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金剣ミクソロジー④ギルガメッシュ、厨房に入る-④

Fate/Zero二次創作です
注意点
※アルトリアとギルガメッシュが第二次聖杯戦争の後も現界してるif設定
※ギルガメッシュの求婚にアルトリアさんが応えて、二人が夫婦という金剣ドリームです
※ギルガメッシュはアラブの石油王、アルトリアさんはイギリス随一の実業家&馬主(not JRA)に成り上がっています


 翌朝、アルトリアが目を覚ますとトラックの荷台の上だった。アルトリアは綿入外套カフタンにくるまれたまま、ギルガメッシュに抱かれていた。
「……」
 薄く目を開けて見回すと周囲が冬枯れの田園風景に変わっていたので、アルトリアは驚いた。もがくように身体を起こすと、長服サウブ一枚のギルガメッシュが優しく覗きこんだ。
「目が覚めたか」
「……どうして、いつのまに」
「少し早く街に戻ろうと思うてな。そなたはまだ休んでおったゆえ、オレが運んでしまったのだ。気に病むでない」
 茫然とするアルトリアの背中をギルガメッシュが優しく撫でる。彼の長服サウブが冷たい朝の風にはためいている。アルトリアは慌てて綿入外套カフタンを返そうとした。するとギルガメッシュが穏やかにアルトリアの手を止めて首を振った。
「よい。今朝はこれで心地よい」
「だが貴方は私より寒さに弱い」
「娘の身で身体を冷やすのもよくなかろう。そのままでおれ」
 淡く微笑むギルガメッシュは明るく、楽しそうに見えた。アルトリアはなんとはなしにほっとした。そして知らないうちに運ばれてしまったことに、ときめいた。敵の気配なら近づいただけで飛び起きる自分が、このように無防備に扱われたことが信じられない。しかし、それは厭な気持ちではなく、むしろ、自分がどれほど彼を愛しているか、実感させた。
 火照る頬を見られたくなくて、アルトリアはきつく綿入外套カフタンに顔をうずめてギルガメッシュに寄り添った。彼の腕がゆったりと抱き寄せてくれる。それにまたドキドキする自分にアルトリアはぎゅっと目を閉じた。


 ディーワニーヤの街に着くと朝方だった。早い時間だが、ホテルの部屋を借りっぱなしにしていたので、すぐに部屋に入ることができた。ギルガメッシュは流石に寒かったのだろう、暖房の利いた部屋で小一時間ほど茶を嗜んだ。アルトリアは汚れたチャドルとワンピースを洗いに出して、新しい服に着替えた。
 彼が温かいカフタンを着こみ、アルトリアも眠気が覚めると、二人は改めて食堂に下り、遅い朝食をとった。
 ホテルの朝食は意外と豪華だった。
 西洋風の朝食が用意されていて、アラブ特有の平パンと温かい珈琲か紅茶、林檎やオレンジなどの果物、目玉焼きなどの卵料理が食べられた。
 これはかえってギルガメッシュを喜ばせた。
亜米利加アメリカでは飽きあきするが、こうして意外なところで出会うと興がれるものよな」
「貴方がそう言うのならよかった」
 アルトリアは平パンにたっぷりとバターを塗る。新鮮なオレンジの酸味に目が覚める気がした。あのような体験をした後だと、普段の何気ないものも貴重で素晴らしいと感じられた。本来、バターも果物も、焼きたてのパンでさえ、贅沢なものなのだ。アルトリアの生きた時代、王城でもパンを焼くのは週に一度だった。
「んー、美味い」
 パンを頬張るアルトリアにギルガメッシュが微笑んだ。
「全くだ」
「この後はどうする。すぐに帰るのか」
 アルトリアはどちらでもよいと思っていた。すぐに家に帰りたいような気もしたが、このホテルでのんびりしたい気持ちもある。どちらかといえば、アルトリアにとって、自分たちで生活するウルクの家は野営地のようで、ホテルの方が日常に近い感覚さえした。
 ギルガメッシュは穏やかに目を伏せてオムレツにナイフを入れる。日本のような半熟のオムレツは望むべくもないが、ギルガメッシュにはしっかり火の入った卵焼きの方が自然ではあった。
「いや、もう一度、市を見よう。欲しいものがある」
「分かった。付き合おう」
「第一、そなたの服がまだ乾いていなかろう」
「あっ」
 アルトリアは林檎をかじって瞬きした。ギルガメッシュが含み笑いして林檎を刺した。
「急ぐ旅ではないのだから、よくよく道のりを愉しめばよい」
 彼は穏やかに微笑みかける。彼は友を亡くした後、とても長い旅をしたと言っていた。それとは違うということなのかもしれない。アルトリアは神妙な顔で頷いた。
 そのときはまだ、彼に起こった変化に全く気づいていなかった。
 この後、ギルガメッシュはアルトリアが思いもしない方向に疾走する。
 いつにあろうと、どこにあろうと、英雄王は人の度肝を抜かずにはいないのだった。


 初春の市場は賑やかだった。行きかう人の口数が増えるし、徴兵に迫られて結婚式も増えた。金細工店で首飾りを見繕う母と娘。割礼式のための服を仕立てに来た少年と母親。鵞鳥を追いたてる人もあれば、大きな板に平パンをきれいに並べて配達する青年などは見物みものだ。
 アルトリアはチャドルの下から様々なものに目を移す。どこに行っても中東の地は異国情緒に満ちていて、アルトリアには珍しくて堪らない。
「お、きれいだ」
 トルコから入ってきた色とりどりのスカーフにアルトリアは目を留める。店の庇に吊られたロープに、洗濯ばさみで無造作に吊されたスカーフが万国旗のように連なっている。アルトリアが手を伸ばして触れてみると、スカーフの周囲は美しい刺繍細工オヤで飾られており、素晴らしく繊細なものだった。
「ほう、気に入ったか」
 ギルガメッシュも足を止める。アルトリアは彼を見上げて頷いた。
「美しいな。スカーフはいろいろあると夏に便利なのだ」
「では好きなものをとるがよい。賜わそうぞ」
 ギルガメッシュが愉しそうにアルトリアのスカーフを見立ててくれる。よく、男性は買いものに付き合わないとアルトリアは聞いていた。奥方の口さがない噂に必ず出てくる話だ。しかしギルガメッシュにはあてはまらない。彼はそもそも様々な文物に興味があって、アルトリアの買いものにも愛想を尽かしたことがない。
「そなたには薔薇が似合うと思うぞ」
「この鳥の柄もよいな。周りの刺繍が可愛いではないか」
「ならばとれ。そうだな、これも持て。日よけになろうから」
 ギルガメッシュがアルトリアに渡したのは、黒地に白と淡いピンクで蔦小花をあしらったスカーフだった。周囲を赤い薔薇と緑の葉の刺繍飾りが縁取っている。
「ふむ。そうしよう」
 アルトリアはギルガメッシュが勧めた黒地と薔薇柄の二枚と自分で選んだ鳥の柄、大きな木が縫いとられた黄緑のスカーフに決めた。
「はい。四枚で5ディナールね」
 主人が当たり前のようにギルガメッシュに会計を求める。中東では財布を握るのは妻ではなく、夫だからだ。アルトリアはアルトリアで財布を持たずに生活していた身の上。何も不思議に思わない。
 ギルガメッシュも当然のように支払いをする。釣りを受け取ってギルガメッシュが微笑んだ。
「主人、この市の中で信頼できる金物屋はあるか」
「金物って鍋とかで宜しいんで?」
「左様。銅と鉄がよい」
「それでしたらね」
 主人が二人の先に立って、通りに出る。店の庇とフードで出来たアーケードの奥を主人は指差した。
「ここから二本目の角を左に曲がると金物職人のいる通りです。そこにムハマド・アリの工房があるから、訪ねるといいですよ。腕のいい鍋職人で修理も受けてくれますから」
「相分かった。これで茶でもとるといい」
 ギルガメッシュはちゃりんと小銭を主人の手の中に落とす。アルトリアが感心するギルガメッシュの世渡り術だ。彼は金の使いどころを心得ているのだろう。アルトリアはチップを渡すのも忘れがちだが、彼は心付けの渡し方もスマートで決まっている。
「行くぞ、アルトリア」
「ああ。ありがとう、主人」
「ありがとうございました」
 賑わう通りの中、ギルガメッシュがアルトリアに手を伸ばす。アルトリアはぱっと彼の手をつかんだ。目が合うと笑う。いつからか、それが街歩きの約束になった。
 午前中の気忙しい通りを、人をかき分けるようにして進む。
 二人は言われた場所で曲がり、さらに市場の奥に入った。そこはもう屋根がなく、広々とした空が見えていた。埃っぽい空気に微かな風が舞う。
 少し行くと騒々しい音が響いてきた。金属を打つ音だ。周囲の壁には鍋やお玉や鍋敷きなどが所狭しと掛けられて、中には大きな窓枠を立てかけてある工房もある。道端で小さな金具を磨く職人にギルガメッシュが声をかける。
「ムハマド・アリの工房はいずれか」
「アリの店はそこだよ。御主人サイーディー、鍋を買うのかい」
「そのつもりだ」
「じゃあアリがいい。鍋はあいつが一等巧い」
 中東の市場では職人同士がお互いの技倆を把握していて、こういったことを包み隠さず教えてくれたりする。
「ありがとう」
 アルトリアがチャドルの下から目礼すると、中年の職人はにこっと笑った。ギルガメッシュはすたすたとサンダルを鳴らして、アリの工房に一直線だ。
 そこは鍋の祭典とでもいうべき品揃えだった。少しずつ大きさの違う様々な鍋が壁を埋めつくし、ぴかぴかと光っていた。同じように少しずつ大きさや長さを変えたお玉とか、金属の盆などが鏡の間のように店を光らせる。
「……」
 ペかっと光る銅の盆に映る自分に気づいてアルトリアは覗きこむ。
 ギルガメッシュがゆったりと店内に踏みこんだ。
「ここがムハマド・アリの店か」
「左様です。いらっしゃいませ」
 店番をしているのは若い職人で、一生懸命に銅の鍋を麻布で磨いていた。
「鍋を見たい。手にとって構わぬか」
「はい。どうぞ」
 ギルガメッシュの態度は堂々として、一目でただ者ではないと分かる雰囲気だ。気圧された様子の少年に構わず、ギルガメッシュは熱心に鍋を検分した。アルトリアは大して興味もなかったが、作りがよいのは見て分かった。細部まで丁寧に仕上げられており、鍋の銅も鉄も厚さが均一で整っている。
「ふむ」
 なるほど。よい鍋だ。
 そう思った。
 ギルガメッシュは様々な鍋を取っかえ引っかえ持って試したすえ、銅の深鍋をいくつかと平鍋スキレット、鉄のフライパンを購入した。
「ここに逗留している。届けてほしい」
「かしこまりました。夕方になりますが宜しいですか」
「構わぬ」
 ギルガメッシュが突然に、たくさんの鍋を買ってくれたので少年は驚いている。彼はしっかりと金を確認して、配達を請け負った。
 アルトリアは、彼が鍋を買っても、特に何も思わなかった。
 彼女はどこまでもいっても王である。自分が使うものでなくとも、家すなわち城にはひと通り物が揃っているのが当たり前だった。台所に薬罐程度の食器しかないのは気になっていた。だから鍋を買うのも当然のことだと感じた。
 店を出て、二人は騒がしい通りに戻った。昼時になると、たくさんの出店が現れ、ますます市場は賑やかになる。辻々に複数の屋台が立ち、周囲に人だかりができている。
「ギル、あれが美味そうではないか」
 アルトリアが指したのは、平パンにヒヨコ豆のコロッケとたっぷりの香草を挟んだサンドイッチだ。屋台で手際よく揚げられるコロッケは、初春の涼しい空気にしゅわしゅわと湯気を上げ、人目を惹く。
 ギルガメッシュも薄く笑って頷いた。
「よいが、飲みものはどうする」

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