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本の感想

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#ミステリ

『君の隣に』本多孝好(講談社文庫)

文庫版の裏表紙に書かれたあらすじには、孤独な少女・翼という名前があるが、物語にはなかなか登場しない。あらすじに名前のあるもう1人、風俗店を経営する大学生・早瀬が自分のスカウトした同じ大学の女性、加納アヤメの初めての出勤に立ち合う場面から始まる。話は加納の1人称で進み、早瀬はあくまでも加納がほのかに想いを寄せる、優秀な人物として出て来るのみ。
『君の隣に』という優しいタイトルとは裏腹に、やや陰りの見

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『七つの海を照らす星』七河迦南 創元推理文庫

 海が見える丘の上に建つ児童養護施設・七海学園。様々な事情を抱え、そこで暮らす子どもたちの保育士として働く北沢春菜は、子どもたちを悩ませる学園の七不思議を解明するため奔走する。いないはずの少女、あるはずのないもの、消えてしまった友人……6つの謎の真実が知らされたとき、7つめの不思議が姿を現す。

 日常の謎を解き明かしていく連作短編集。とはいえ、舞台が児童養護施設ということもあり、人は死なないまで

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『悪いものが、来ませんように』芦沢央 角川文庫

 不妊と夫の浮気に悩む紗英。彼女のよりどころは幼い頃から一番近くにいた奈津子だったが、彼女も自分の居場所を見つけられず、紗英を支えに生きていた。
 周囲にも理解を得られないほど密接な関係が、徐々に彼女たちを追い込んでいく。人が理解し合うことの困難さを突きつける心理サスペンス。

 なんというか、グロテスクな作品。後味や読み味を意図的に悪くするイヤミスと呼ばれるものとは違うと思うが、とにかく終始ザラ

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『木洩れ日に泳ぐ魚』恩田陸 文春文庫

 引越しの準備の終わったアパートの一室。別れを目前にした男女。夜が明けたら別々の道を進む2人が過ごす最後の夜。彼らはお互いに相手に対して確かめなければならないことがあった。朝の光と共にもたらされる真実い向け、相手の一挙手一投足、一言一言に神経を張り巡らす濃密な心理戦を繰り広げる。

 とてつもない緊迫感のある即興劇のようだった。
 冒頭、お互いが引き出そうとしているのが、ある人物についての死の真相

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『ずっとあなたが好きでした』歌野晶午 文春文庫

 オムニバス形式の恋愛短編集。アルバイト先の女子高生との淡い恋が語られたかと思えば、集団自殺を企てる初老の男の話になり、続いてはまた転校生に心をときめかす小学生の姿を描き出し……と、コンセプトも方向性も分からないままに次々と繰り出される恋愛模様は、最後にどんな姿を現すのか。

 この作品は歌野晶午という書き手について知っているか知らないかで薦め方が全く変わる。
 もし知っているなら、大丈夫、信じて

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『ペンギンは空を見上げる』八重野統摩(東京創元社)

これは、よかった。すごかった。
泣ける話がすなわちいい作品だとは思わないけど、いい作品はやっぱり泣ける。
こみ上げてこみ上げてあふれてあふれてとまらなくなった感情は、やっぱり涙になってこぼれてしまうものだから。

主人公、佐倉ハルは小学六年生。NASAのエンジニアを目指して勉強中。風船ロケットを飛ばしたり、英会話を勉強したりと、かなり目的意識が高い。
風船ロケットを飛ばすハルくんは、ガガーリンの名

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『今さら翼といわれても』米澤穂信(角川文庫)

デビュー作『氷菓』につらなる古典部シリーズの6作目となる短編集。
2年生になった古典部の面々の屈託が、さらに掘り起こされている。

米澤穂信といえば、押しも押されぬミステリ作家で、年末のランキングで2年連続の3冠を達成するほどの書き手だ。
でも僕の好きなところは、ミステリとしての完成度以上に、デビュー作『氷菓』からずっと生きることの苦さが描き続けられているところだ。
米澤ミステリの興味深さは日常系

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