俺はまた出かけよう 現在地について9
『日本全国縦横無尽』全47都道府県48公演を完遂し、その『完結編』を大成功裡に終えた約2か月後の8月6日。
この夏、唯一出演したフェス、『ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2022』。
このセットリストを見ると、ソロ次とエレ次が長い旅路の末に融合した感が押し寄せる。
今の彼がこの瞬間に歌いたいのは、この歌たちをこの順番で、なのか、と。
『日本全国縦横無尽』では、いや、すでに昨年のバースデーコンサート(『宮本浩次縦横無尽』2021.6.12@ガーデンシアター)においてエレファントカシマシの楽曲はセットリストに入っており、それらがソロで、エレファントカシマシではないバンドの音で演奏されたことに対して賛否両論、良かれ悪しかれの衝撃が走った。過去の私の note からも、あれこれと考えては整理するために言葉として吐き出した軌跡が見える。
そして今、感じているのがこの《長い旅路の末に融合した感》なのである。
とはいえ、ソロでエレファントカシマシの曲をやることはあっても、エレファントカシマシでソロの曲をやることはないのではないか。考えられないし、あり得ないのではないかと思う(そうあってほしいという願望が多分に含まれているけれども)。
一部分。
これが私の感覚では、宮本浩次の中にソロ次がいて、その中にエレ次がいる。
エレ次はソロ次の中にいて、そのソロ次は宮本浩次の中にいる。
その相関関係をつらつらと考えながら図に描いてみたら…、
まるで “shining” の背景映像じゃないか!
‘荒野に舞う男の歌’ と歌いながら、花道のセンターステージに腰を落として立ち、スクリーンに渦巻く自身のシルエットに向かって両手を広げて対峙し、挑むかのようにビシーーーッと指を差した姿は、最高にかっこよかった。電撃が走って全身で痺れたあの瞬間がよみがえる。
折りしも、WOWOWで『完結編 on birthday』がOAされた。
興奮と感動を味わいながら、記憶を反芻する。
スクリーンに映し出される映像は、どれも想いのこもった絶妙な演出だった。客電がひと息に落ちた暗闇を貫く閃光のように、ここまでのすべてのツアー日程と会場が順々に投影されるモノトーンの墨跡は、湧き上がる完結編への期待をさらに高揚させてくれた。この瞬間、あのトロッコはもう、線路の到達点にしてコンサートの出発点であるあの場所=“光の世界”の底に着いていたのだろう。
改めて深く刺さったのが、“冬の花” から “悲しみの果て” への流れ。
“悲しみの果て” は、漆黒の中心に向かって光の粒が渦を巻いていく。まるでブラックホール。
その光の粒に混じって、“冬の花” で舞台いっぱいに舞い散った花びらが、遡上して舞い上がり、吸い込まれていった。私の中でソロ次とエレ次と若次と今次がグワーッと吸い込まれて収束していった。
このひとは楽器だ。自分で自分を奏でている。
だから、歌いながら他の楽器(ギター)を弾くってことは、同時に2つの楽器を演奏するってことだから、そりゃ無理ゲーよ。過去2回のバースデーライブ、リキッドルームのコンサートもat作業場ライブも、どれほどの鬼練を積んだのだろうか。そう思うと胸が熱くなる。
エレファントカシマシの “悲しみの果て”。
ギターを弾きながら歌う立ち姿は、まさしく荒野に咲く一輪の花。
翻って、「ロッキング・オン・ジャパン」の総括インタビューで語られた《ギターを弾かない “悲しみの果て”》。
縦横無尽バンドでエレファントカシマシの曲をやることについて、楽曲のポテンシャルを試したかったのではないかと感じたのだが、意図していたにせよ、していなかったにせよ、結果的に証明されたと思う。
拳を突き上げるヒーリングソングなんて他にない。
俺たちの希望の歌。
新春ライブ2022。
「おかえり、エレ次」という気持ちが押し寄せるかもしれないと予想していたが、そういう感覚にはならなかった。そのしばらく後に書いた文章では、その理由を「行こうぜ」とか「出かけようぜ」とか言いながら、ずっとソロ次の中に居たからだ、と記しているが、そうじゃないのかもしれない。まだ帰ってきてはいなかったからなのかもしれない。
あの日に聴いた “友達がいるのさ” は、これまでと違う感慨を呼び起こした。
町で待っている友達に会いに町へ行くのだと思っていたけれど、そうじゃなかったのかもしれない。
友達が、地元で待っててくれるあいつらがいるから、俺はどこへだって出かけて行ける。
そう聴こえた。
『縦横無尽完結編 on birthday』。
アンコールの白シャツのイニシャル刺繍を見た瞬間、「帰ってきた」と思った。
新春ライブでは、ご本家バンドにもかかわらず「おかえり」とは思わなかったのに。
なのに。これはソロなのに。
なぜか “東京協奏曲” が “RAINBOW” のように聴こえた。
“昇る太陽” では、「you!you!」と言いながら自分自身を指さす。“shining” でスクリーンに渦巻く自身のシルエットに向かって突き出した、その同じ指で。
その姿に、このひとはここで己れに帰るんだな、と思った。
と歌う若次に、今次が答えて歌う。
探しものは見つかっただろうか。