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金剣ミクソロジー⑧北海紀行-③

割引あり

Fate/Zero二次創作です
注意点
※アルトリアとギルガメッシュが第二次聖杯戦争の後も現界してるif設定
※ギルガメッシュの求婚にアルトリアさんが応えて、二人が夫婦という金剣ドリームです
※FGO未プレイ勢です
※この話のギルガメッシュはキャスターですが、FGOに登場するキャスター・ギルとは別人です。あくまで『Fate/Zero』のギルガメッシュがキャスターだったら、という想定です
※ギルガメッシュはアラブの石油王、アルトリアさんはイギリス随一の実業家&馬主(not JRA)に成り上がっています
※このエピソードは2008年前後が舞台です
※アルトリアさんの結婚指輪はわけあって右手に嵌めています
※トップイラストは大清水さち https://x.com/sachishimizu さんに描いていただきました
↓直前の話


 ラトビアのリガはバルト三国最大の都市だが、コンパクトで徒歩で回れるため、非常に人気のある観光地だ。しかも見所が多い。埠頭から二人の目的地である旧市街までは歩いて十五分ほどだが、ツアー会社がバスを仕立ててくれたので、二人は旧市街の手前までバスを利用した。
 車内では白い背高のっぽのヒヨコのようなギルガメッシュが目立った。彼はまたアルトリアの厳命で首にくるくると赤いカシミアのマフラーを巻き、座っていてもアルトリアとぎゅっと手を繋いでいた。
 ラトビアの夏は東京の4月程度の気温で、普通ならばコートは必要ないだろう。ギルガメッシュもコートの下は汗ばんでも不思議はないくらいのはずだ。しかし彼は熱帯育ちで30℃程度までは汗もかかない。そして彼は汗をかくほどの暑さを体験して、初めて夏を越したと感じる。汗もかかずに夏が終わると体調が芳しくない。アルトリアは長年の経験でそう気づいていた。
 問題はギルガメッシュ本人は自身の体質に頓着せず、アルトリアに張りあうように薄着をしたり、寒いところに行きたがったりすることだ。
 だから私が見張らねば。
 アルトリアはギルガメッシュを世話する責任感に満ちあふれていた。
 周囲にも、その必死さは伝わっていたらしい。バスでアルトリアは隣り合った夫人に声をかけられた。
「どちらへ行かれますの」
「旧市街を見学しようと思っています。以前にも来たのですが、見られなかった場所もありますので」
「まあ。私たち、ユーゲントシュティールの建物が見たくてね。ね、貴方」
 通路を挟んで反対側の夫妻はずっとアルトリアとギルガメッシュのことを気に懸けていたという。
「貴方が大変だと思ってね。お兄様の御面倒を看ていてえらいと思うのだけど、一人でご不便はございませんの?」
 この瞬間のアルトリアを何と言えばよかったのか。
 彼女はジーマと話しているときも見せなかった、鳩が豆鉄砲を食らったようにあぜんとした顔になった。
「そうではなくて。この人は、私の夫! 夫です」
「まあ、それじゃあもっと大変だわ。旦那さまがそのお歳から介護が必要だなんて。差し支えなければお手伝いもできましてよ。船のスタッフにはちゃんと言ってあるのだと思うけど」
「違います。介護なんてしていません」
 驚くアルトリアの隣で、ギルガメッシュは苦笑を噛み殺すのに苦労していた。サングラスをしているから、目元が笑いで歪んでいることなぞ見えないと分かっているが、おかしくて堪らないので気を遣う。
 一方のアルトリアは、気位の高いギルガメッシュが切れるのではないかと、ひやひや顔色を窺っている。
「この人は寒さに弱いだけなんです。南方の育ちで涼しい夏に身体が慣れないだけなんです」
「あら。そうなの? ダウンコートなんて大仰じゃなくて? ねえ、旦那さま、汗をかきませんこと?」
 その瞬間の、この世の終わりのようなアルトリアの顔は、政治的なやりとりの中では決して見ることができないだろう。彼女を唖然茫然とさせるのは、いつも悪気のない御婦人の喋りであり、それはギルガメッシュを苦笑させるものでしかないのだった。
「いいえ。妻の気遣いの御蔭で快適に過ごしていますよ」
 ギルガメッシュがちらりとサングラスを上げてみせると、御婦人はまじまじと目を見開いた。そして、急に落ち着いた顔に変わって、すとんと自分の椅子に戻った。
「それなら、よかったこと」
「お気遣いありがとうございます」
 にっこり笑うギルガメッシュを横目で見上げて、アルトリアは気がついた。
 ギルガメッシュは、あの御婦人にちょっとした術をかけたに違いない。きっと彼女はギルガメッシュが恐ろしく整った顔立ちだったことは覚えていない。ただ、ひどく寒がりの青年だという無害な記憶しかないはずだ。
 アルトリアはぎゅっと力を入れてギルガメッシュの手をひねるようにした。
 ギルガメッシュはもとの白いヒヨコのまま、ハリウッド映画のゴーストのように窓にどかんと反ってみせた。
 アルトリアが諦めたように首を振る。
 車内に到着を告げる短いアナウンスが流れた。
 バスが止まると、人々は三々五々別れていく。帰りは自由だが、出航は午後6時だ。
 リーガ旧市街はかつて城壁都市として煉瓦造りの城壁に囲まれていたが、今はあまり残っていない。しかし、当時から変わらぬ堀──運河に見えるのだが、これは街を守るために人工的に切られた堀である──に囲まれていて、アルトリアは橋を渡るとき感慨深そうに覗きこんだ。
「よい街だ。守るに安く、しかし交易にもよい。そう思わぬか」
 愉しげなアルトリアに見上げられると、ギルガメッシュは少しマフラーを緩めて笑った。
「そなたの街は先のタリンとリガ、どちらが似ておるのだ」
「難しい問題だ。今日、私が案内あないする場所を見てもらうと判ると思うが、リガの方が街も建物も新しく、私の街から風情は遠い。しかし城壁があまりないことと、この堀があるところはキャメロットによく似ている」
 アルトリアは街に向かって腕を大きく回した。
「街の周囲はリガで、中はタリンと思ってもらえばよい。リガは厳密に言うと違う国だと思う」
 ギルガメッシュは小さな通りに並ぶカラフルな建物を見上げた。木の枠や柱が表に出る造り、淡い色合いの漆喰で塗り潰した壁、石畳。それらはドイツ的な街並みだった。多くの建物の壁にメルヘンチックな絵が描かれている。この街が交易で栄えていた時代の面影である。
 見回すギルガメッシュのコートの後ろをアルトリアがぐいと引っ張る。
「それより、ギル。大丈夫なのか」
「何が」
「船の中に魔術師がおるというに、あの夫人に術をかけただろう。私の目は誤魔化せんぞ」
「気づいたか。流石は我が妻よ」
 ぎゅうとギルガメッシュがアルトリアを抱きしめる。まるでのっぽのホワイト・モンスターに少女が巻き込まれたようだ。アルトリアはぐいとギルガメッシュを振りはらうと、城壁の奥を指した。高い教会の尖塔が見える。
「まずはあそこからだ」
 アルトリアに連れられてギルガメッシュは中世ドイツの街並みを縦横無尽に散策した。教会の展望台の上から、あらかじめ街全体を眺めておいたので迷うこともない。いくつかの古い教会や聖堂も立派だったが、ともかく街並みそのものが美しかった。
 その狭間にある様々な店は気の利いた雑貨やニットがあふれ、二人はふらふらと買いものも楽しんだ。アルトリアの大好きなリネン製品、それから特産の蜂蜜を使った石鹸。どれも消耗品で、日本では高品質のものが手に入りにくい。アルトリアは邪魔にならない程度に、しかし楽しそうに買い求めた。
「なあ、夏の枕カバーは麻がよいと思わぬか」
 アルトリアがこの地方独特の刺繍を施した枕カバーと布団のカバーを選ぶ。赤や青、黒などの糸で花や鳥をかたどった古風な刺繍だ。その素朴さはハンガリーなどに通ずるものがある。
「よいな。気に入るものを求めよ」
「そうする」
 石鹸を売る店では、アルトリアが珍しいヒースの蜂蜜で作ったバスソープを買った。
「この香りは懐かしい」
「そなたの国の花であったな」
「ああ。とても寒いところにしか咲かないが、荒野ムーアで見ると、それは美しい花なのだ」
 彼女にとってヒースは、ハイランドより、ウェールズの北部に広がる丘陵地帯を思わせる花だった。
 さらにアルトリアはブラックヘッドの館というギルドハウスを見学した。彼女はタリンでもギルドの建物を丁寧に見学していた。というより、現代の人間がよく知らない建物の読み方を彼女はよく知っていた。建物の外観を見ただけで、彼女はひどく感心した。
「美しいな。素晴らしい」
「確かに。なんでも独身者が集まる場所だったらしいな」
「だろうな。船が描かれている。交易の船乗りは多くが独身なものだ。家族がいたら乗りたがらない」
「それは道理だ」
 何気ない壁のイラストが、アルトリアにとってはインターネットのサイトのような情報源として機能しているのだ。
 彼女と中に入って、ギルガメッシュはなるほどと感心した。ヨーロッパの中央部が栄える二、三百年前からバルト海には、それ以上の富が集まっていたことが建物から分かる。隙間なく彫刻を施した壁や柱、漆喰やフレスコ画で飾られた壁と天上、床の木材でさえ木目を互い違いに配したり、一筋縄ではいかない。明るい色調と金彩は絶対王政期の薫りが漂い、アルトリアの言う通り、彼女の感覚では『新しい』建物なのだと分かる。
「天井画も飽きないな」
「住む場所ではないのだろう」
「ああ。こういったホールは会合や会見に使う」
 アルトリアは歴史の知識があるわけではなかったが、言ってみれば生きた中世であり、彼女にとってこういった史跡は考えなくとも分かるものだった。
 こうしてアルトリアに連れられて歩くのが、ギルガメッシュにとっては幸せそのものだった。彼女の声を聞き、ただ彼女の手を握り、彼女の眼差し、指差すものを見る。彼女の笑顔、ため息。それらは宝石のように燦めいて見え、どれほど美しい建物にも負けることはなかった。
 バスの中の夫人の物言いは普段であれば、許せぬ類のものだったはずだ。
 しかしアルトリアが自分を庇っていると思うと、あるいは彼女が必死に自分を気にしているのだと思うと、歪んだ喜びが胸を満たして笑うことしかできなかったのだ。
 そして今、二人きりでいるとき、彼女は自分だけを見ている。
 これほどの幸福がどこにあるというのか。
 この幸せに優るものがどこにあるというのか。
 だからギルガメッシュはアルトリアの手をきゅっと握る。すると彼女が微笑んだ。
「外に出よう。結構歩いたから、咽喉が渇いた」
「そうだな。館の前に屋台が来ておったが」
「お、それはいい」
 ブラックヘッドの館の前に、大きなタンクを繋いだワゴンが止まっていた。大きな紙コップに何か注ぐと人々が次々と群がっていく。
「クワース、クワース、夏の健康はクワースで! 混じりけなしのライ麦100%! ラトビアのクワース」
 歌うように呼びこむのに気づいて、アルトリアが目を輝かせた。
「ギル、クワース売りだ」
「よし、行こう」
 二人は明るい笑顔になって、どちらからともなく引っ張り合うように駆け寄った。ギルガメッシュがマフラーをすいとずらしてサングラスを上げる。
「二杯くれ」
「はいよ」
 白い紙コップになみなみと注がれた茶色い液体は、日本の麦茶によく似ていた。しかし、それは麦茶ではなく、ライ麦パンで麦汁を発酵させたスラヴの飲みもの、クワースだ。さっぱりとして栄養価は豊富、微かな酸味でアルコール分は低く、爽やかにごくごく飲める。
 これが二人は好きだった。
 懐かしい大麦のエール、子供も飲める軽いエールに似ているのだ。
 大きなコップを持つと二人は自然に乾杯した。
「此度の旅の幸いに!」
「北国の夏に!」
 そして、ごくごく一気飲み。爽やかな、ごく微かに含まれた炭酸や麦の味が涼やかだ。
「……っ、はあ!」
 アルトリアが空のコップをからんとゴミ入れに放る。大した距離ではなかったが、それは見事にゴミ箱に収まった。負けじと、ギルガメッシュも空のコップをくるんと投げる。コップは一回転してから、すとんとゴミ箱に収まった。
「どうだ?」
「大したものだ。まあ、昼は私が奢るとしよう」
「ふふん。では奢られてやるとしよう。どこなのだ、その店は」
 あちこち行ったり来たりしながら街中をふらついたので、昼時になっていた。アルトリアがまたギルガメッシュの手を握る。
「こちらだ。行こう」
「ああ」
 ギルガメッシュはアルトリアの手を握り返す。それだけで胸がいっぱいになり、とても満たされた気分だった。

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