同棲生活が続いていた。
生まれたときに割り当てられた性別が女の自分。男とそういう関係にならないんだろうか?と思った人は当時もいただろう。
しかし、彼は「俺の恋愛対象は女だもん」「お前女じゃないでしょ?」「本当に好みじゃないもん」と言って、そんなそぶりは全く見せなかった。信頼のおける男友達だ。
「授業が終わるのが遅いから米を炊いておいてくれ」と頼みあったり
「肉を買いに行こう」とスーパーに一緒に出向いたり
深夜に「寝れないからドンキ行こう」と徘徊して警察に職務質問されたり
そんな生活だから、一緒にどこかに遠出しようという流れになるのは必然だったかもしれない。
「面白いからルーレットで旅行先を決めようよ」と言って、
扇風機を改造してルーレットを作った。
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どこになっても恨むなよ……
ものすごく辺鄙な場所になっても後悔するなよ……
そして矢印の先に止まったのは「秋田県」。
ごめん、何があるのか知らん!!
とりあえず経路を調べてみよう。たどり着くまでは「29時間」。
途中で一泊は確定である。
「長旅になりそうだなー」
そして彼は言ったのだ。
「これだけ長旅になるなら、この旅でどんな苦労があったかとか、どんな体験をしたのかとか、風呂でじっくり語り合いたいよな……。
……あれ?待って、お前と温泉入れなくない?マジで忘れてたんだけど」
そうなんだよなあ。
この機会を逃したくなかった。
せっかくできた友達と風呂で語り合う時間は欲しかった。
だから調べたのだ。
秋田の秘境には混浴温泉があるらしい!
乳頭温泉郷、鶴の湯。
もしかしたら、ここは秋田の中でもとても面白い場所なのではないか?
目的地が決まり、青春18きっぷを買って、いざ出発!(愛知県から)
18きっぷに慣れているわけではない。
乗り換えのために途中下車したはいいが、田舎になればなるほど、次の電車が来るのが200分後とか……。ディズニーランドの待ち時間かよ。
一日目でどこまで行けるか、どこに宿泊するか、なーんも決めずに来てしまった。
関東を過ぎて建物がまばらになってくるとヒヤヒヤする。暗くなってきたし。もしかして今日は野宿か?
どうやら福島県郡山駅がこのあたりで一番大きい。もうここしかない、と降りた。
一泊目はネットカフェだ。足の疲れを感じながらもよく眠れた。
二日目はそんなに移動距離は大きくない。ほどなくして秋田県の田沢湖駅に着くと、鶴の湯までのバスが迎えに来ていた。
そこから30分ほど揺られただろうか。
山深くなるにつれ、雪が積もる白い景色。
「川の石に積もった雪がもこもこしてて可愛い」と友達は写真を撮っている。
自分はというと、スマホの電波が届かなくなって焦っている。
(当時ワイモバイルを使っていた。友達のドコモの電波は正常)
鶴の湯に着くと、趣深い木造建築が広がっていた。
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受付で「名前と連絡先を書いてください」と言われる。
こういうところでは初めて通称名を書いた。
友達が「こういうのって本名じゃなくてもいいの?」と不思議がっている。
身分証の提示を求められなきゃ大丈夫でしょ。改名を見越して通称の使用実績作りたいし。
「使用実績ってなに……?」「名前って変えられるの?」
彼はトランスジェンダーのことなんてよく知らないのだ。
知らないのに、変に気を遣わず友達として普通に接してくれるのがいいところである。
部屋で浴衣に着替え、金髪に浴衣の俺もなかなかいい感じじゃない?と自撮りをしていたら置いていかれた。
囲炉裏で焼いた川魚が出てくる楽しい夕食の後。
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いよいよ入浴タイムである。
更衣室は男女で分かれている。
女性のほうに入る。
こういうときは結構入りづらく感じる(女性に迷惑かからないかな、とかびっくりさせないかな、とか)。見た目がどっちともつかないからね。
ただ、男性ホルモンを入れていないし胸もとっていないし、脱いでしまえば身体は女でしかないのでむしろ安心する。女に擬態できている感じがする。少なくとも風呂でびっくりされなくなればそれでいいんじゃないかと思う。
(このへんはトランスジェンダーの中でも色々な意見がありますよね。絶対身体を見られたくない人もいるし、脱いで女とみなされるのが苦痛な人もいるし。苦痛を感じないならトランスジェンダーじゃないだろ!という苦情は受け付けておりません)
更衣室には中学生くらいの女の子三人組がいて、
「どうする?」「誰から入る?」「大丈夫だよね?」
と相談しあっている。
それを横目に、白く濁った湯に身体を浸けた。
なかなか広い湯である。
歩みを進めていくと、友達はすでに湯の中で頭だけ出して待っていた。さすがに裸は見られたくないらしい。
湯が白く濁っているというのがミソなのだろう。
出したくない部位は出さなくていい。誰にも見られない。もしかして、男女分けられた透明の風呂よりもこちらの方が安心な人もいるのでは?怪我の跡などが気になる人も晒さなくて済むわけだし。
周りを見渡すと、老若男女問わず様々な人が座っている。
身体が露わなひとはほとんどいなかった。夫婦らしき二人が談笑している。
温泉のすぐ裏には大きな雪山がそびえたっていた。いい景色すぎて息をのんだ。
「いい湯だね」
「そうだねー」
最初は友達も自分も慣れない環境に緊張していてぎこちなかったが、隣に腰をおろして話しはじめるとだんだんといつもの感じに戻っていった。
宿を見つけたの俺だけど正解だと思う?
「大正解でしょ!」
直下から温泉が湧き出ているようで、身体の下からポコポコと泡が浮かぶ。
とめどない会話をしていると、雪が降ってきた。
なんだかお湯がぬるくなってきた気がしたが、頭が白くなるまで話し続けた。夜が深い。もう周りには誰もいない。
彼が向けてくるのは恋愛感情じゃない。それは理解していた。
でも、愛ではあった。俺も彼を愛していた。愛していたつもりである。
しかし、応えきれないのだ。深夜に毎日のように外を歩こう、話そう、一緒にいよう、と誘ってくること。眠れない夜が続くこと。体力に差があること。
サークル・授業・バイトでどんどん忙しくなってきて、たくさんの人と連絡を取らねばならないし、レポートも多い。その中ですべての時間を彼につぎ込むことはできないということ。
時間を取れないことを彼が辛く思っているのを知っている。知っていてもできない。全部の期待に応えたい自分と、日常生活を回すのに必死な自分。引き裂かれそうだった。愛されたかったし愛したいのに、うまくできないのがもどかしかった。
湯から出て就寝し、翌朝に秋田駅へと向かう。
帰りは青春18きっぷを使わずに、秋田新幹線こまちとのぞみを使って7時間かけて名古屋に着いた。
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「後夜祭しようぜ!」と友達がはしゃいでいる。
彼のそういうところが好きだ。でも、やはり体力は追い付かなかった。
家に帰って寝込んだ。彼もさすがに体調を崩していた。
ぬるま湯で何時間も話し込んだからだろうか。
彼のペースに合わせていると、身体が持たない。心も応えきれない。好きなんだけどね。
そのころから、彼と距離を置いていった。
愛され慣れてなくてごめんね。
長旅の混浴温泉は仲良しの終わりだったのかもしれない。でもずっと大好きだよ。
2030年に北海道に日食を見に行く約束したのを忘れてないよ。行ってくれるかな。北海道にも混浴あったら一緒に入ってくれるのかな。
彼は誰のことも似たような熱量と体力で愛せてしまうだろうから、もうそんなのどうでもよくなってるかな。
混浴温泉のことを書こうとしたらラブレターみたいになっちゃったね。
こんな話を最後まで読んでくれてありがとう。