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トランスジェンダー、花嫁の父になる


花嫁の父親になった。
 
結婚式で花嫁とともにヴァージンロードを歩き、花婿に花嫁を手渡すという大役である。

何故そんなことになったのか。
 
私の生まれたときに割り当てられた性は女性で、今も戸籍の記載は長女である。ジェンダー・アイデンティティは女性ではない。男性でもないが。だから自分のことはトランスジェンダーであり、Xジェンダーまたはノンバイナリーだと思って暮らしている。
 
曖昧に生きているので、冠婚葬祭での服装はいつも迷う。そういう場では男女のドレスコードがはっきりしていて落ち着かない。女性の服を着たくないし、男性の服が合う自信もない。自分はどちらのマナーに合わせればいいのか。そして選んだものが相手の失礼に値しないか。不安は尽きないのだ。
 
だが、私の心配は杞憂で、学生時代の友人が結婚式をするとなると、当然のように男性のドレスコードで来るように連絡がある。確かに日常的にはメンズ服を着ることが多いとはいえ、結婚式という場でもそれが通用するとは思っていなかったから驚く。

戸籍記載の性別が女性であることを気にしすぎているのは私だけなのだろうか。女性としてのマナーに従うことができないのを大罪のように感じてしまうのは考えすぎなのだろうか。
 
就職活動は男性用スーツで行ったものの、大失敗している。


 
これによって自信をなくしていたのが、友人の結婚式で救われたような気もする。
 
男性のスーツで来るように連絡をいただくのはいいとして、なぜお父さんなのか、だ。
 
結婚する学生時代からの女友達は家庭との折り合いが悪い状態で、親族を呼ばない人前式を行うようだった。家庭で苦労した話に加えて結婚するという報告を初めて聞いたとき、私は久しぶりの飲酒によって泣きながら友達の苦労を称え、幸せを願い、そして勇気や元気をもらったことを話したようである(一部記憶が抜けている)。
 
それを大変好意的に捉えてくれたらしい。こんなにも私のことを思ってくれるなんて、まるでお父さんのようだ、と。
 
買いかぶりすぎにもほどがある!
 
友人のアイデアで、私は結婚式で花嫁の隣でヴァージンロードを歩くことが決まったのである。
 
と、なると色々と準備が必要だ。
友人の結婚式に呼んでいただくこと自体は初めてではないものの、礼服は弟と共有している一着しかない。若干サイズも合っていない。これでは晴れ舞台を共に歩くのに申し訳が立たない気がする。
 
スーツに関してネットで色々と調べた結果、スリーピースという選択が最も良いのではないかと思った。体形を隠せるからだ。
 
スリーピースってこういうの。中にベストを着て、上着の前のボタンを開ける着方をする。


通常のスーツを身体に合わせてぴったりと着ると、どうしても身体の凹凸が出やすくなってしまう。胸は潰しているからいいとして、ウエストから尻のラインは目立ちやすい。しかし上着のボタンを閉じないスリーピースであれば、身体のラインはかなり隠せるはずだ。
 
さっそく洋服の青山でそれらしいものを見つけ、自分のサイズは事前に調べて把握しておき、サイトから試着予約をして店舗に向かった。
 
ドキドキの試着体験である。仮にもスーツをメインに商売しているスタッフなら体形に詳しいだろうし、話したら身体的に女性だってわかるだろうし、それなのに(決して安いものではない)メンズスーツを購入すると言うのである。
なんとなく不思議そうな顔をされたものの、「細身だからこのサイズがぴったり合うと思います」と言われた通り試着したらちょうどよくて、裾上げのみで済んだ。
 
さて、あとは髪の毛の問題がある。普段から思いっきり金髪だ。目立ちすぎは結婚式のマナーに反するだろう。さすがに。主人公は花婿と花嫁だものね。
 
でも、黒にはしたくない。就活の時は仕方なく黒だったけどもう絶対嫌。似合ってないと思う。式の数日前に美容室に駆け込み「グレーにしたい」と頼むことにした。お父さんならグレーくらいがちょうどいい…と思う。
 
しかし、色がうまく入らなくて染め終わったらこの状態。大失敗☆


染め直すお金はない。とりあえず花嫁に連絡し、「全然大丈夫だよ当日目立ってー!」と許可をいただく。仕方ないから目立ちまくることにする。
 
いつの間にか頼られており、受付、お父さん、余興、と当日の役割をかなり担うことになってしまっていた。もう目立つのは確定なのだ。
 
そして、結婚式当日。
髪のセットに自信がなく、早朝に弟を呼びつけ手伝ってもらう。ありがとう。こういうピンチに来てくれる弟ほんと好きだよ。
 
雨が降っており、駅に着くまで髪が崩れないよう恋人がタクシーを手配してくれた。機転が利くところ好きだよ。ありがとう。
 
式に出席する友達と駅で合流し、余興の打ち合わせをしながら会場に向かう。人前で話すのが苦手だと言いながらも余興について一緒に考えられる友達がいて幸せだよ。ありがとう。
 
さて、会場についたらバタバタと受付をやり、メッセージカードを回収し、会費を受け取ったと思ったらスタッフにいきなり呼ばれてもうヴァージンロードを歩く準備である。忙しい。

急に「こう歩く」と言われてもようわからん。要は花嫁と歩調を合わせればいいのだろう。あとウェディングドレスを踏まないように。
 
本番も突然やってきた。照れている時間もない。花嫁と腕を組んで歩く。


 
一礼するタイミングを間違えたような気もするが、あっという間にそれは終わった。花嫁も花婿も満面の笑みだった。良かったー!


その後、余興の前にトイレに行っておこうと思って立ち止まる。多目的トイレはない。男女どっちに入ればいいんだ!?
メンズスーツ着て人前でヴァージンロード歩いた手前、女性トイレには入れなくないか?

ということで男性トイレへ。誰もいなかった。
無事に式は終わり、慣れない姿のまま電車で帰宅したのであった。

 
話は変わるけれど、ヴァージンロードってなんなんだろう。気に入らない風習で縁がないと思っていた。父が娘を花婿に引き渡すってさ、娘を所有物扱いしているみたいでなんか嫌じゃない?と。
 
だが友達と歩いてみて、晴れ舞台はその人たちの好きなように作り上げていいものだと知った。ヴァージンロードを友達と歩いていいんだし、ケーキも好きなように注文すればいいんだし、余興もだいたい指定していいんだし、呼ぶ人だって決めていい。一度きりだと思ってしまえば好きにできる。好きにやったということが大事なのであって、しきたりは二の次でいいのだ。
 
貴重な体験をありがとう。きっと二度とこんなことはないだろうから。友人にとっても一度きりの経験だろうけども、私にとってもきっと一度きり。大切な思い出をいただいた。

式の終わりにいろんな人から「かっこよかった」と言ってもらえたから、私は自分に自信をもってまだ生きていける。
かっこよく生きていきたい。


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