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金剣ミクソロジー⑧北海紀行-④(完結)

割引あり

Fate/Zero二次創作です
注意点
※アルトリアとギルガメッシュが第二次聖杯戦争の後も現界してるif設定
※ギルガメッシュの求婚にアルトリアさんが応えて、二人が夫婦という金剣ドリームです
※FGO未プレイ勢です
※この話のギルガメッシュはキャスターですが、FGOに登場するキャスター・ギルとは別人です。あくまで『Fate/Zero』のギルガメッシュがキャスターだったら、という想定です
※ギルガメッシュはアラブの石油王、アルトリアさんはイギリス随一の実業家&馬主(not JRA)に成り上がっています
※このエピソードは2008年前後が舞台です
※アルトリアさんの結婚指輪はわけあって右手に嵌めています
※トップイラストは大清水さち https://x.com/sachishimizu さんに描いていただきました
↓直前の話


 
部屋に戻ると、買いこんだクラウドベリーとカードを部屋の冷蔵庫に突っこんだ。買ったものも荷物の中に片付けた。特に急がない品物に関しては、普通に海外便で日本に送ってもらうことにしている。魔術で家に送ることも可能だが、記録媒体の増えた現代、二人はなるべく辻褄合わせの必要がないようにしている。
 ホワイト・ナイトは午後7時からだったので、少し余裕があった。乗船前にホワイト・ナイトや各種パーティの案内はもらっていたので服も用意してある。
 アルトリアは懐かしい60年代風にウェストを絞ったプリンセスラインのドレスにレースのタイツ、首元と耳を飾るパリュールはプラチナに真珠を合わせたものだ。これは珍しく日本であつらえたもので、真珠の質は欧米で出回っているものなど足元にも及ばない。アルトリアの肌に合う冴えたブルーを含む白真珠のセットは、老舗宝飾店をして二度と作れないかもしれないと言わせたほどのものだった。リボンをモチーフにシンプルにまとめられたデザインは時代を問わず使えて重宝している。
 対してギルガメッシュは、白いサッカーのスーツにドビーストライプの綿シャツ、先日パスしたルビーレッドのヴェストをここで使った。白ずくめの参加者の中で、ヴェストだけとはいえ、鮮やかな赤をまとっていたら、さぞかし目立つことだろう。
「なあ、ギルガメッシュ」
「なんだ」
 アルトリアは背後のギルガメッシュに合わせて腕を緩める。彼は丁寧にアルトリアの胸に小さなレースのブラジャーをあてると、背中のホックを留めるところだった。
「そら、胸を張れ」
「ん」
 アルトリアが心持ち胸を反らすようにすると、彼がパチンとホックを留める。
「よいぞ。自分で調えよ」
「分かっている」
 眉をしかめてアルトリアはギルガメッシュから離れ、鏡の前に立つ。そうっとブラジャーの位置を調整しつつ、胸を寄せる。それからシルクのスリップをぽんとかぶった。
 ギルガメッシュは服を脱ぎ、シャツに袖を通したところだ。
「ギル、先だってサリー伯爵が言っていた件だが」
「EU離脱のことか」
 現在、イギリスことグレートブリテンはEUに所属している。しかし政権の上層部、もっと言えば元来の支配者たる富裕層の間では離脱の準備が始まっている。もともとアルトリアはEU参画に反対で、離脱することになったのは喜ばしいと思っていた。安定した価値を持つ二つの通貨──円とポンドがあってこそ、ドルとユーロのマネーゲームは成り立っていたのだ。アメリカ大統領選で使われる莫大な裏金、EUが国連総会でアフリカやヨーロッパ諸国にばらまく様々な名目の資金は、そうして産み出されてきたのだ。言ってみれば、ポンドがユーロと近づきすぎると、元来の経済力学が狂うことに先進諸国がやっと気づいたのであった。
 アルトリアたちは随分と前から離脱を主張し、実際にその動きが決定的になったことを知っている。
 ギルガメッシュにとっては、いい迷惑だったが、イスラーム原理主義を利用するテロ組織の暗躍は、その一面だ。
「ああ。あの青年。もしや、それが知りたいのではないか?」
 アルトリアがベッドに腰掛けてレースのタイツを履く。伝線させずに履けるようになったとき、ちょっと進歩した気がしたのを思い出す。
 ギルガメッシュが真珠のカフスを留めて、スラックスを履き、鏡を覗きこむ。
「その先であろうや。あれは、それに関しては知っているぞ」
「ロシアがブリテンの動きを阻もうというのだろうか」
 アルトリアがドレスを長持から出してギルガメッシュを待つ。こういったドレスはギルガメッシュに着付けてもらうのがアルトリアの習いであった。
 ギルガメッシュがシャツとスラックスだけの姿で、アルトリアからドレスを受け取り、すっとハンガーから外す。彼はドレスの背中のファスナーをしゃーっと開けて、アルトリアの足元にたわませた。アルトリアは無言でドレスの中にぽんと飛びこむ。すると、彼はドレスでアルトリアを包みこむようにして着せてくれる。
 アルトリアは鏡を見て、胸を張る。
「私の頭でもロシアが損をすることは何もないと分かっているぞ」
「そうだろうな。あれは、そなたをマークしていない。言いたいのは、そこではないだろう」
「では何だというのだ。離脱は決まっている。それを知っている。ならばもう、いいではないか」
 きゅっと背中のファスナーが締まると、アルトリアの美しいボディラインを見せつけるドレス姿が完成する。華奢な肩、なだらかな腕、ほっそりと引き締まった腰、すんなりと細いが、たるみのない足。その足をしゅるんと小さな風が巻き、いつものブーツが現れた。
 ギルガメッシュが瞬きする。
「それで行くのか」
「ああ」
 アルトリアはたんと足踏みしてブーツの調子を確かめる。
「なんぞあっては面倒だ。今更に時計塔の世話になりたくもないしな」
「そなたが暴れれば、自動的にそうなりかねぬわ」
 肩をすくめるギルガメッシュに、アルトリアが顔を曇らせた。
「ああ、いや。そういうつもりではないが。相手次第だ。あれは魔術師だと言ったのはギル、貴方だぞ」
「そう殺気立つな、我が妻よ」
 ギルガメッシュがこつんとアルトリアの額に自分の額をあてる。アルトリアは髪が目に入りそうになって目を瞑る。彼の唇がひやっと頬をかすめて、ぞっとした。
「こんなときに戯れ事か。貴方という男は」
オレが離脱を拒むと踏んでいるのだろうな。もしやすると」
「は!?」
 今度こそアルトリアは目を見開いてギルガメッシュを見上げる。彼はアルトリアにふっと流し目で微笑んだ。鏡の前に戻ってヴェストを手にとる。
「ロシアは恐れている。オレがイギリスのEU離脱を阻み、漁夫の利を得ることを」
「何故、そうなる。石油の積み出しルートが安定しなければ、貴方は損害を被るのに」
「欧州が湾岸ルート輸出の原油を買うのに、ブリテンのEU参加は利点がある。オレがそれを失うのを嫌い、下らぬ工作を行うのを恐れておるのであろう」
 ヴェストをぴしっと着けると、嫌が応にもギルガメッシュの美貌は輝いた。彼は瞳が赤いせいもあって赤がよく似合う。白いジャケットを羽織っても鮮やかな印象は消えない。
 ほんの少しアルトリアは見とれた。
 それから、丁寧に真珠のチョーカーをつける。美しい真珠が四連に連ねられ、首の真ん中にプラチナで作った細いリボンがちょんと下がる。その中心から、ひときわ照りの強い大粒の真珠が下がる。それらはうっすらと青く虹色に揺れる光をまとい、アルトリアの色の白さを引き立てる。
 耳元に下がるイヤリングも揃いのデザインで、色まで揃った見事なものだ。
 アルトリアは鏡に全身を映して、くるりと回り、それから首を傾げた。
「確かに貴方は今、原油の積み出しで儲かっている。しかし、それはブリテンが離脱しようが、しまいが変わらぬことだ。原油の小売価格が変動するものか? 欧州がユーロで払おうが、ポンドで払おうが、結局のところ変わらぬではないか」
「まあ、我にとってはそうだが、ブリテンは一時的に随分と安くこちらを買い叩けることになるだろう」
「何故」
 腰に手をあてて睨むようにするアルトリアに、ギルガメッシュは肩をすくめた。彼が手を閃かせると、そこには燦めく黄金のイヤリングが現れる。彼は一日に何回も飾りを変えるのを厭わなかった。
「ブリテンが離脱を発表すれば、一時的にユーロもポンドもガタ落ちする。奴らはユーロ払いを約束しておけばよい。オレの手元に入る金はほんの数日だが、だいぶん安くなるであろう。まあ、こちらもユーロとポンドを買えばいいことだが」
 大したことでもないようにギルガメッシュは平静だ。彼には少し後に訪れる経済的な混乱──完全に計算され、演出される混乱が見えている。来年のアメリカ大統領選に伴い、こういったマネーゲームが必須なのだ。
「ふむ。私も資金の移動準備をしておくか」
 アルトリアが面倒そうに肩をすくめた。
「問題はもともと不安定なルーブルと、ロシア経済ではあろうな」
「離脱の影響を恐れているのか」
「そもそも産油国にしてガス供給国に恐れるところはあるまいが、ユーロの巻き添えは食いたくないと思うであろうな。だがまあ、そのようなことでもあるまい。ロシアにとって最も大切なことは、ヨーロッパのエネルギー包囲網をイギリスとともに完成できるかどうか、だ」
 ブリテンがEUを離脱すると、ヨーロッパのエネルギー事情は非常に切迫したものになる可能性がある。ロシアからの石油・ガス供給に顔色を伺わねばならず、さらにペルシア湾岸ルートの要・スエズ運航に際して今度はイギリスの顔色を窺わねばならない。万万が一、イギリスとロシアが提携して欧州のエネルギー供給をコントロールすることになれば、EUは事実上、国際社会においての重要性を著しく落とすことになる。
 アルトリアは今までの世界大戦を見た経験から、それが身に染みて分かっていた。
「ブリテンは欧州を締め上げるために離脱するのではないぞ」
 エネルギーのキャッチボールで漁夫の利を得るのは、ギルガメッシュではない、アルトリアの祖国たるブリテンだ。ロシアの供給量や額に合わせて、原油価格やスエズ運河の通過費用、さらにはタンカー保険料をコントロールすればよい。
 アルトリアだって分かっている。だからこそ離脱支持派なのだ。
 ギルガメッシュが皮肉に口元を歪ませた。
「だが、いささかは責任逃れがあろうや。ISの後始末はするにせよ、そこに至るまでのゴタゴタにフランスが文句を言うのではないか」
「ふむ」
 厄介なのは、アルトリアにとって、フランスも祖国だということだ。
 だからイギリスとフランスの間で戦争になるのは避けたい。実際、百年以上に渡って現代に生き、そのようなことは見ずにすんだ。これから先も、両国が争うべきでない大国たる限り、それはないだろう。フランスがISの問題に絡まれているのは自業自得の側面もある。複雑怪奇にして手に負えないと分かっているシリアの派閥問題と手が切れないのは、あの国の悪いところだ。
「だが、それこそキャメロンが片付ける話だ」
「そなたが出て行くレベルではあるまい」
「そう願う。私は、ブリテンは、自由であってほしい。誰に気兼ねすることなく、自らの幸福を追求してよいのだ。互いに競いあうことは悪ではない」
 曇り顔のアルトリアにギルガメッシュが背中からするりと腕を絡ませる。アルトリアの肩に顔をうずめて彼はくすくす笑った。
「故にアルトリア、我が愛しき妻よダム・キ・アグオレはそなたの申す通り、ブリテンの離脱に賛成するぞ」
「当たり前だ」
 アルトリアが胸を張ると、すいと白いドレスの胸にギルガメッシュが手をあてる。アルトリアが身体を返して肘撃ちしようとすると、彼は軽やかに離れた。


 七時きっかりにパーティは始まった。レストランには三十人程度の白ずくめの人々が集い、さんざめく笑い声を立てていた。アルトリアがギルガメッシュに手をとられてホールに入ると、先日のアメリカの富豪、ゴールド夫妻が寄ってきた。
「こんばんは、ミスター・スミス、ミセス・スミス」
「こんばんは。ゴールドさん」
 ゾーイ夫人とアルトリアが挨拶をかわす。彼女は豊満な肉体を白いゆったりしたローブのようなドレスでつつんでいた。ふくよかな人でないと似合わないデザインだ。これは押しだしも利いて大正解と言えた。
「今日は船内でお見かけしませんでしたわ。どちらに行かれまして?」
「タリンの街をぐるりと。夫と二人で歩き回ってきました」
「私たちもユーゲントシュティールの建物は見てきましたわ。とっても面白かった」
「それはよかったですね」
 こういう時のアルトリアは実に女性らしく、とりとめのないお喋りに付き合うことができる。ギルガメッシュは給仕の青年からシャンパーニュのグラスを受け取り、ゴールド氏と目が合った。彼は女性同士の絶え間ないお喋りに疲れたような様子をしている。
「そうそう。さきほどサリー伯爵からびっくりするようなお話を聞きました」
 ゾーイ夫人が声をひそめたので、アルトリアはちらりとギルガメッシュを見上げる。ゴールド氏が小さく頷いて、耳打ちするように言った。
「イギリスがEUを離脱するかもしれないというのは御存知ですか」
「ええ」
 アルトリアが即座に小さく相槌を打つ。
 最先端の外交情報は、今も昔も上流階級の噂話として流布するものだ。アルトリアたちは噂にする前の段階で押さえている話も多々あるわけだが、その段階では決して口外しない。だが誰かから真偽を問われたときは否定しないことにしていた。むしろ、イギリスが現在のアルトリアとギルガメッシュに期待していることがあるとしたら、そういった形での正常な●●●情報統御に他ならなかったからである。
「やっぱり御存知でしたか。本当にそうなれば、大騒ぎでしょうね」
「混乱は最小限に抑えられるでしょう、おそらく」
 ギルガメッシュが肩を小さくすくめると、ゴールド氏がほっとしたような顔を見せた。
「考えたこともなかったものでね。うちはあまり外貨預金は持っていないのでいいのですが」
「投資の好きなお友だちは大変だと思うわ」
 ゴールド夫妻のようなアメリカの富裕層は、株式市場や為替相場の変動に影響されやすいので、彼らには大変な関心事のようだ。気づくとパーティはその話で持ちきりであり、つまるところ、サリー伯爵はさりげなく情報を流すためにクルーズに参加したと見てよさそうだった。
「スミスさんは大丈夫?」
「フランスとの行き来が面倒になるかもしれないですね。あちらにも少し土地がありますから」
「それはそうね。今はいいけれど、査証ビザがいるようになるのかしらね」
 かしましく話す二人の横で、ギルガメッシュとゴールド氏は少しばかり経済の話を続ける。
 そこへ、あろうことかジーマが現れた。
こんばんはドーブルイ・ヴェーチェル
 彼も白いダブルのスーツで現れた。セミピークド・ラペルのジャケットなど着ると、スラヴ系の顔立ちとあいまって攻撃的な印象だった。別人のような着こなしにギルガメッシュは眉をひそめる。
「こんばんは、ねえ、お聞きになりまして?」
 ゴールド夫人が直球勝負で言ったので、アルトリアとギルガメッシュはジーマの表情を注意深く観察した。彼は穏やかに頷いただけだった。
「はい。イギリスのお話ですね」
「ロシアの方にはあまり関係ないかもしれませんけど」
「いやいや。とても驚いていますよ。我々だって無関心でいられる話ではありません」
 ジーマはそれと注意しなければ、本当におっとりとした好青年にしか見えなかった。ゴールド夫妻が全く疑っていないのは幸いだった。彼らは、そうと思わずジーマを質問攻めにしてくれたからだ。
「ルーブルも影響されるかしらねえ」
「もしかしたら。本当にそうなれば、ユーロやポンドに大変動が起きるでしょうから、全く無関係ではないですよ。今はロシアだって世界と経済で繋がっていますから」
「貴方はどちらがいいと思う? イギリスは残留すべきかしら。それとも離脱するべきなのかしらね」
「ぼくは離脱したら面白いって思ってしまいます。若いもので。きっと一晩中テレビが特別番組になってすごいだろうなって」
 彼は無邪気な若者のように頭の後ろに手をあてて笑う。
 だが、ギルガメッシュはふと気づいた。彼は見た目通りの年齢ではない。魔術で若い外見を作っているのだ。そもそも歳をとらないギルガメッシュやアルトリアとは違う。体内の代謝や真皮層を解析すると、彼の実年齢は五十代程度だと思われた。目はアルトリアの方がいいのだが、彼女は気づいているだろうか。
「それはそうだろうね!」
 ゴールド氏がげらげら笑った。
 給仕が大きな銀盆を持って人々の間を回り、客たちは気まぐれにフィンガーフードをとる。アルトリアが一番お腹を減らすパーティの形式だ。お洒落に小さなサンドイッチだの、クープだのをとったところで、彼女の腹が満ちるはずがない。それでもアルトリアがしっかりとサーモンのオープンサンドをとるのを見て、ギルガメッシュは微笑んだ。
 ジーマが一緒に卵のミニ・ピロシキをとるついでのように、ギルガメッシュに笑いかけた。
「貴方は離脱派ですか。それとも残留派?」
 アルトリアは心の中で緊張する。やはり彼はロシア上層部からギルガメッシュの顔色伺いに出された特殊な人物だ。間違いない。それになんだか、気配と見た目がぶれているような……こういうのは前にも見たことがあるぞ。何であったか……アルトリアは思い出せない。
 ギルガメッシュは事もなげにグラスを揺らした。
「離脱派だな。そういう言い方をするならば」
「なるほど」
 ジーマがにっこり笑う。
「貴方はパイプラインよりペルシア湾をとるわけですね」
「どちらも同じことだ。どちらでもいい」
 ギルガメッシュは押し問答に終止符を打つべく、ぐいとグラスを干して言った。
「だが妻の国の不利になることはしないと決めている」
「その愛情はどれほどのものなのでしょう」
 突然、ジーマがアルトリアの手をダンスに誘うようにとった。アルトリアは顔色ひとつ変えずにジーマを見上げる。むしろギルガメッシュの方が嫌な予感に苛まれた。
 心底からの愚か者め。
 貴様が掴んだのは騎士王──中世の習いを身につけ、無礼者を斬りつけることなぞ、躊躇もなくやってのける女──の手だ。
 取るに足らぬ一般人の生命で贖いきれる手ではない。
「奥様と貴方は、いったいぜんたい、どういう訳で御結婚なさったのですか。名だたるダグラス・カーとアラブの血統が結びつく理由が分からないのです」
 ああ、彼はパーティ会場全体に魔術をかけていた。誰もジーマとアルトリア、ギルガメッシュを認識できない。彼らはそれぞれに喋り、歩き、さんざめく。だが三人はそこに存在しなくなっていた。
「そもそも貴方はどこの誰なんです? 高名なるダグラス・カーに取り入って何をしようというのです!?」
「貴様は思い違いをしている」
 ギルガメッシュは凄まじい勢いで寄っていくアルトリアの眉から目が離せない。自分はいい。どうとでもなる。だが彼女がもし、あれを持ち出しでもしたら、この船ぐらいは吹っ飛んでしまう。それをどう隠蔽するか、考えるのはギルガメッシュしかいないのだ。
「いいから、妻の手を離せ」
 淡々と、しかし言ってしまったのは間違いだった。
「ギル、心配は無用だ」
 すばやく顔を庇って伏せられたのは、ギルガメッシュがそもそも優れた戦士であったからだ。凄まじい旋風がジーマの顔を打つ。
「貴様は誰の手と思い、とったのだ! 王の手をとるなぞ千年早いわ!」
 切り裂く旋風を押さえる力がジーマにはない。そもそもジーマは人々の意識から三人を締め出しただけだ。アルトリアの風王結界インビンシブル・エアを結界内に抑えこむ。同時に船の設備に損傷が出ないよう、別途、結界でコーティング。さらに全ての乗組員並びに乗客の記憶を操作、くわえて観測機器の記録を差し替え。一瞬でやってのけたのはギルガメッシュが魔力はほぼ無尽蔵という神の身体を持てばこそ。そして普段から船の中を歩くたびに結界の起点を仕掛けているからだ。
「貴方は! ダグラス・カーの遠縁と……魔力はないと記載されていたのにッ」
 アルトリアが長く現代社会で生きるために、被った仮面はもう一つある。ケルトの最後の血統を引くダグラス・カー一族の娘。血統の末端に位置し、貧弱な魔術回路しか持たないため、名も知れぬアラブの魔術師ギル・スミスに嫁いだと魔術協会には届け出てある。
 だがダグラス・カー本家の人間は知っている。
 彼女こそ奇跡の『全て遠き理想郷アヴァロン』を内蔵し、千五百年の時を経て蘇った伝説の王だと。その王のためならば、一族の名を貸すことは、むしろ名誉であり、彼らは進んで工作に手を貸してくれた。
 ジーマの顔が年老いていく。彼はアルトリアの起こす風から身を守るために魔力を集中、若い姿を保てなくなったのだ。
 アルトリアがひゅっと手の中に妙な風を起こしたので、ギルガメッシュは顔色を変えた。
「アルトリア! ここは任せろ」
「いや。こいつの気配がマーリンの奴に似ているのに気づいた。貴様は気に食わん」
「は? マーリン!? 何を言っている」

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