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ロックって何だ? 現在地について3

2021年10月、雑誌掲載ラッシュ。
意志の強い、射抜くような視線と覚悟の面構え。
でもなんだか、ぐいぐいと迫ってくる挑戦的な前進ベクトルを以前ほど発射していない感じがする。
眼差しの奥底に、熾火のような静かな炎が燃えている。


夢、希望
理想、挫折、
社会、世界、宇宙、
その中でのひとりの人間としての自分、

社会に対して斜に構えたり、穿った言い回しを駆使したりして表現したくなる。真っ直ぐな思いを率直に言葉にするのは恥ずかしいとかかっこ悪くてダサいとか感じてしまって、心の機微を美しく果敢なげな言葉に脚色したくなる。ロマンチックな風景を素敵に紡いで、構築した物語世界の中で歌いたくなる。
でも、それも恥ずかしかったり照れくさかったり、かっこ悪いと感じて、やっぱり真正面から言いたくなる。そんな自分とのやりとりの末に生まれくる言葉を拾う。

それがロックンロールだと思ってる。

だが、説得力を持って響かせるためには、サウンドがかっこよくないと格好がつかない。
めちゃくちゃかっこいい音。
ゴリゴリのロック。
力強さともの哀しさが共存する美しいメロディーライン。
……に、その言葉を乗せる。
イントロがものすごくかっこよくて、ここにどんないかした歌詞が乗ってくるのかと思いきや…、

「おはよう~こんにちは~さよぉなら~~~♬」
( “おはようこんにちは” )とか、

「ヘイヘイ 其處なる人よ 俺んちに来ないか?」
( “平成理想主義” )とか、

「脱コミュニケーショ~ン!」
( “脱コミュニケーション” )とか。

超絶かっこいいイントロに抜かれた度肝の厳選オブ厳選ベスト3。
己に深く潜っていく文学的歌詞とロックサウンド。凡人には到底はかり知れない歌詞世界も、ギンギンにかっこいいサウンドに乗れば、宮本節エレカシワールドになる。“平成理想主義” とか “おかみさん” とか。ギャップにも感じられるこの要素が、不思議に融合して相乗効果をもたらして、その結果、とてつもない説得力を持ち、何者をも寄せつけない武装になる。

それがエレファントカシマシだと思ってる。

どうやらロックの原初エネルギーである野性と破綻こそが、我々を救い前進させてくれる武器であることをある人々はとっくの昔から知っていたらしい。
“俺は音楽が武器たりえることをはじめて確信した!”
(アルバム『good morning』の宣伝文より)


だが、誰かが言ったように、積み上げてきたもので勝負しても勝てないなら、積み上げてきたものと勝負しなきゃ勝てない。
その武器を置いて武装を解き、鎧を脱いだ徒手空拳で、戦わずして戦うソロ活動。
代わりに、シンガーという立ち位置への誇りとこだわりが、オーラのように覆って身を護る。
とにかく歌いたくて歌いたくて、歌うことで届けたくてたまらない勇気や希望や明日の光がある。

青年時代に追い求めた、悩み、葛藤の中にあるカタルシス、葛藤するからこそ人生だ、みたいな……エレファントカシマシ、初期の作品はそうだったけど、それを経た、ひとりの人間の目指すものって、こうやって生きていること、夢を追い求めることだ、っていう言い方もできるじゃない?
(「SPICE」2021.6.10)


若さに由来する衝動に依っていた時期を経て、内から湧き上がる輝きを原動力に。
物語世界を描いてみせる小説家ではなく、キャリアと貫禄でどんな物語も自分色に染める術を手に入れた随筆家。
ソロとバンドとの両輪と言いつつ、片方は脱輪しているようにも思えたし、いや、そうじゃなくて、そもそも一輪車だったんじゃないかとも思えるし。
私が思うよりずっとシンプルでピュアなのかもしれない。はたまたそう見せることができるほどのあざとい策士なのかもしれない。
万華鏡のようなひとだ。
沸騰させても凍らせても、濾過された上澄みでも底に溜った澱でも、その純度はもとの混沌と何ら変わりはない。

それが宮本浩次だと思ってる。


ずっとずっと歌い続けてきて、長い時間をかけて、ようやく自由自在に制御できるようになった縦横無尽な振り幅。
自信作でありながらも、どこか文字通り「世に問うて」認められるか慄いていたかつてと異なり、今は伝えたいことが届いているという手ごたえに立脚して発信することができる。今いる場所から、自信作を自信を持って届けられる。
だからもう、余儀でバランスを取る必要はない。
若き日に歌詞の中で言い続けてきた《働く》という行為が、時を経て、大人の本気で日常を生きていく《労働》として着地した。
そうさ、伊達や酔狂でやってんじゃねえ。生きるのさ。

つまるところ、この30数年っていうのは、才能の振りかざし方を持て余してやんちゃしていた《カリスマ性》が、紆余曲折を経て、艱難辛苦を乗り越え、逡巡の末に、社会性を身につけて大衆社会と対話できる《カリスマ性》に進化していく道程だったのかもしれない。

これから生まれてくるエレファントカシマシの歌では、今までほど《自由》を渇望しなくなるだろうか。
もう若き日のように《ぶざまな》とは歌わなくなるだろうか。

唯一無二の歌唱力と圧倒的パフォーマンスで大衆が度肝を抜かれ続ける限り、《カリスマ性》は不朽だろう。大衆に認められる(売れる)ことをあれほど切望していたのだから喜ぶべきことではあるけれども、エンターテイナーを目論むがゆえに諸刃の剣となってまとわりつくキワモノ感がキャリアと貫禄とやさしさに裏打ちされ、もはや《孤高》とは言い難くなくなってきた存在感に、一抹の心配と寂しさはある。
今、目指してきた場所に到達できていますか。

ようやく、もう片方の車輪を手に入れたここからが本当の両輪走行。
けっして満足することのない承認欲求を、年齢的な焦燥感が加速させるかもしれない。バンド30周年で一段落したように、この日本全国縦横無尽ツアーを走り切ったら、やりたいことをやり遂げた達成感、充実感を携えて次のフェーズに行ける。
写真の中の表情は、そんな静けさを湛えている。

レディースアンドジェントルマン、グッドモーニング!! 俺はあえて言う。ロックは生きている。むしろたわいも無いこの現実を、ドラマの無いこの人生を、そのまま受け入れ、肯定することこそが、すなわち生命エネルギーをサウンドと言葉によって表現することこそがロックなのである。
(「ロックは生きている」『東京の空』より)


ソロシンガー・宮本浩次が、バンドマン・宮本浩次の夢を叶えた。
潜みしそのプライドにかけて歩み出せよ。
ただくるまれしプライドをかけて歩み出せよ。
今度は、ロック歌手・宮本浩次がその落とし前をつける番だ。
静かな視線の奥底に、その烽火が見えた気がした。




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