ウェイバー・ベルベット──生命の礼装②黄金都市の迷子
※『Fate/Zero』二次創作です
※『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』『ロード・エルメロイⅡ世の冒険』ともに未読です
※『FGO』は未プレイです
※ライネスは男の子で、名前は同じだけど別人です
※登場するメインキャラクターはウェイバーとイスカンダルです
※時計塔の描写は『Fate/Zero』の説明から逆算できるものにしています
※トップ絵は大清水さちさん https://twitter.com/sachishimizu に依頼しました
前作↓
生命の礼装①独逸の二人↓
2. 黄金都市の迷子
ウェイバーに率いられてライネス、マックスとミアは再び西棟二階の部屋に戻った。
さっそくウェイバーがドクトル・ファウストの魔導書を開き、発動させやすい攻撃魔術を選び出した。
「この術に必要なのは風、火、水。ミア、マックス、ライネスで分担」
「Ja, Meister.」
「Ja, wohl.」
「Yes, Sir.」
三人同時に返答があり、ウェイバーは彼らに当該のページを開いて見せた。そこには必要な呪文と原理が丁寧に記されていた。
「まず、ライネス。お前が基盤から仲介の精霊を繋ぐ」
「OK」
「そしたら次はマックス。基盤の月から一気にギメルを開いて」
「Ja.」
「ミア、君が最後だ。神層界から王国まで炎を引き下ろす。真空で吸いこむんだ。分かるか」
ミアの工程が最も難しいのだが、彼女はじいっと遠い御先祖が遺した図式を見つめて頷いた。
「できるわ。簡単よ。星幽界を貫いて発火させればいいのね」
「Exactly, Good!」
ウェイバーはそっと本をデスクの上に置き、床に手をあてた。魔力を持つものには、彼が大地の力をわずかに引き出し、組み上げる魔法陣が見える。
「僕が均衡結界を統御するから、ある程度の出力でやっていい。ただし、本気は駄目だ。君たちだと、出力10%くらいでやってみてくれないか。発動すれば結界が降りる。それで確認しよう」
「無茶苦茶なやり方じゃね!?」
ライネスが苦笑しつつ拳を手でつつんで、やる気満々だ。
「最初から無理を通すための方法の模索だからね。そりゃ無茶苦茶にもなるよ、当たり前だろ」
「先生ってアブナイ人なのね」
ミアが面白そうにドレスの裾を調えた。
「あたしと同じだ!」
「そういうこと。じゃないと聖杯戦争になんか行かないよ、諦めて実験に付き合ってくれ。1、2、3で発動させる。順序よく。失敗しても構わないから、緊張せずに行こう」
ウェイバーが静かに膝をつき、三人に目で合図する。
三人は魔法陣をぐるっと囲んで立つ。
「サメクの柱昇るものよ」
ウェイバーが最初の呪文を唱える。
「ケンタウロスの弓より放つ文を受け取れ、仲介の精霊よ」
ライネスの右手にあの刻印が浮かび上がる。ライネスとウェイバーは完全に同調している。
「王冠に至る狩人の矢よ」
「地上に業火を降り来たらせよ」
マックスに続いてミアが巧く連動した。さすがは兄妹というところか。すばやく、
「Höllenquale Purgatorium」
ウェイバーが口にのぼせた途端、魔法陣の中心からプラズマまとう青白の電撃と化した超高温の炎が立ちのぼった。
EMERGENCY!
一瞬、部屋が真っ暗になり、ミアがぎょっと窓の外を見た。ライネスは術を解消して、ため息だ。マックスは何が起こったか分からないまま、術を打ち消され、茫然としている。慌ててミアを抱き寄せた。
足元の魔法陣が発光し、術が起動したことが分かる。
『ソロモンの弟子ウェイバー・ベルベット! 至急、学部長室に出頭せよ! 研究生、至急、学部長室に出頭せよ!』
学園を震わせる大音声で呼び出しがかかる。
ウェイバーはふらりと立ち上がり、舌打ちした。
「僕が発動させたわけじゃない」
「お前ぇ、それ言うのかよ、ウェイバーっ!」
ライネスが両手を広げて呆れ顔を向けると、ウェイバーは腕組みして首を傾げた。揃えた黒髪がきつい角度でさらりと寄る。細い指があごにあてられる。
「しまった、反省文になんて書けばいいんだ。本当のことなんか書けないぞ」
「その素晴らしいおつむでテキトーにひねくり出せよ。全く、なんで、あんたって奴はこう突き抜けてんだよ、マジで発動したじゃねえか」
ライネスが堪えきれないように笑いだした。ミアがマックスの腕の中から飛び出してくる。窓の外を伝令の鴉が群れ飛び、羽ばたきがうるさい。彼女は嬉しそうに身体を躍らせる。
「やったわ。今のが我が家の術なのね! あたし、一人でできるよ!」
「まだ、やめておきなさい。二、三日寝込んじゃうよ」
ウェイバーは釘だけ刺すと、おかっぱをかき上げて背伸びした。
「仕方がない。適当に切り抜けてくる。残ったケーキでも食べてて。すぐ戻る」
「いいか、ソフィアリのじじいに負けるなよ。後が面倒だ」
念押しするように睨むライネスを肩越しに振り返って、ウェイバーはにやりと笑った。
「そんな心配要らないよ。泣いて演技すれば一瞬さ。じゃ、行ってくる」
ウェイバーはふらりと部屋を後にした。
その夜、ウェイバーはあの庭に籠もった。
子供たちはそれぞれの部屋に帰し、ライネスがウェイバーの部屋を守ってくれている。
ウェイバーは日本から思い出の寝袋をこの庭に持ちこんだ。聖杯戦争において使用した寝袋で、ウェイバーにとっては忘れがたい記憶に繋がっている。
この庭は結界で守られているので、ある一定以下の気温にならない。
ヒマラヤ杉の下のベンチに寝袋で寝そべり、膝の上にモバイルを広げて反省文をでっち上げる。ベンチには二枚ほど毛布を重ねているから痛くもない。
足元には陶器の火鉢に消えない燈火が赤々と燃え、寒さを感じることはなかった。
ウェイバーにとって、この庭に滞在することはイギリス最大の大龍脈の上で急速に回復でき、はっきりと強くライダー、イスカンダルと話せるという利点があった。
特に誰にも聞かれず、自由にライダーと話せる時間は、ウェイバーにとって生きていくために欠かせない。互いの魂は常に共にあると分かっていても、触れられるわけではないし、一緒に暮らした、あのときとは違う。
「参ったよ、ライダー。いきなり部下が三人に増えた」
イスカンダルがウェイバーの意識の中で隣に胡座をかき、赤い髪をかき回している。彼はウェイバーの倍はありそうな巨軀で、筋肉をより合わせた腕と足はウェイバーの胴ほどもある。鍛え上げた身体に動きを邪魔しない簡素な鎧を着け、東征の間、まとっていた擦りきれたマントを背中に流す。子供のように輝く茶色の瞳は、今もウェイバーに眩しく、目の前のモバイルの画面より、彼の顔がはっきり見えている。
イスカンダルはあごひげを撫で回して、にやにや笑う。
嬉しい悲鳴というやつだな。突然、兵が三倍になったとあっては。
「お前とは訳が違うよ。一万が三万になったってわけじゃない。たった三人だけど、僕にはまだまだ大変だ」
数ではなかろう。気を遣う場所が増えるという問題だ。違うか。しかも坊主の場合、子供の相手だ。そりゃあ難儀であろうさ。
「まあね。一応、預かる以上は責任あるしさ。特にミアは小さいし、女の子だからね。悪い癖をつけないようにしないといけないよ。魔術師の世界では、女の子は危険なんだ」
あの容貌では無理もあるまい。普通の娘だったとしても無事に成長できるか、不安になるほどだ。ましてや、貴様が足元にも及ばん魔術師とあってはなあ。
「Shit, どうして今、令呪がないんだ。黙らせるぞ、ライダー」
ほっほう。怖いなあ、坊主。だが今は余の口を塞ぐことなどできまいて。まあ、戯れ言はこの辺りにして、真面目な話を一つするぞ。よいか。
「うん」
ウェイバーはモバイルの上で踊る手を止めて、目を伏せる。
意識の中にイスカンダルがはっきり見える。彼と向かい合い、話をするとき、ウェイバーは自分に足りないものや求めるべきものを明確にできる。
貴様はいよいよ自らの軍を手に入れつつある。するとな、敵が増える。
「だろうね。今日のソフィアリ学部長はかなりおかしかったよ」
ウェイバーの口元に嘲笑が浮かぶ。
今まで学部長はウェイバーなど相手にしなかった。だが今日は酷く警戒している様子だった。
「ウェイバー・ベルベット、何をしていたのかね」
「単なる実験です。加減を間違えたようで、すみません」
ウェイバーは具体的なことを言わず、のらりくらりとやり過ごした。だがソフィアリ学部長は、あの謹厳な無表情を崩して眉をしかめてみせたのである。
「均衡結界が発動するような実験かね? 君の周りでばかり起こるようだが」
「偶然です」
ウェイバーはひたすらソフィアリ学部長の追求を受け流した。
「そもそも君はアーチボルトの後継に何をさせようというのだね」
これで驚いたのだ。上層部は自分とライネスがつるんでいることを注視していると気づいた。
「単なる後輩の一人です。他意はありません」
「よく君の部屋に入り浸っているという話だが」
「もともと僕の部屋は彼の叔父の部屋でしたから。先日もケイネス・アーチボルトの私物が見つかりました。そういったものは引き渡しが必要かと」
ウェイバーは涼しい顔で淡々と答えるのみだ。おかしな話だが、時計塔育ちのウェイバーにとって、上の教授の交わし方は骨の髄まで浸透している技だった。
「反省文の提出期限はいつですか」
先手を打って話を打ち切る。
「一週間以内に提出したまえ」
「分かりました。失礼します」
相手の承認を待たずにウェイバーは勝手に退室した。
ウェイバー自身は気づいていないが、彼は上層部の興味を引く存在に変わっていた。
龍脈管理人であることは明かされていないが、そうでなくともアーチボルトの後援があり、ダグラス・カーの所領にあるマナーハウスを占有し、主たる連絡先もそちらに移されている。そのうえ冬木に拠点を持ち、聖堂教会第八秘蹟会にもパイプがある。
ウェイバーがそうと思わぬうちに力を持ち、無視できない輝きを放ちはじめていたのだ。
「今日は危ない感じがしたのは確かだな」
ウェイバーが揃えた髪を揺らし、意識の中のイスカンダルを見つめる。彼は目を閉じ、忙しなく髭を撫でていた。
ふうむ。これはますます貴様のことを見ておらぬといかんな。
「僕は時計塔でのし上がることなんて考えてない。コネで決まる昇進に何の意味があるんだ。馬鹿げてる。研究するには、いいところだから、ここにいたいとは思ってる。本当に危なくなったら、マナーハウスなり、冬木なりに避難はできる」
坊主、備えておるではないか。
「でも僕はお前ほど戦い慣れてるわけじゃない」
何を言う。余と共に幾戦越えたと思っておる。もはや貴様は立派な武よ。戦において大事なことはな、ひとたび敵陣に攻め入ったなら、貫き通さねばならんということだ。そして危機を見誤らず、撤退を恐れぬことだ。
「それが難しいって言ってんだろ、僕はお前と違うんだ、ばか」
分かっておるではないか。
頭の中が彼の豪快な笑い声で満たされる。それは心地いい時間だ。
ウェイバーはモバイルを閉じ、ベンチの端に追いやる。
「とにかく今は新しい実験で頭がいっぱいなんだ。もしかしたら、誰も見たことのない術を発動できるかもしれない。あの魔導書にある呪文、全て使われたとは到底、思えないんでね」
ウェイバーはにやりと笑って、寝袋のジッパーを上げる。
満天の星空が視界を埋める。目眩のするような星空をここに来て初めて見た。
「なあ、イスカンダル」
なんだ、坊主。
「お前が見てた星空も、こんなにきれいだったのか」
そうさな。バトクリアの山地で見た眩き星の天海は忘れがたい。あれは、まっこと見事であった。今も心に残っておるぞ。
「そっか。僕もいつか見たいな……」
目を閉じると、急速に静かになった。そっとイスカンダルが肩に手を置いた。ときどき、はっきり分かるのだ。特に、ここにいると。
行けるとこまで行くからさ。一緒に行こう。イスカンダル。
翌日から、ウェイバーと子供たちの秘密の実験が始まった。昼間は普通に授業に出て、午後のレクリエーションも寮で過ごす。子供たちはウェイバーの部屋に来たがったが、ウェイバーが止めた。特にミアは友達と過ごす時間を持つべきだ。
就寝前の自由時間が実験に当てられた。
だが、これが上手くいかなかった。
「だからっ、あたしがタウを開く前にあんたが星のツァディを繋いでおかなきゃ駄目でしょっ」
「やってるっつってんだろ。俺はウェイバーと完全同調してるんだぞ。お・前・が・合わせんだよ」
ウェイバーとライネスの間にある魔力供給路は安定して作動している。二人は今も同時発動が可能であり、ウェイバーは自在にライネスが発動する術式をコントロールできる。だがマックスとミアは違う。兄妹ならではの同調はあるが、これがライネスとかみ合わないと術式が完成しない。
「あたしのせいだって言いたいのっ! あんただけ先生と繋がっててズルいのよ!」
ミアがばたばたと足を鳴らして猛烈にキレる。マックスがああとため息をついた。
「あれですね。複雑になってくると、どうしても繋がりきらないというか」
彼も疲れて、がっくりと床に座りこんでいる。
「うーん」
ウェイバーはデスクに寄りかかって魔導書をめくる。
「そもそも接続を維持できる時間が限られてるからな。スムーズな連携が必須ではある。だけど、それぞれ術の発動パターンが違うし、術によって発動までの時間も変わる」
「苦手な術式は、ちょっと集中しないとできないの。誰だってそうでしょ」
ミアがばたんとウェイバーのベッドに腰掛ける。ウェイバーはただ頷くのみだ。
「その通り。そこをなんとかするのが理論の洗練なんだけど」
「先生の改良で出力はごく低くなっていると思います。でなければ、こんな大きな術を何度も発動実験できません。これ以上の改良は難しいのでは」
マックスは汗ばむ額を反らして、折れたモーニングの上に腰が乗っている。
「マックス、コート」
ウェイバーに注意されると、彼はあっと腰を浮かせてコートの裾を引き出す。ライネスがシャツの肩をすくめた。
「お前もコートなんて脱いじまえよ。そこらに放りだしておけばいい」
ライネスはテイルコートをドアの金具に引っかけている。実はこれ、非常に簡単ながら情報戦術である。誰かがノブに触れると、ライネスのコートが落ちる。それを確認したら、即座に実験を中止することになっている。今のところ、そんな事態は起こっていない。
「もうもう、あたしを先生と繋いでよ! そうすれば全部、上手くいくでしょ!」
「簡単に言うことじゃないぞ、ミア」
ウェイバーがたしなめてしまうと、ライネスが腕をまくって、あの刻印を浮かせた。
「こいつは偶然、繋がってるだけで、こうしようと思ったわけじゃないんだ。これにどんな影響があるかは俺とウェイバーで生体実験中なんだぜ。分かってんのか」
ウェイバーも渋い顔だ。
「術式展開のための連携路を植えこむこと自体は難しくないと思う。だけど、ミア、分かっているのかい。そういった術式は生涯、身体に痕跡が残る。僕はいつでも君を人形みたいに使えるようになってしまうかもしれない。大変なことだと思わないのか」
ウェイバーの黒い瞳で射抜かれると、ミアはベッドを飛び降りてウェイバーの下に走ってきた。彼女は輝く金髪を振り乱し、小さな身体でせいいっぱいにぶつかってきた。
「あたしは貴方のサーヴァントなの。だったら、それは当たり前でしょ。あたしを繋いで、先生」
シャツをつかまれて、ウェイバーは言葉を失った。
「このままじゃ、あたし、先生のお役に立てない!」
金切り声を上げてミアが泣きだした。
「あたしは何でも、できなきゃいけないのっ……!」
これにはライネスも無言で見つめるのみだ。
マックスがそっとミアを後ろから抱きしめた。
「大丈夫だよ、ミア。できないこともある」
「やだやだやだあっ、あたしがヤなの」
魔術でつまずいたことのないミアにとって今の事態は許しがたいものだった。やりすぎたことはあっても、『できない』は初めてだ。
「今日はここまでにしよう。明日までに何か考えておくよ」
ウェイバーがドクトル・ファウストの魔導書を閉じる。マックスがミアを無理矢理のように抱き上げた。
「ぼくが女子寮まで送ります」
「そうしてくれ。寮母長に何か言われたら、僕まで回して。ちゃんと角の立たない説明をする」
「分かりました」
マックスはミアを抱いたまま、丁寧にお辞儀して部屋を出て行った。
突然、しんと冬の静けさが降りてくる。
ライネスがぱさついた金髪をぐしゃっと握りつぶした。
「なんなんだよ、もう」
「あの子はずっと、それこそ何でもできたんだ。僕とは違う」
ウェイバーが呟いてしまうと、ライネスがため息をついた。
「なんだよ、それ。俺、そういうの嫌いだぜ、師匠。あんたはすごい。誰もこんなこと思いつかなかったんだ。それに挑戦してるだけで価値があるよ。初めての術が上手くいかないのは当たり前だろ。あいつ、子供だけどさ。キレるなよ、マジで」
ライネスが床を蹴るように窓辺に行って、小さなテーブルを出し、キャンドルを置く。ウェイバーは部屋の明かりを落としてキャンドルに火をつけた。
二人の顔が揺らめく炎に照らされる。
「たぶん、本当に、今まで一度もできない術がなかったんだろうな、ミアは」
「そんなのアリかよ」
「僕の感覚では、あの子は四重属性だ」
「え」
ライネスはミアが三重属性だと思っていた。というのも術式の練習において、地はウェイバーが担当していたので、彼女にその属性があるとは気づかなかったのだ。
二重属性までは、ことにアーチボルトのような古い家門であれば、めずらしい話ではない。よい血統同士の子供であれば三重属性も常にいる。だが四重属性となると極端に減る。実質的に五重複合属性の血を持つ家系からしか出ないと言っていい。
「本当に何でもできたんだ。初めての挫折なんじゃないのかな。ちょっとフォローしてあげないといけないんだが、なんて言えばいいのか。僕には分からない」
窓辺に寄りかかって肩を落とすウェイバーを、ライネスはベッドに座って見つめるしかない。
「気にすんなって以上に何が言えるんだよ」
「頑張れとか、こういうとき意味がないんだ。イスカンダルに聞きたいよ、本当に」
目を伏せるウェイバーの表情にライネスも黙りこくってしまう。
「……別に俺とお前みたいなガチのパスじゃなくて、術式展開を繋ぐだけのパスだったら、どうなんだ」
「それでも魔力の発動に干渉しうるわけだから、僕が及ぼす影響は変わらない。これは僕の問題でもあるけど、刻印を受ける側の問題でもある。それこそ、聖杯における契約者になるかどうかと同じくらいシリアスだ」
ライネスは一夜たりとはいえ、英霊との契約を体験している。そのうえウェイバーとも繋がっているわけで、ウェイバーが悩む根拠が分からない。
「俺、気にしてないぜ。全然。あいつが望むなら、それでもいいんじゃね?」
「……」
ウェイバーは答えられなかった。
何故ならウェイバーには分かっていた。ひとたび連携路を植えこんだなら、相手を自在に言いなりにできると。自分より速く術式展開できる魔術師など、そういるわけがない。実質的にウェイバーは連携路を植えこんだ魔術師を、まさに英霊のごとく手足として使える。
だが、それは──
生命を預かれって言うのかよ。
どうすればいいんだ、ライダー。
翌日、ウェイバーは大人しく午前中の授業に参加し、さっさと反省文も提出した。多少の嫌味は言われたが、それ以上ではなく、少し気抜けした。
ランチはライネスと落ち合う約束をしていたので食堂前で待ち合わせ。
「よ、顔色いいじゃん。安心した」
ライネスが席をとっていて、ウェイバーは隣に座った。食堂の中は人が少ない。前と違って少し時間がずれると誰もいないことさえある。
ウェイバーは黒髪を揺らして椅子にもたれる。
「別に疲れたわけじゃないから」
「悩んでたからさ」
「そりゃ考えるよ。女の子に泣かれたんだ」
「……そういう視点だった?」
給仕がやってきて、ランチのメニュウを告げる。今日は魚がメインとのこと。ウェイバーは鱈のソテーを選択。ライネスは鮭のフライ。デザートはウェイバーがシラバブを選んだ。生クリームにレモンの風味をつけて緩く固めたドリンクのようなスイーツだ。
ライネスはあっと思った。だんだん分かってきたが、彼がゼリーのようなものを頼むのは精神的にきついときなのだ。
気にしてんじゃねえかよ、やっぱり。
食事が終わる頃、マックスがやってきた。彼は背が高く純粋な金髪なので遠くからでもすぐ判る。
「先生、昨日はミアがすみませんでした」
「いや。僕の我がままに付き合ってもらってるわけだから。ミアは?」
この兄妹はドイツ人らしい義理堅さで、食事のたびにウェイバーを見つけると必ず挨拶に来てくれる。ミアの姿が見えない。
マックスが困ったように長身をかがめてウェイバーに会釈した。
「熱を出したそうです。寮母長に聞きました」
「……」
ウェイバーは口を引き結んでマックスを見上げる。ライネスがフォークを置く。まだチョコレートのロールケーキをつついていた。
「風邪か」
「過労とのお話です。ここのところ根を詰めていましたから」
「授業も実戦だったしな」
マックスとミアは、ライネスと同じ最上級の席次に滑りこんでいる。あまりにも実力が飛び抜けているのだ。マックスはともかく、ミアのような初等部にいてもおかしくない歳の子供が、最上級のクラスで実戦まで参加できるのは凄まじい。だが、それは幼い身体には負担が大きすぎたのだ。
ウェイバーがスプーンを放りだした。
「すまない。僕のせいだ」
「いいえ。まだ子供ですから。熱を出すこともあります」
「あいつ、変に強いからさ。狙われてたんだ」
ライネスの言葉にウェイバーは俯いた。時計塔では授業でさえ危険が伴う。特に実戦を模した授業ではあからさまなイジメが発生するケースがある。ミアのように突出した実力を持つと危ないことがあるのだ。それを巧く隠せるような、ずる賢さがある性格ではない。
「あの」
唐突に声をかけられて、ウェイバーはそちらを見ていなかった。
「研究生に魔術を教えていただけるんですか」
「ウェイバーに?」
ライネスの声で我に返って、ウェイバーは顔を上げた。
テーブルの横にマックスよりも背が高い、ちょっと変わった男性が立っていた。
まだ若いのだが、髪が真っ白で瞳も灰色、しかも色の薄いモーニングを着ているので白い亡霊が立っているようだ。見上げるような長身なので、いっそう人間離れしている。よく見ると、大学生を少し越えたくらいの歳だ。
初めて見る顔だ。
「僕に用?」
「おれに魔術を教えてください。貴方しか頼れそうな人がいないんです」
「ここは時計塔だぞ?」
訝しむライネスに目もくれず、彼はウェイバーに頭を下げた。
「トリフォン・ユラーセクと申します。いつも、こちらの皆さんに囲まれて、貴方が先生と呼ばれているのに気づいて。おれにも教えてもらいたいんです」
「どうして」
「恥ずかしながら、授業にもついていけなくて。突然、刻印を受け継いだものの、何がなんだか分からなくて」
ライネスとマックスが顔を見合わせる。アーチボルトとファウストでは、かなり家風が違うものの、どちらも子供の養育や魔術の修行はしっかりと行われている。経済的に困窮しているわけでもなく、要するに二人には理解できない状況だった。
ウェイバーはじっと青年に目を据えた。
なんだ、何か変だな。
肌に伝わる波動が強い。なのに魔術的な自己がつかめない。こんな感触は初めてだ。
こいつ、どうなってるんだ?
真っ白な彼は俯いて動かない。
「話だけ聞こうか。僕が教えられるかは、その後だ」
ウェイバーが立ち上がる。
「なんかシラバブって気分じゃなくなった。黒猫亭に行こう」
「もう、しょうがねえなあ。あんたは言い出すと止まんねえから」
ライネスも席を立つ。マックスは穏やかに頷いた。
「ご一緒します、先生」
こうして小柄なウェイバーが180cm越えの子供たちと青年を連れて、黒猫亭に赴くことになった。
ミアが一緒だったときとは一転。
四人の男はボックス席に押しこまれた。
「やっぱ、ダメか」
がくっとライネスが肘をつく。マックスは黙ってメニュウを見つめる。トリフォンが身体を縮めて視線を落とした。
「おれは、こういう場所の方が落ち着くので、よかったです」
「とりあえず注文」
ウェイバーがトリフォンにメニュウを渡すと、彼は頷いた。
どう見ても二十代なのだが、彼が一番年下に思えた。
「じゃ、オレンジのフールとダージリンで」
ウェイバーの注文を聞いて、またもやライネスは悩ましい。フールは果物を生クリームで和えたものだ。ランチを食べたばかりだからと言ってもいいが、これはゼリーの続きという感じがする。何故なら、マックスは、
「ぼくはアップルパイとアッサムで。クリームつけて下さい」
「はあい」
という具合だ。トリフォンもオレンジのタルトを頼んでいる。かく思うライネスもしっかりコーヒーと胡桃のケーキを頼んで、林檎のジュースを選んだわけで。
満腹だからケーキが食えないという年頃ではない。
メイドに注文を済ませると、ウェイバーがトリフォンを促した。
「とりあえず説明してもらえるかな。なんで時計塔に来たのか」
「おれの家は魔術師の分家ではあるんですが、ごく普通の一般人として暮らしていたんです、ほんの数ヶ月前まで」
「それで、なんで刻印を継承してんだ?」
ライネスの疑問はもっともなのだが、彼の話は驚くべき内容だった。
トリフォンの本家ユラーセク・フラヴナは五代以上続く魔術家門だった。プラハが黄金都市として名を馳せた時代まで遡れる家系だが、本家が断絶した。
「そもそも魔術師同士の抗争で本家の先代が夫婦揃って亡くなって。でも子供がいたので、ここで刻印を継承して学んでいたんです」
ウェイバーの眉が微かに歪む。その先が分かった気がした。
トリフォンは大きなため息をついた。
「それが学園内で派閥闘争があったとかで」
ライネスも口元を引き締めてウェイバーに視線を投げる。ウェイバーはただ微かに頷いた。
「後継だった子供が亡くなってしまったのです。おれの父が先代の弟で。本当は父が継ぐべきなのかもしれませんが、その。おれは突然変異なんだそうです。それで」
「突然変異って、どういうことかな。何か変わった属性があるとか」
マックスがなかなか親身に話を聞いている。
「ときどきいるよね。空だけ持っちゃう人とか」
「そうではありません」
十五歳のマックスに丁寧に促されて喋る大人というのも、なかなか不思議な状態だ。ただウェイバー以外は全員、長身なので、見た目は釣り合いがとれている。
「おれには、よく分からないんですが、魔術回路の質がすごくいいと言われました」
「へえ、よかったじゃねえか」
ライネスはぱっと明るく笑った。とんでもない落ちこぼれに泣きつかれたと思いきや、そうではないらしい。
トリフォンは迷子の顔で一同を見渡した。
「そうなんですか。自分では全く分からない。おれは魔術の修行なんてしたことないし。確かにやってみたら、できることもあります。でも、それ以上ではなくて。長く続いた家を絶やすことはできませんが、おれは何をしたらいいのか、全然分からないんです」
「ああー……」
ライネスがため息だ。
ウェイバーはそっとテーブルに手を出した。
「もし僕を信じてもらえるなら、ちょっといいかな。君を看てあげる」
「は、はいっ」
トリフォンが飛び上がるように背筋を伸ばした。
指の長い大きな手がウェイバーの手に置かれる。ウェイバーは目を閉じて彼の手を握った。龍脈を読むように意識を潜らせると本質を量れる。
なるほど、魔術修行を全くしてない真っさらな状態ってわけか。だから魔術的な自己が確立されていないんだ。属性は火と地、か。火寄りだな。一般的と言っていい。地は僕よりだいぶ弱いけど、だが。
ウェイバーは軽く目を見開いた。
「あのさ、ライネス、ちょっといいか」
「うん? いいよ」
ライネスの手を握って探る。
おいおい、これって本当なのか。このトリフォンて子、魔術回路の質はライネスに匹敵するぞ。アーチボルトの特級の回路に? ミアと比べてみたいところではあるが。
「今度はマックス、いいか」
「どうぞ」
テーブルを斜めに横切ってマックスが手を伸ばす。
実はライネスと、ファウスト家の子供たちでは魔術回路の質が少し違う。とにかく王道のバランスタイプがアーチボルト。大出力を安定して出せる。ライネスのタフネスはここに由来する。対してファウスト家の特長は速さだ。瞬間出力が異常に高く複雑な術式を折りこめる。ドクトル・ファウストの術式の再現が難しいのもこれで、爆発的な出力を要求する。ただし、その調子で使うと、一般的な魔術師なら非常に早く魔力が枯渇する。ミアは回路自体の数が多いため魔力量も大きく、破格の個体だ。
こいつ、質はライネスに近い。
ちょっとモノにしたいな、こいつを。
「うん、ありがとう」
ウェイバーが目を開けると、ケーキが運ばれてきた。
「お待たせしましたー」
目の前に皿が並び、メイドがいなくなるのを待って、話を再開。
ウェイバーがフールにスプーンを突っこむ。
「すごいな、君」
「えっ」
トリフォンが真っすぐウェイバーを見つめる。縋りつくような眼差しだ。無理もない。
ウェイバーは黒髪を揺らして、にやりと笑った。
「いいよ、教えてあげる」
「本当ですか」
「うん」
にこにこするウェイバーにライネスが頭をかかえた。
「おーい。うちのチームについて来れないと思うぞ。分かってんのか。ウェイバー」
「僕はどうするんだ? 魔術師としては、お前たちに全くついていけてないよ」
「だから、自虐やめろって」
「事実だろ。でも、やりようはある。そうだろ?」
あごを上げて意地悪に視線を突き刺すウェイバーに、ライネスは水色の目を眇めて息を吐く。
「師匠、あんたの思う通りに。どうせ俺には分かんねえ何かを考えてんでしょ」
「まずはマックスについて火の扱いを覚えようか。いいかな、マックス」
ウェイバーに振られると、マックスは穏やかに頷いた。
「分かりました、先生」
マックスは落ち着いた微笑みでトリフォンを見つめた。
「うちも一時、断絶状態だったから、貴方の苦労は分かります。でも大丈夫。おばあさまは、たった一人から家を再興なされた。貴方もできますよ」
トリフォンが途端に心細そうな顔でウェイバーを見やる。
ウェイバーはサンデーグラスにスプーンを入れて、肘をついた。
「大丈夫。ついておいで。君ほどの回路があれば、ここでやってることも、ついてこられるようになる」
「だったら、本当に」
「トリフォンか。ちょっと言いづらいな」
ウェイバーは少し考えて目配せした。
「リフって呼んでいいかな。その方が言いやすい」
「はい!」
トリフォンがものすごい笑顔でウェイバーに頷いた。
一同が西棟二階の部屋に戻ると、ドアの前にミアが立っていた。
「ミア!」
マックスが慌てて駆け寄る。
「熱があるんじゃないのか」
「ちょっとだけよ、もう下がったわ」
あまりにも華やかなミアを、トリフォンがぱかんと口を開けて見つめていた。柔らかな金髪を垂らし、サファイアよりも眩く透ける青い瞳、小さな顔立ちは子供だというのに美しさと愛らしさが渾然一体に融けあい、見るものの目を釘付けにする。しかも表情がはっきりとして、いきいきしている。
ウェイバーがドアを開ける。
「ミア、僕の部屋は危ないから。誰もいなかったら中に入っていていいよ。誰かに声をかけられたりしなかったか」
「ヘンな親父に話しかけられたけど、ちょっと火をつけてやったら逃げてったわ」
「ミア」
マックスが茫然としているが、ウェイバーはにっと笑って揃えた黒髪を揺らす。
「Well done, Mia.」
「へへえ」
ミアは嬉しそうにドレスを揺らす。
「寮母長にも言われてるの。危ないと思ったら誰でも攻撃していいって」
「女子寮の教育って!?」
ライネスがお手上げポーズで、マックスは額に手をあてて天を仰ぐ。
ミアがすぐトリフォンに気づき、睨みつけた。
「あんた誰。あたしの先生に何の用なの」
「ミア、新しいメンバーだよ。リフって言うんだ」
ウェイバーが紹介すると、ミアはドレスを握って肩を怒らせた。
「はあ?」
「今日から少し違う練習をするよ。あの練習はいったん休止」
ウェイバーに宣告されると、ミアは明らかに気落ちしてウェイバーを見上げた。
「どうして。あたしのせい?」
「違うよ。リフは魔術の修行をしたことがないんだそうだ。彼の足並みが揃うまで、君も付き合ってやってくれ。できるかい?」
これはウェイバーなりの作戦でもあった。ミアが『できる』ことを体験すれば、壁を越える助けになると思った。
「いいわよ。あたしだって、ちょっとくらいなら教えられるわ」
胸を張るミアにウェイバーは微笑んだ。
「じゃ、さっそく特訓開始。鉄は熱いうちに打てってね」
昼下がりの部屋がもう一つの学校のように賑やかになった。皆でわいわい子供の頃のように基礎術式を展開する。トリフォンの属性確認もかねる。ウェイバーの見立て通り、火の属性が強く、地もあるが、他は全く使えないことが判った。
意外なことに、基礎練習を教えるのはミアが一番巧かった。
トリフォンと向かいあってキリムの上に座る。
ウェイバーはデスクに寄りかかり、ライネスが隣に立つ。マックスは空いた椅子に座って練習を眺める。
「ほら、火をつけて」
ミアが人差し指の先に小さな炎を灯す。トリフォンもそれはできた。
「じゃ、次ね。中指」
ミアは一本ずつ指を伸ばして一つずつ炎を増やす。トリフォンは真面目に眉を寄せて真似をする。五本全ての指に炎が灯ると、ミアが掌を回す。
「はい。大きーく」
掌に少し大きな炎が浮く。
「ええと、こうかな」
トリフォンが同じように手を返すと、ぽんと炎が立ちのぼる。
「じゃ、次は消すよ、Guten Abend, Gute Nacht,」
ミアが可愛らしい声で子守歌を歌いながら火を消していく。
ウェイバーとライネスは面白そうに眺めるのみだ。二人とも火をつける程度の術は使えるが、極端に属性が偏っているため、ミアが見せている基本的な火の術式も使うことができない。
「へえ、火の子はこうやって覚えんのか」
「初めて見たな」
「ああ」
マックスが肘掛けに乗りだして誇らしげだ。
「ミアはおばあさまから直接、学びました。おばあさまは火の属性ではないんですが、基礎的な魔術は使えましたので」
「お前んち、チートに強すぎるな」
「我が家は単独属性の魔術師は外から来たおじいさまと母だけです」
「ひー」
流石のライネスもたじたじだ。
「じゃ、もう一回」
ミアの真似をしてトリフォンがまた火を灯していく。最後に掌の炎をミアは小さな竜巻のように回転させた。
「くるくる、できる?」
「えっ、えっ」
トリフォンはどうやればいいのか分からないようだ。ぱっとウェイバーを見上げる。
「先生、どうすれば」
「僕はできない。火の属性はないんでね」
ウェイバーが悪気なく笑う。ライネスもあごに手をあてて頷いた。
「俺も。簡単なことは分かるけど、俺らはダメなのね」
「ほら」
マックスが同じように掌の上で炎を踊らせる。彼は火の玉のように凝縮した高温の火球をくるくると回してみせた。
「ここまで出来たら、次に行けますよ」
「先生っ」
完全にトリフォンは取り乱していた。慌てた表情でパニック状態だ。
「どうしよう、分からない」
「大丈夫よ。誰だって、できないことくらいあるでしょ。練習すればいいのよ」
ミアが慰めるように背の高いトリフォンを見上げる。ウェイバーの口元に微かな笑みが浮かぶ。ミアは大丈夫だ。乗り越えた。
女の子は大人になるのが早いって、こういうことなのかな。
だがトリフォンはウェイバーを見上げて硬直している。
「先生、だめだっ、分からない」
がっくりと床に倒れこむトリフォンにミアもびっくりしている。
「まだ始めたばっかりじゃないの。諦めないでよ」
「助けて、先生」
ウェイバーに泣きつかんばかりのトリフォンにライネスが頭を振った。ウェイバーに横目で低く囁いた。
「あのさ、こいつが一人前になってくれるのは、いつなんだよ? 本気で連携路、考えるしかなくね?」
ウェイバーの顔から笑いが消える。彼は黒髪の影で視線を落とす。
マックスが立ち上がり、ウェイバーに向かう。
「先生、ぼくとミアも繋いでください。その覚悟はできています」
「……うん」
「なによう、先生の特別はライネスだけだっていうの? だったらズルいわ」
ミアがキリムの上に座ったまま、意外と真面目な顔で抗議する。ライネスがやぶにらみのようにミアを見下ろす。
「俺じゃねえっつの。ウェイバーの『特別』はライダーだろ」
「そんなの当たり前でしょっ、あたしだって分かってるわよ」
ミアが立ち上がってウェイバーの手を握った。
「あたしは貴方のサーヴァント。平気よ、あたし。強いの。連携路が繋がったら、あたしがあたしじゃなくなるっていうの? どうなっても、あたしはあたしよ。違うの?」
あまりにも無邪気な強さが眩しい。
ウェイバーは答えられない。ぎゅっと目を閉じて俯いてしまう。
「……前も言っただろう。簡単じゃない、ミア」
「あたしには簡単なことよ。先生を信じてるもの」
「俺も。別になんも不安はないけどな。じゃないと、こいつをここに連れてこさせねえよ」
ライネスが肩をそびやかせてトリフォンを示す。彼は何がなんだか分からないだろう。
「ライダーって誰ですか」
「聖杯戦争って知ってる?」
マックスが穏やかに話しかける。
彼の説明を聞き流しながら、ウェイバーは目を閉じる。
頼むよ、ライダー……イスカンダル。応えてくれよ。こういうときにだんまりにならないでくれ。人の生命を預かるって、どんな覚悟があればいいんだ。
坊主、逆に聞くぞ。貴様は余に生命を預けるとき、どう思っておったのだ。
電流のような衝撃がウェイバーを貫く。
聖杯戦争の日々、ウェイバーとイスカンダルは互いに生命を預けあっていた。非力で戦闘経験も乏しいウェイバーはイスカンダルの采配に身を委ねるしかなかったし、英霊であったイスカンダルは当然のようにウェイバーの生命に紐付けされていた。嫌も応もない。だが、その状態に疑問を持ってはいなかった。ただ当たり前の運命共同体だったのだ。
余は貴様と生命を共にして戦い、まことに壮快であった。貴様もそうであろう?
そうだけどさ、ライダー。
ひとたび将として立ったなら、腹をくくれ。余を支えて走れる男だぞ、貴様は。この子供たちと同じように戦う覚悟はできておるのであろう?
「なんで、こういうときだけ、お前はそうなんだよ。ライダー」
ウェイバーは目元を手で覆う。揃った黒髪の影でウェイバーが泣く。
「なんで急に」
ほめるんだよ。
子供たちは気づかない振りをして話を続けてくれている。
「だから、先生の英霊がライダーだったのよ。英霊は特別なの。ずっと心の中に棲みつくのよ」
「おれも先生に連携路を繋いでもらえば、その英霊みたいに戦えるってことですか」
「たぶんね。あたしやお兄ちゃんみたいな基礎がないから、どこまで出来るか判らないけど」
ミアが真っすぐにトリフォンを見つめていた。
「ねえ、先生と連携路を繋げる? それが仲間になる条件よ。あたしたちは先生のために存在するんだから」
トリフォンが即座に頷いた。
「お願いします。おれは一人ではもう、何もできないって分かっています。それをなんとかする方法があるなら、縋りたい」
「ウェイバー、どうする?」
ライネスが腕組みして視線を落とす。
ウェイバーは顔が上げられない。ライネスが黙って胸のチーフを差し出す。
「Thanks.」
「いいさ。いつかと逆だな」
チーフを置いてウェイバーが顔を上げる。黒髪が扇のように広がって落ち着くと、刃のような横顔があった。黒い瞳が子供たちを撫でる。彼は口元に落ち着いた笑みを浮かべていた。
「分かった。繋ごう」
「やったあ」
ミアが立ち上がって飛びこんでくる。マックスはほっとしたように椅子に沈んだ。ライネスが目配せして、トリフォンは妙な緊張感と脱力に巻きこまれて泣きそうになっていた。
週末、ウェイバーは子供たちを時計塔から連れ出した。
彼が占有するマナーハウスはテムズ河畔にあり、ダグラス・カーからは自由に使っていいと言われていた。十七世紀の古めかしい姿を保つ館で、庭も広い。何より大切なことは大龍脈の上にあり、魔術的な防御が完璧なこと、そして折り込まれた空間の中に大規模魔術も演習できる特殊な結界があることだ。ここで使われた魔力は大龍脈に注入され、外には痕跡が残らない。
もちろん美しい庭やテムズ河畔の眺めも素晴らしい。本来は静養するために訪れるべき館だ。
ちょうどミアが誕生日で十二歳になるということで、小さなパーティをしてもらえるように頼んだ。
一同が車で表玄関に着けると、執事が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、ウェイバー様」
「急にパーティなんて頼んで、すまないね」
ウェイバーは降り際、小柄な肩越しに執事に目礼する。いつも通りの気取らないセーターとスラックスだったので、かえって貫禄がある。
「いいえ。久方ぶりのお客様で皆、はりきっております」
執事が一同の荷物をヴァレットに運ばせ、屋敷の中に案内する。
「ようこそ、皆々様。我が家と思い、お寛ぎくださいませ。御用は何なりと、お申し付けを」
「ありがとう。宜しく」
こういうときに平然としているのがライネスだが、ファウスト家の子供たちも意外と浮き足立っていない。
「今日はお世話になります」
「ようこそ、ミア-マリー・ファウスト嬢、ならびにマキシミリアン・ファウスト様。歓迎いたします」
ミアがぴょんとリムジンから飛び降りて庭園を見渡す。
「とっても楽しみ! 今日はお願いね」
「はい。心得てございます。トリフォン・ユラーセク様も、こちらへどうぞ」
「すごい……」
トリフォンは開いた口が塞がらないといった様子でマナーハウスを見上げていた。
ロンドンではよく見る白漆喰と煉瓦を組み合わせた質実な建物はよく管理されていた。重厚で隙間なく彫刻の施された家具の数々、そこを行きかう黒いドレスと白いエプロンのメイドたち──まさに大英帝国華やかなりし頃の面影が色濃い屋敷だ。
ことにミアは喜んだ。とにかく目がキラキラしている。
「うわあ、素敵! ここが先生のうちなの!?」
くるりと回るとコートの裾がひるがえる。今日はいつもの地味な黒いドレスではなく、女の子らしい水色のコートドレスを着ていた。コートの裾から中のワンピースやペチコートの裾が幾重も重なり、ふわふわしている。黒いタイツの足が細くて、子供という感じだ。
「僕の家じゃないけど、自由に使える家」
ウェイバーはすでに何度か滞在していて、昼間だけ、こちらに来ることもあった。
「それ、先生の家って言っていいじゃない」
ミアは上機嫌で階段の手摺りに見入ったり、飾られた花に顔を寄せる。マックスも気を惹かれた様子で長い廊下を覗きこんで、楽しそうだ。トリフォンは真っ青に固まっていて、いささか緊張気味であり、ライネスは微妙な表情を浮かべていた。
「はー、実家が見えるわ。近すぎ」
「そうなのっ!?」
「そう」
ライネスが窓の向こうを指してみせる。
「あっちにあるじゃん、ちょっと小高い丘がさ。あの辺なんだよね」
「あんたのうち、そんな近いのっ」
唖然と見上げるミアにライネスはがっくり肩を落とす。
「そう、なんか休みって感じしねえ……」
とぼとぼと足を引きずるようにウェイバーについて行くライネスは気の抜けた顔だ。
魔術師の世界において、時計塔で昇進している家門は中流階級と言っていい。アインツベルンや遠坂が代表格だが、最上級の魔術家門は時計塔の運営などには関わらない。すでに自らの血統にあった地脈と工房を確保し、魔術に没頭できる充分な資産があり、後継者の養育も自宅で行える。それが上流階級としての魔術師の生活だ。
アーチボルトのように、そもそもロンドン周辺に地盤があり、ついでのように時計塔に関わる家もあるが、これは時計塔の仕事の方が副業というスタイルになる。コネクションを築くための策の一つに過ぎない。
ウェイバーは龍脈管理人として求められる最高の資質を有している。
ゆえに手厚いダグラス・カーの庇護下に入り、一足飛びに最も富裕な魔術家門の生活に片足を突っ込んだのである。
ウェイバーはまだ、その核心に気づいていない。とてもラッキーだと思っているが、彼の興味は整えられた魔術的な環境や、ダグラス・カーが保有する貴重な魔導書に吸いこまれている。
「おいで。まずはお茶にしよう」
ウェイバーが振り返ると、マックスやトリフォンも頷いた。
肖像画が並ぶロング・ギャラリーの向こうにも冬の庭が見えていた。
庭を見渡せる小さなサロンで午後のお茶をとる。
サーキュラー・ルームで部屋全体が丸く作られており、自然に全員が向かい合える。壁には古めかしいフランス風の壁紙が貼られ、テーブルは見ただけで判るほど、どっしりと重い純白のテーブルクロスがかかっている。しかも床につくほど長いレースが下がっているのだ。
「どうぞ、こちらへ」
ヴァレットに椅子を引かれて座れば、銀のスタンドに王道の小さなサンドイッチやアミューズが並ぶ。食器は有名なマイセンのバラで統一され、現在の家主であるウェイバーの好きなお茶がハウスティとなる。今はダージリンのセカンドフラッシュだ。銀器は全てマッピン&ウェブで、ダグラス・カーと王家の関わりを感じさせる。
コロネーションチキンのサンドイッチをかじって、ミアがぱあっと笑顔に変わる。
「Lecker! カリーヴルストみたい!」
「本当だ……イギリスに来て、初めて美味しいものを食べた気がします」
トリフォンのぐっさりくる言葉にウェイバーが苦笑いだ。
「いや、時計塔の食堂、けっこう美味しいと思うよ」
「ですか?」
「ぼくもドイツより美味しいかもなって思いましたけど」
マックスもサーモンのサンドイッチに舌鼓を打つ。トリフォンはぼそぼそと小声だ。
「……チェコとは違うので」
「それは仕方がないよねー」
この席の目的はライネスに携帯の使い方を教えることだった。
ミアを呼び出す際、寮母長の取り次ぎを飛ばして連絡するためだ。これはウェイバーの指示で、ライネスは初めて携帯を持つことになった。彼以外のメンバーは全員、携帯を持っていて使い慣れている。
ミアが横からライネスの画面を覗いて、押すところを指差す。
「とりあえず、メッセと電話ができればいいわ」
「この機種だったら、ここですね」
トリフォンがさまざまな機種に慣れていて、ライネスに教えている。
「あんた、こういうの使ってたのか」
「仕事で必要でしたからね」
初めて教えることができてトリフォンの表情が明るい。ライネスは、まず携帯からミアにメッセージを送る練習をする。
「へえ、どんな仕事だったんだ?」
「不動産会社に勤めていました。基本的に出先からの連絡は全て携帯です」
「そっか。大人だなあ」
ライネスはミアのアドレスを開いて、とりあえずメッセージを送る。
着信音が鳴って、ミアがバッグから携帯を取り出す。
「ちょっと、あんた、この絵文字なんなのよ」
「とりあえず送ってみた」
「じゃ、僕もやってみよう」
ウェイバーはパンと自分の携帯を開くと、登録したミアの携帯に花束のマークを送る。
「Happy Birthday, Mia」
「Danke schön, mein Meister!」
すぐにミアからハートマークが返ってきて、ウェイバーは笑ってしまう。
「すごいな。女の子からハートのメッセージをもらったのは初めてだ」
「ええ、何それー」
ミアが笑いながら、マジパンをかぶせてプレゼントをかたどった小さなケーキをフォークで刺す。
「各自、それぞれに対してショートカットでコールできるように。いざってとき、間に合わないと嫌だからさ」
ウェイバーの言葉に全員が真面目に頷いた。時計塔の中でも危険がある。
それは全員が分かっていることだった。
優雅なアフタヌーンティの後、ウェイバーは使用人を下がらせた。
「今日、ここに皆を招いたのは、術式展開を助ける連携路を繋ぐためだ。君たちに影響が少ないように術式を考えた」
ミアはわくわくと胸を弾ませているのが分かる明るい表情で、マックスは落ち着いている。
この件に関してライネスは外野であり、彼だけが複雑な魔力供給路をウェイバーと分かちあっていることに変わりはない。ただし、今回のブラッシュアップに合わせて独自の調整をウェイバーと行っている。
トリフォンは真面目にウェイバーを見つめている。
ウェイバーはテーブルの真ん中に手を伸ばした。
彼の掌から白銀に輝く小さな刻印が現れた。
「これが術式展開制御補助。これを君たちの利き手に入れてもらう。一度、入れたら、僕が多少離れていても起動できる。さらに君たちは起動する術式を意識する必要がない。もちろん意識して魔力を放出してくれたら、もっと効率が上がるってことは言っておく」
ミアが無言で頷いた。
ウェイバーは子供たちを見回して、感情の読めない顔をしている。
「それから、この刻印は僕が選んだメンバーの組み合わせで自在に発動できる。例えば、ミアには単独で打ってもらって、ライネスとマックスに協力した術式を打ってもらうって感じも可能だ」
「それは先生の御自由に」
マックスは穏やかに午後の薄い光の下で微笑んでいる。
「僕はなるべく君たちに負担がない運用を心懸けるけど、場合によっては危険なこともあると思う。撤退したい場合は遠慮なく僕に言うこと。返事は」
「Yes, Sir.」
「Ja, wohl.」
「Ja, Meister.」
「Jo, my master.」
四人からの返答を得て、ウェイバーは頷いた。
「もしかしたら刻印継承みたいな症状が出るかもしれない。パーティの後にしよう」
「ありがとう、先生」
ミアがぱあっと花のように明るい笑顔でウェイバーに会釈する。
「最高のプレゼントだわ」
彼女は両手を組み合わせて胸に抱いた。
「これで、あたし、もう間違わなくてすむ。いざというときは先生が止めてくれるでしょ」
ウェイバーは肘をついて黒髪をさらりと鳴らした。
「これは君に魔術を使わせるための刻印なんだぞ」
「でも、貴方は止められるでしょ」
純粋なミアの瞳に、ウェイバーは自分でも気づかない優しい笑顔に変わっていた。
「じゃあ約束するよ。危ないときは止めてあげる」
ミアがテーブルを回ってウェイバーのもとに行く。彼女は澄ましたウェイバーの頬に感謝のキスをしてくれた。
「Fielen Dank !」
「どういたしまして」
夕刻、少し早い時間にミアのバースデーパーティが開かれた。
十九世紀風の小ホールは水色の漆喰で塗られた壁を白漆喰が春の花を刻んで飾る。そこにさらに花綱をかけ、華やかに結んだリボンが下がっていた。
「いらっしゃいませ、お嬢さま」
手ぐすね引いたメイドたちにミアはお姫さまのようにもてなされ、彼女の好きな御馳走が供された。鶉のパイと馬鈴薯のサラダ、レバー団子と野菜のスープ、オレンジの蜂蜜煮と杏のジャムを添えたクレープに温かいチョコレートのソースをかけて。
ウェイバーはもちろんのこと、全員からプレゼントをもらってミアは嬉しそうだった。
そして夕食後、ウェイバーから一人ずつに刻印が移植された。
「やった」
ミアが右手を見つめて、うっとりしている。刻印は一瞬、輝いたが、すぐに肌の下に馴染んで見えなくなった。
「先生、ありがとう」
ミアの次はマックスだった。彼は深く一礼した。
「生涯お仕えいたします」
「執事じゃないんだから」
マックスは真顔ですっと背筋を伸ばした。彼の瞳が色薄く輝いている。
「誠心よりお仕えする所存です。ご遠慮なく、ぼくをお使いください。ファウストの血を証明したいと思いますので」
「頼りにしてるよ」
ウェイバーに見上げられると、マックスは嬉しそうに笑った。
そしてトリフォンは目をぎゅっと閉じて手を差し出した。
「緊張しなくていいよ。ほら、終わった」
「……あ」
消えていく刻印をトリフォンが見つめている。
「これで、おれもいろんな魔術が使えるんですか」
「一応は。あらかじめ、断っておくけど、手のひらで火の玉を回すやつは自分で習得すること。僕も属性が合わない直感的な術はやり方が分からないからな」
「え!」
ミアがワンピースの腰に手をあててトリフォンを見上げた。
「余裕あったら、今日も特訓よ! 魔術はたゆまない努力によって編まれるの。分かった?」
ウェイバーが立ち上がる。揃えた黒髪が剃刀のように光ってなびく。
「では、さっそく実験してみようか。Here we go!」
「Yeah!」
ライネスが立つと、一同がバラバラとウェイバーの後についた。
ダグラス・カーのマナーハウスの地下に特殊な空間が織り込まれている。
その地下室は使用人たちは絶対に入らないし、扉に触れることもない。ただ家主であるウェイバーだけが開ける扉だ。
「さあ、ここだ」
「へえ」
上階の美しさと違い、この部屋に入る通路だけ、石が剥き出しで奇妙な感じがした。
観音開きの扉を開けると、
「うそ」
「ここはどこなんだ」
中には荒野のごとき空間が広がっていた。岩と土が剥き出しのごつごつとした原野。そして建物がない。
ライネスが目を眇めて空間を探っている。
「ウェイバー、ここって、まさか庭と一緒か」
「そう。マーリンが残した結界の一つだ。今は僕が管理している。だから遠慮なくできる」
振り返るウェイバーの瞳にライネスはぞっと寒くなる。
彼は自覚があるのだろうか。
自分が手にしたものを余さず使う才能があることに。
「とりあえず、シーケンサーの起動を確認したい。いくよ」
ウェイバーはほとんど前触れなく、口にした。
「Deployment Sequencer, Ghost-load.」
「あ」
ミアとマックスがさっと自分の手に視線を落とす。トリフォンは全く解らないようだ。
三人の手の中では勝手にスイッチが入っていた。いつでも術式を打てる状態に充填される。ライネスは常にこの状態が保たれているので変化はない。
「大丈夫みたいだね。じゃ、いこうか」
ウェイバーが地面を見つめただけで光る魔法陣が励起する。彼にとっては、ほとんど魔力が必要ない陣の設置だ。
「囲んで立って。とりあえず、あの巧くいかなかった術式を試してみる」
「分かりました」
「いけるわ、あたし」
「おれはどうすれば」
戸惑うトリフォンにウェイバーが笑う。
「手をこうして出していればいい。後は勝手に引き出させてもらう」
ウェイバーの仕草を真似してトリフォンは真っすぐに手を突き出した。ウェイバーが鉄の視線を投げてくる。
「ライネス、要だ。入れ」
「Yes, Sir.」
ライネスが頷いて、ミアとトリフォンの間に立つ。彼は斜に構えて手を伸ばした。
「来いや」
子供たちが魔法陣を囲み、ウェイバーがそっと膝をつき、大地に手をあてる。
「峻厳の柱、啓かれよ、KhronoCumulonimbus」
四人の手から電撃が走る。
魔法陣から渦巻く雲が沸き立ったかと思うと、空間を制圧し、青白く火花を散らす雷が真横に走り、稲妻を織って全てを灼き尽くす。視界は白熱する電流に支配され、何が起こっているのか判らなかった。
壮絶な雷鳴の後、原野の地形は変わっていた。
魔法陣とウェイバーの周囲を除いて、全て爆撃でも受けたように凹んでいた。しかも果てしなく向こうまで土が灼かれて白く変色している。
「……マジかよ」
茫然としたライネスの声が渦を巻く埃の中に吸いこまれた。
ウェイバー・ベルベット──③ケントの失踪者 に続く
マックスとミアについて、間接的に繋がるお話がこれ↓
アルトリアさんとギルガメッシュが好きな方に