雨の日に思い出したこと
その方と直接会ったのはあの1回きり。
彼女は「予約の取れないアストロロジャー」、つまり占いをなりわいとする方だった。彼女が定期的に発信して郵送されるレターを購入し、その購入から一定期間が経過すると直接会ってセッションを受ける権利が得られるという仕組みになっていた。
その時の私は、職場関係でとても行き詰った気持ちになっており、また小学生と中学生である子どもたちの将来についても漠然とした不安感を抱えていた。それでセッションを申込み、受付完了のご連絡をいただいて都内某所で彼女と会うことになった。
秋分の日の前後で、ちょっと蒸し暑いお天気だったように思う。その日私は機内販売で購入した紺色のレインコートを着ていたので、雨が割と降っていたのかもしれない。
直接会うのが初めて、なその方はレターから感じられる「偉い人感」が無くとても気さくで緊張感なく相談を進めることができた。愛煙家とお聞きしていて煙草の煙が苦手な私はどうしようと思っていたが、セッション中は私にに迷惑がかからないように通りに面して開け放たれた窓を全開にして煙草を吸っておられた。
私に割り当てられた時間は瞬く間に過ぎて、ひと通り質問にも答えていただいていたが、何かの拍子に私が謎の蕁麻疹に悩まされていて、時おり夜中にかゆくて目が覚めてしまう、というような話になった。すると彼女はとある民間療法を2つ紹介してくれた。
そのうちの1つは、品川駅の近くに施術院があって、ちょうど品川経由で羽田から九州に帰ろうとしていた私には都合が良かった。「そこ、行きます!」。そして、あれよあれよという間に電話して予約が成立し、私はセッションの後ですぐにそちらに伺うことになった。
その後も彼女は、品川駅から施術院までのルートを立ち上がって身振り手振りで教えてくれた。その姿は「予約の取れない」「知る人ぞ知る」大人気のアストロロジャーというよりは、ご近所のとても親切なお世話好きのおばさまそのもので、セッションの時間が終わってその場を離れてからも私はその彼女の動きを思い出して思わず笑ってしまうほどであった。
セッションの会場を立ち去る際、私のレインコートを見て彼女はこう言った。「それ、〇〇〇(航空会社)の機内販売で買ったでしょ? 私も持ってる!」。私はそのレインコートは買ったのはいいが思っていたよりも生地が薄くて、手放して代わりのものを買おうかと思っていた。だが、彼女のこの言葉にこれは彼女との「おそろい」のものだから、何か縁起の良い服にちがいないと思って嬉しくなったのであった。
あれからもう何年も時が経った。品川にあった施術院にはその後何回か通ったがコロナ禍を契機に行けなくなった。ところが、昨年、たまたまお茶の水を歩いている時、その施術院がその地に移転していることを知った。年に数回しか上京しない、九州に住んでいる私がその近くを通るというのはよほどご縁があるのだと思った(また行こうかな)。
私にいろいろとアドバイスをくださったそのアストロロジャーの方は、2年ほど前にこの世を離れられた。だが、今日のようにあのレインコートを着る度に私は、彼女のお茶目な言動とか、「(そのレインコート)私も持ってる!」と言った時の親しげな表情とかを思い出すのである。なので、そのレインコートは今もずっと手放すことができない。