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ハンカチ落としましたよ。【舞台用台本@80分】

ハンカチ落としましたよ。

          ※パソコン閲覧推奨。

【タイトル】ハンカチ落としましたよ。

作/演出  香取 大介 
【登場人物】◆男性2名 ◇女性7名 計9名   

◇犀川早智子 …本編の主人公OL
◇犬塚たま(犬塚風花) / イヌ …絵本の中のイヌ。
◆牛窪 / ウシの神様 /人影F …主人公の上司
◇猿養 / サル / マネキンA  …主人公の同期
◇馬場 / ウマ / マネキンB  …主人公の同期
◇鹿間 / シカ / マネキンC  …主人公の後輩
 ◆猪田 / イノシシ /人影G  …主人公の幼馴染
 ◇蛇澤 / ヘビ / マネキンD    …猪田が依頼する探偵事務所社員
 ◇九頭竜 / リュウ / マネキンE …牛窪のライバル
 
【注意】 
※スカーフ、ショール、ストール以外は基本的に道具は全てマイムになると思います。
※アンサンブルとして女性はマネキン(人影的な)に、男性は人影になります。
※2021年上演台本です。

一幕その1<独白~深夜の展示会場>


東京にある、ハンカチ・ショール・ストールを中心としたファッションアイテムを製造販売している株式会社シマノ。この物語はそこで勤めている犀川早智子の物語。株式会社シマノの企業理念は、【人の想いをのせて『この瞬間を染める』もの】。この企業理念にどこか心惹かれて入社してきた。一枚のハンカチが、ストールが、きっと、人それぞれ思い出がいっぱい詰まったものに違いない。その思い出は人生をお洒落に豊かにしてくれる。シマノの社員は皆、そんな想いを胸に働いていた。または働く努力をしていた。


明転。


ストール・ショール・ハンカチーフ展示会会場。株式会社シマノの企業ブース。舞台中央に早智子が立っている。その後ろにマネキンA・B・C・Dがそれぞれのポーズで立っている。

早智子 「(ナレーションのように)私は、お月様を見上げることが大好きでした。小さい頃ころ、いつか私は物語の主人公になって、世界を冒険して歩くんだって思っていました。もしかしたら、あの月にだって行けるかもしれない! 両脇を緑色した田んぼに挟まれた中央車線の無い一本道を幼馴染のみんなと一緒に駆けっこしながら、毎日ワクワクしていました。そのころの私は奇跡が起こせると信じてました。私だけじゃない、お父さんやお母さん、みんなも奇跡が起こせるんだと信じていました。夢は全部叶うんだって、そう信じてました。…いえ、そう信じたかっただけなのかもしれません。そのうち気づいたんです。願いなんて叶わない。奇跡なんて、漫画や絵本、テレビの世界の中だけなんだって。そんなもの、私の目の前ではありえないんだって。世界中を冒険する物語だって、誰かが書いた嘘のお話なんだって気づかされたんです。…中学に入って部活をやってみて、どんどん現実を突きつけられてきました。私なんて、世界を冒険するどころか、チームの中心にも立てない、むしろ邪魔、私がいると迷惑…。私がいない方が困らないし、みんな楽に、しかも楽しく生きていける。だから私、一生懸命空気読んで、みんなの足を引っ張らないように、生きてきた。…つもりだった、ずっと。」

牛窪がマネキンEを担ぎ持って上手奥から入ってくる。
牛窪はフロアに入った時、視界の片隅に早智子が入る。

牛窪  「(マネキンを置いてから)犀川さん、遅くまで頑張ってるね。今日も残業?」
早智子 「あ、牛窪チーフ。あ、いえ、(チラッと腕時計を見て)あ、も、もうそんな時間ですか?」
牛窪  「あんまり頑張るのもいいけど、たまには早く帰って身体を休めたほうがいいよ。いつも一生懸命動いてるんだから。」
早智子 「はい、ありがとうございます。」
牛窪  「(マイムで、大きめの段ボール箱を持ち上げながら)僕は明日の準備にもう少し時間がかかるから、あと少しだし、今日はもう上がっちゃって。明日はよろしく!」
早智子 「あ、はい、ありがとうございます。お、お先に失礼いたします。」
牛窪  「ゆっくり寝てね。(段ボール箱を持ったまま奥の倉庫に移動しようとする)」

牛窪が歩いているときにポケットからハンカチが落ちる。
牛窪、気づかない。
早智子はポケットからハンカチが落ちる様子を見ていた。

早智子 「(お客様には聞こえる声で、牛窪は気づかない感じで)あ、ハンカチ…、」


早智子は落ちたハンカチを小走りで拾いに行く。
牛窪は気づかない。
猪田、奥の倉庫から早智子に視線を集中させて入ってくる。
猪田、出会いがしらに牛窪とぶつかる。

牛窪  「うわっ!(マイムで、ぶつかった拍子に持っていた段ボール箱を落として中身をこぼしてしまう)あっちゃー(散らばった道具たちを見て)」
猪田  「あ、(散らばった物と牛窪を交互に見ながら)す、すみません。ごめんなさい(マイムで、こぼした物を段ボール箱に戻しながら)だ、大丈夫でしたか? 怪我なかったですか?」
牛窪  「(慌てて猪田同様に落ちたものを拾い出し)猪田さんこそ大丈夫でしたか?」
猪田  「いえ、僕の方は全然…、すみませんでした。ぼっーとしちゃってて、」
牛窪  「こちらこそ、いつも遅くまで搬入のお手伝いありがとうございます。うちの会社に毎度付き合わせちゃって、ホント、申し訳ない。」
猪田  「牛窪さんからの発注ですから、喜んで請け負いますよ! いつも毎度あり!です。」
牛窪  「(箱に戻す作業が終わりのころに、立ったままの早智子が視界に入り)あ、犀川さん、ごめんごめん、こっちに気を取られちゃってて、もう上がっていいから、ごめんね。」
猪田  「…(しゃがんだ姿勢のまま、二人のやり取りを見ている)。」
早智子 「あ、あの、」
牛窪  「なに? どうかしたの?」
早智子 「さっきあの、チーフのポケットから…(マイムで、そっとハンカチをチーフに渡す)」
牛窪  「あ、僕の? あ、ありがとう。」
早智子 「フロアを出ようとしてるときに落ちたのを見たのですけど、すみません、声、掛けられなくて、」
牛窪  「(早智子が言いたかったことをそれとなく察し、ハンカチを落とした辺りに目線を落とし)ああ、大丈夫大丈夫。怪我なかったし、気を使ってくれてありがとう。」
早智子 「あ、はい、申し訳ありません。」
牛窪  「(めっちゃ温かい笑顔で)大丈夫だよ。じゃ、また明日ね!」

牛窪、マイムで段ボール箱を持って下手前にはけていく。
猪田、そのやり取りをしゃがんだまま見ている。

一幕その2<幼馴染~深夜の展示会場>

猪田は牛窪が見えなくなった後にゆっくりと立ち上がり、早智子の方を見て近づいていく。

猪田  「早智子、」
早智子 「お兄ちゃん。」
猪田  「あのな、お前がハンカチ拾ったときに牛窪さんに声かけてくれてたら俺はぶつからないで済んだんだぞ? (軽く指をさしながら)お前、今、それ分かってたんだろ?」
早智子 「う、うん、」
猪田  「本当にいつまでたっても愚図だなぁ。」
早智子 「うるさいなぁ、」
猪田  「なんだよ、俺には反抗かよ。」
早智子 「いいじゃん、付き合ってるんだから。」
猪田  「じゃあ、お兄ちゃんて呼ぶのも止めてくれよ。」
早智子 「だって保育園のころからお兄ちゃんて呼んでるんだもん、もう変えられないよ。いいじゃん、幼馴染なんだし。」
猪田  「まぁしょうがねぇな。どんくさくて不器用な早智子だもんな。」
早智子 「じゃあ、別れなよ。」
猪田  「うっせぇなぁ。お前は俺がいないと駄目だろ? だから一緒にいてやってんだ。喜べ。」
早智子 「う、うん。」
猪田  「それよりよ、お前、最近牛窪チーフと一緒に居すぎじゃね?」
早智子 「だって、同じチームでこのプロジェクト進めてるんだもん、当たり前っしょ。」
猪田  「またその田舎臭い言葉も。もう使うなよ。俺達東京人だぞ?」
早智子 「それこそ田舎者だっての。」
猪田  「まぁいいや。お前、都会で仕事してるからって浮かれて変な男に引っかかるなよ?」
早智子 「引っかかりません。」
猪田  「それより、もう帰ろ? 俺も仕事終わったし、今日は一緒に帰ろうよ。」
早智子 「あ、あの、先に帰ってて、まだちょっと仕事あるし。」
猪田  「え? だってさっき牛窪さんも上がっていいって、」
早智子 「そ、そうなんだけど、もうちょっとだけやることがあるから、」
猪田  「…、お前、最近いっつもそうだな。…わかったよ、今日も先に帰るよ。」
早智子 「うん、ありがと。」
猪田  「じゃあな、また明日な!」

猪田、展示会場から出て行く。
早智子、猪田を目で追う。
猪田が視界から消えたのを確認し、ホッとため息をつく。
ふと、自分の世界に入り込む。何気なく夜空を見上げる。

早智子 「私、小さい頃お月様が好きだった。理由は分からない。気づいたら好きだったの。お母さんが私を抱っこして夜お散歩しながら見せてくれた。私がうとうとし始めると、一緒にベットに入って絵本を読んでくれた。小さな少年がいろんな動物たちと出会いながら冒険していく本。もう名前も覚えてないけどなんだか楽しくて、毎日毎日読んでもらってた。でも結局、お話の最後まで聞かないで寝ちゃってて。…(再び夜空を見上げて)綺麗な月。」

早智子、しばらく月を眺めている。
犬塚たまがどこからともなくひょっこりと入ってくる。
辺りの景色が変わる。
ここは絵本の世界。
早智子はたまが入ってきたことに気が付かない。

たま  「お月様見るのが好きなんですか?」
早智子 「うん、」
たま  「早智子さんは、お月様を見るとオオカミに変身するのですか? ワォォォー!」
早智子 「(びっくりして)わああ、だ、だれ?」
たま  「私、絵本の世界からやってきました、『犬塚たま』です。」
早智子 「え? あ、はぁ、」
たま  「早智子さんに会いに来ました。」
早智子 「私に? っていうか、どちら様ですか?」
たま  「ですから、『犬塚たま』です。」
早智子 「え? 絵本の国から?」
たま  「なんだ、ちゃんと聞いてるじゃないですかぁ。まぁ正確には絵本の世界ですけどね!」
早智子 「あ、あのオオカミですか? たまって猫の名前ですよね?」
たま  「いえ、犬です。『犬塚』だけに。(ワンと犬の鳴き声)」
早智子 「え?! イヌですか? 猫の名前なのに?」
たま  「だーれが、たまを犬の名前じゃいけないって決めたんですか?」
早智子 「えっと、誰がって、ちょっと良く分からないですけど、多分この国では一般的に…、」
たま  「そんなね、一般常識とかでね、物事、なんでもかんでも頭ごなしに決めつけてる人にはね、私の姿は見えないのですよ。」
早智子 「はぁ、」
たま  「(早智子のあいづちを待たずにサラッと言い流す)声も聞こえやしない。(切り替えて)そしてあなたは『犀川早智子』、『25歳』『創業百年を超すハンカチやストールの製造販売メーカーの株式会社シマノ勤務』。『就職と共に上京』、『今年で3年目』。趣味は、『月を眺めること』。」
早智子 「え?」
たま  「早智子さんのプロフィール。私とのシンパシー。ワン!」
早智子 「あの、それで、どちら様ですか?」
たま  「だから、『犬塚たま』! 絵本の世界から来たの! 犀川早智子さん、あなたに会いに!」
早智子 「どう見ても、一般人ですよね? いや、ちょっと普通じゃないか…、」
たま  「私はこの世界の住人じゃないんです。ホラ、見える人にしか見えないんですよ。なんていうんですか? イメージですよ、想像力って言ったらいいですかね。(マネキンたちを指して、あるいは触れながら)ほら、早智子さんたちのお仕事も、マネキンとかいう人形を使って、こうやって展示会とか開くじゃないですか? みなさんにとって、このマネキンて、今にも動きそうな生き物じゃないんですか?」
早智子 「ま、まぁ、マネキンを使って私たちの商品をお客様の自由な発想力でイメージしてもらって…、」
たま  「それと一緒ですよ。私、絵本の世界、イメージの世界からこうしてやって来た、ただの犬です。私は、今、早智子さんの中でちゃんと生きてるんですよ!?」
早智子 「私の中で?」
たま  「そうです。だって今、お月様を見ながら考え事、してたでしょ?」
早智子 「(もう一度月を見て)…え、ええ、」
たま  「早智子さんに呼ばれたから、こうやってやって来たんです。私。」
早智子 「そ、そうですか、」
たま  「そうです。」
早智子 「はぁ、」
たま  「もう、相変わらずのろまさんね。はい、ではちゃんとわかってもらうために今からお見せしましょー。一緒にやりましょうね!」
早智子 「い、一緒に?」
たま  「(マネキンたちの方に駆け寄り)見ててくださいね! ほら、マネキンたちが動き出しますよ! っそれー!」

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