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⑫【小説】 さくら坂のほのかちゃん またまた、ほのパパ
しまった、マスク忘れた・・・
ホノカと玄関を出て気がついた。
もう花粉が全盛期だ。
一応、花粉症の薬は飲んでいるけれど、このまま歩いたら後で大変なことになる。
「ホノカ、ちょっと待ってて!」
急いで取りに戻った。
玄関を出てきた時には、ホノカの姿はなかった。
ミユちゃんに促されて班の集合場所まで辿り着いている。
「よし、今行くからな!」
あれっ、出発してしまった。
内村君冷たいね。
確かにおじさんはメンバー外だけど。
小走りに、内村班を追いかけた。
「僕たちだけで、ほのちゃん連れて行けるよ。 みんなで囲えば大丈夫、美優だっておるし!」
正門の前、内村君は頼もしい事を言ってくれる。
ありがとう。
「今日、置いていかれそうになった」
家に戻ったら、ママは庭の雑草を抜いていた。
もう、春だね。
* *
「来週の月曜日に、トライしてみるって!」
今日、ママが迎えに行ったとき、酒井先生がいたそうだ。
パパが置いていかれそうになった話をしたら、
「一度、子供たちだけで登校させてみましょうか?」
となったらしい。
話はとんとん拍子に内村君の担任の先生、校長先生にまで進み、パパが遅くいける今度の月曜日、内村班にホノカを任せて、
「『その日は、一応車で先回りして、校門前に来ておいてもらって下さい』やって!」
自治会の防犯の方にも、声かけておいてくれるらしい。
「ちょっと、面白そうだね」
まあ、何とかなるだろう。
パパを置いていった位だから。
* *
月曜日は、お天気だった。
春何番かが吹いているらしく、風が強い。
花粉は、かなり舞っているだろう。
今日は車だし薬はちゃんと飲んでるから、今朝ぐらいはマスクなしでがんばってみる。
ホノカを、班の集合場所まで少し早めに連れて行く。
内村君、ミユちゃんはもう家の前に出ていた。
内村君の家の玄関、内村君のママが心配そうな顔を覗かせていた。
内村君は、ちょっと緊張気味だ。
「ホノカ、今日はここで、いってらっしゃい!」
「イッテラッシャイ!」
「ホノカは、『いってらっしゃい』じゃなくて、『いってきます』って言うの!」
「イッテキマスッ!」
パパがここで家のほうに向かっても、ホノカは手を振っていた。
第一段階成功だ。
一旦、家に入る。
ママは、2階の窓から見ている。
「出発したわよぉ!」
「オッケー! じゃあ、小学校行ってくるね」
車で小学校に着くと、門の前にはすでに、酒井先生、『ふれあい学級』の澤田先生、介助員の楠田先生、校長先生もいた。
「ご苦労様です。ありがとうございます!」
違う丁目の子らが、登校し始めた。 そろそろだ、もうすぐやってくる。
来た・・・
ホノカの班が、来た。
人数が、多い?
あおいちゃんの班が、横に引っ付いているんだ。
内村班が、校門に辿り着いた。
澤田先生は、内村君を抱きしめそうな勢いで、
「班長!かっこいいー!お疲れ様!!」
内村君は、少し後ずさりしながら、照れて笑っている。
「ほのちゃんがね、カイジン、見つけたんやで!」
藤本君が、得意げに報告してきた。
カイジン? 何じゃそりゃ?・・・
その問いに、みんな口々に、一生懸命話し始めた。
ホノカの班が中央公園に差し掛かると、あおいちゃんの班が合流した。
あおいちゃんは、班長さんに、今日だけは内村班に並んで付いていってもらうよう、お願いしたらしい。
「だって、ほのちゃん、私の言うことなら聞いてくれるの!
どっかへ行きそうになったら、私が助けてあげるんやから・・・」
頼もしいね。
あおいちゃん、ありがとう。
藤本君によると、機嫌良く、
『♪ウーミーアーヒロイーナ、オオヒイナー』
と、歌いながら順調に進んでいたホノカだったらしい。
「学校山の中やし、こっち側から海なんて見えへんし。
なんで、そんな歌やねん・・・ 」
藤本君、ありがとう。
ホノカ、曲選びのセンス、無いからね。
中央公園の前を過ぎようとした時、公園の向こうの集会所の横を、胸の前で小さく指差して 『ヒアンセ』とつぶやいて、その方へ行こうとしたらしい。
藤本君も、あおいちゃんも
「『ヒアンセ』って言うとったよなぁ」
ヒアンセ? 何じゃそりゃ?・・・
みんながホノカの行こうとした方を見ると、集会所の建物の脇に潜んでいた、黒セーター、変なメガネでマスクをした怪人が、みんなの視線に驚いて、慌ててヘルメットをかぶって、 バイクに乗って逃げていったというのだ。
まだ、そっちの方へ行こうとするホノカを、みんなで止めて、みんなで囲んで、 ミユちゃんが手を引いて、ようやく学校まで辿り着いた・・・
ミユちゃん、いつもありがとう。
内村班や、あおいちゃんの班の子たちは、黒セーターの怪人が、大逆襲してくるかもしれへんと、周囲をピリピリと警戒しながら来たそうだ・・・
カイジンのダイギャクシュウ?
そりゃ恐ろしい・・・
みんな、ありがとう。
「さあ、みんな、一度校門前に整列!」
酒井先生の号令で、生徒達はそそくさと校門前に整列。
班ごとに校長先生の人数チェックを受けて、登校だ。
ホノカも、ミユちゃんに手を引かれて整列している。
「いってらっしゃい!」
ホノカは、内村班、楠田先生、澤田先生、酒井先生たちと一緒に校門を入っていった。
出島さんがやってきた。
今朝はホノカが保護者無しで登校すると聞いて、非番の防犯委員の方も、1丁目から4丁目の自治会長さん達まで、様子を見に出てくれていたらしい。
「当番じゃない人は、
『今日は特別、ほのかちゃん担当や!』
って、
『いつも、この辺で座り込んでるねんな!』
とか相談しもって、立っててくれてはりました。
4人の自治会長さん達は、
『ほのかちゃんは車を眺めてよく止まっとるし、万一飛び出したりしたら アカンから!』
と、車のよう通る外周道路沿いの歩道を固めてはりました・・・ 」
みんな、ホノカをよく見ていてくれてるんだ。
自治会長さん達は、生徒の登校が無事終わったのを確認してから、黒セーターの不審人物が まだその辺をウロウロしているかもしれない、手分けして『さくら坂』を見て回ってくれていた。
子供らに見つかって逃げていくんじゃ大した奴じゃないだろうけど『さくら坂』はちゃんと守られているというのを知らしめておく事も必要らしい。
「今日は特別、大人がいっぱいやったし、みんな無事登校できて、ホント良かったです!
ほのかちゃん良かったですね・・・ 」
出島さんは、上品な笑顔で、そう言ってくれた。
生徒は、みんな登校チェックを終えて校舎へ向かい、出島さん、校長先生とパパだけが残った。
「なんか、オオゴトになってしまいましたね・・・」
校長先生はうなずいて
「今回は、保護者ナシで行けるかの実験にはならなかったみたいですね」
「でも、たくさんの人がホノカのことを気にかけてくれていることが、改めてわかりました。嬉しかったです」
ありがとうございました・・・
みんなに、いっぱい『ありがとう』を言いたかった。
「それでは、失礼します」
と、校長先生は、小走りに学校に入っていった。
出島さんに、丁寧に頭を下げて、車に乗った。
ホノカ、けっこう人気者だな・・・
目がウルウルしてきた。
きっと、花粉のせいだ。
* *
家の前に車をつけると、原付が2台、止まっていた・・・ お客さん?
「あぁ、いらっしゃい! いつぞやはどうも」
ガイヘルのさっちゃんと、そのカレが来ていた。
タバタヒロシ君とは、去年、ママが大学病院で検査をした日の夕方、ジャスコへホノカを迎えに行った時、 会ったことがある。
やけに礼儀正しい青年だった。自己紹介が、衝撃的だったので記憶に新しい。
「はじめまして!
いつも、西村早智がお世話になっています。
早智のフィアンセです。 田端比呂志と申します!」
「あのー、フィアンセって、その、婚約者のこと?」
ヒロシ君はそのとき真っ赤な顔をしていて、
「はい、先ほど、ほのちゃんを立会いに、婚約いたしました!」
「ホノカが立会い?」
「はい!ありがとうございました!」
なんか話が、よく見えないんだけど・・・ とりあえず、良かった事みたいだね。
フィアンセ・・・
あぁーっ『ヒアンセ』だ!
黒いハイネックのセーターを着ている。
「怪人の正体はキミだったのか!」
何やら心当たりのありそうな、ヒロシ君の顔が真っ赤になった。
* *
「自治会長さんと小学校に、連絡しといたよ」
自治会長さんは、
【私らも、気になって出てたくらいですから、知り合いだったら余計に心配ですよね】
逆に、不審人物扱いしたのを詫びてくれていた。
校長先生は、
【ほのかちゃんは、ファンがいっぱいですね】
電話の向こうで、笑っていた。
先週の土曜に、さっちゃんがガイヘルで来た時、ホノカの保護者同伴無し登校の話を聞いて、それは、『愛のキューピット』の一大事と、2人揃って様子を見に来たのだった。
「どうも、申しわけございませんでした」
ヒロシ君は、平謝りだ。
ゴーグルのようなメガネを手にして、
「このメガネが、いけなかったかな?」
今は、普通のメガネに付け替えている。
「怪人の変装じゃなくて、花粉症用のメガネだったんだ。
そんな、昭和初期のパイロットみたいなやつ、売ってるんだね。
お互い、この季節は大変だよな・・・」
「怪しいメガネよね。
おまけにマスクまでしてたら、怪しすぎるわ。
『見つからないようにするから、大丈夫だよ』って、全然ダメやったやない!
見に行かすんやなかった!
ご迷惑をおかけしました・・・」
さっちゃんも申しわけなさそうにお辞儀をした。
「まあ、そんなに責めてあげなさんな。
ホノカのこと心配で、見に行ってくれたんだから・・・
・・・ ヒロシ君、ありがとう」
* *
「さっちゃん、4月からは『徳心園』だね!」
ママが、嬉しそうな顔をして聞いた。
「おめでとう!
夏祭りには遊びに行くからね!」
今日お邪魔したのはそれとは別に、ご報告することがありまして・・・
ヒロシ君が急に改まった顔に、なった。
「秋に入籍、結婚式を挙げることにしました。
2人で話して一番に報告するのは、ほのちゃんのとこじゃなきゃいけないと思いまして・・・」
それはおめでとう・・・
一番に報告してもらって光栄です。ハイ。
「式や披露宴の日どりが、ちゃんと決まったら招待状出します、ほのちゃんやママには、必ず来て欲しいんです」
パパは? いらない? か・・・
「もちろん、パパさんも、ミノリちゃんも、是非、いらして下さい!」
「住むとこは、もう決めてんの?」
ちょっと、恥ずかしそうにしていたさっちゃんに、ママが声をかけた。
「ヒロシの勤務地が、希望通り大阪に決まったんです」
続きを、ヒロシ君が引き継いだ。
「先日、先輩とのミーティングがあったんです」
『会社は今、経費節減に躍起になってるから、持ち家のある人間を動かすと、単身赴任させないといけないんで経費がかかる、結婚して大阪にいたいなら、大阪で家買ってしまった方がいいかもよ。
最近は住宅ローン組んでも、賃貸とあんまり変わらないし・・・』
と、そんなアドバイスを受けたらしい。
「だったら、『さくら坂』がいいって、さっちゃんが。
今日、これから牧場の上の新しく売り出してるところへ、家を見に行こうかと思ってます」
観光牧場が経営不振で、『さくら坂』住宅地に隣接する空き地を不動産会社に売ったらしく、その宅地造成が最近終わり、大々的に販売広告を打ち始めていた。
「ここ、大阪市内まで通うの、けっこう大変だよ」
「パパさんだって、通っておられるやないですか!」
それもそうだ。
「夏に、免許取ったんです。そのうち、会社の車で営業するようになると思うんです。
そうしたら、その車で通勤できるみたいなんです」
「『持家の方が、転勤がない』って言って家買って、単身赴任になった人、知ってるよ」
「パパ、そんな意地悪ばっかり言うたらアカンの!」
ママが釘をさす。
「もし、万一、ヒロシが単身赴任することになったとしても、大丈夫です。ココなら・・・」
さっちゃんが割って入った。
「ココなら、ほのちゃんや、ほのちゃんママがおるから寂しくないし。一人でだってやっていけると思うんです」
続きを、またヒロシ君が引き継いだ。
「だって、ほのちゃんは、僕らの『愛のキューピット』ですから・・・
これからも、僕達の間を、ずっと見守ってくれるはずです、絶対大丈夫です!」
ホノカに、そんな大役が出来るかな?
「さっちゃんが近くに住んでくれたら、ホノカ喜ぶと思うな。さっちゃんありがとう」
そうだ、嬉しいニュースに水を差すことはない・・・
ヒロシ君ごめん。おめでとう。
「さっちゃん、仕事の方は?」
ママが尋ねた。
「たとえ子供ができたとしても、仕事は続けたいんです。
だから、これからもよろしくお願いします」
・・・・・・安心したわ。
だって、さっちゃんを必要としている人は、世の中にいっぱいいるはずよ。
ホノカも、そのうちの1人だわ。
* *
「ねぇママ、ホノカ、2年生からは、登校、付いて行かなくても大丈夫かな?」
朝の通勤、楽になるかもしれん。
「まだ、そんなわけには、いかんでしょ。
今日は、みんな張り切って出てきてくれはったみたいやけど、毎日となったら負担大きいもん・・・
甘えるわけにはいかんわ。
幸い今日の怪人は、正体が分かったからええけど、何かあった時に大変やもん」
「そうか・・・ そうだな。
もう少し、時間が必要かな。ホノカ1人でも、学校まで行ける位にならないと無理だわな」
「怪人は、ないよなぁ」
ヒロシ君は、照れ臭そうにしている。
「ほのちゃんに見つかるんだもの、ドン臭いんだから!」
さっちゃんが突っ込む。
「ヒロシ君も、尻に引かれるね。
きっと」
「その『も』って何よ!」
ママが、口を尖らせる。
「そんなことよりパパ、仕事行かんでええの?」
時計の方を目線で促す。
あぁーっ! すっかり忘れてた! のんびりしてる場合じゃないや!
「お2人は、ごゆっくり・・・ いってきまぁーす!」
急いで玄関を出ると、車に飛び乗って『さくら坂』を下り、T駅へ急いだ。
しまった。マスク忘れた・・・
まあ、何とかなるだろう。 マスクぐらい、どこででも売っている。