第一章:なぜ私を救うのか
さびれた街道に子供が座っている。住む家がないのだ。
学者風の痩せた人が通りかかった。長い髪を編んでいて男か女かわからないが妙齢で落ち着きがある。
学者風の人は子供に言った。
「おいで」
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きれいな服と食事、そして物語風にした子供が楽しめる教育、毎日を過ごす暖かい部屋と眠る場所、そして小さな子猫、
学者は子供に全て与えた。
「わあ」
子供は女の子だった。嬉しそうに与えられたものを見てはしゃぐ。
女の子は魔法使いに質問をした。
「どうしてここまでしてくれるの?」
学者風の人は答えた
「できるから。」
子供は意外そうな顔をした。絵本にかかれた"やさしいひと"というものはここでもっと別のセリフを言うからだ。
「『当たり前のことだから』とでも言うと思ったかな。うん。そうだね、確かにそんな風にいうと立派だ。」
子供が思い浮かべていた言葉はそうではなかった。
子供は”貴方のこと愛しているから”といって優しく抱きしめてくれると思っていた。絵本にかかれているお父さんやお母さんのようにだ。
学者風の人は特に表情を変えなかった。子供は、なんとなくそれが悲しい事すらわからないほど悲しい顔に見えて違和感を覚えた。怖い、いや、”気持ち悪い”という気持ちだと気が付くのはもう何年もあとだろう。
普通に常識的な人ならやってくれることをしてくれない人というものを人はこう呼ぶ。
”気持ち悪い”と。
それが相手の気持ち悪さというよりは、相手に暗黙の善意を求めるその人自身の甘えであっても、その人はそれを裏切られると相手に違和感を持ち、”気持ち悪い”と呼ぶ。自分ではなく相手側に問題があることにする。愛される期待を裏切られることに人は耐えられないのだ。人の心はそういう風にできている。…ということに関しては、その子供の場合、大人になってから何年たっても気が付けず、ついには死ぬまで気が付かなかった。それはもっとずっと後の話だ。
学者は怪訝そうな顔をする子供を見て頭を撫でた。
「君が望んでいる言葉をあげられなくてすまない。だが”できるから”という言葉が”正確”だ。」
「人は本来誰かに何かを施したい。施すという言葉がわかるかな。施すというのはなにかあげることだ。私だけではない。人は普通何かをあげたいと思っている。」
「くれない人は、できないからあげないだけ。あげられない人はね。あげられないのが悲しいから意地悪するんだよ。本当はみんな誰かにあげたいんだ。逆に、あげる人は優しいからあげるんじゃない。殆どできるからあげてるだけだ。」
子供は途中で長い話に飽きてしまったのか、話半分に聞きながら心から子猫を愛おしそうに撫でる。子猫が可愛くて仕方ないのだ。子猫が気持ちよさそうにすると子供は嬉しくなった。
学者風の人が宝箱に手を突っ込んだ。その手が引き上げられるとそこにはキラキラした宝石があった。
「私は魔法使いだ。この宝石は魔法の石。魔法の石を使って様々なことが”できる”。だから施す。」
子供はそれを聞いて良い思い付きが浮かんだようで、ぱぁっと空が晴れるような笑顔になった。
「ねえ、私もそれほしい!そしたら猫さんのリボンつくるの!魔法の石はどこで手に入るの?」
子供が宝石箱に手を伸ばしたが、バタンと音がして宝箱は閉じられた。
強い力でふたを叩き落したので、子供は危うく指を挟みそうになった。
慌てて手を引っ込め、片手に抱いた猫を取り落とし、猫はニャーと泣いて逃げていった。
子供は泣きそうな顔をしたが、魔法使いが怒りの感情すらない凍り付いたように冷めた目で宝石箱と子供の指を一瞥したので泣けなかった。
子供は”泣いても意味がない”ことを無意識に感じとっていた。
「やめたほうがいい」
魔法使いは宝箱に鍵をかけた。
子供は自分が歓迎されているのか歓迎されていないのか、よく判らなくなって不安になった。魔法使いは子供を見ずに話を続ける
「人に施せることが”当たり前のことです”なんて言える人間は、自分がそれができる能力があることが当たり前だと言っているようなもの。」
魔法使いが何かにはっきりと焦点を当てて壁を見ているので子供はおびえた。何かそこに人がいるようにじっと見つめるが、そこには壁しかないのだ。
「つまりこれはただ他の人に貴方はすごいね、と言われたいからいう言葉なんだよ。」
子供は魔法使いが最初にあったときから今まで自分の顔を一度も見つめていないことに気が付いた。子供の心に興味がないのだ。
「貴方は助けることができる人に育てる。宝石をつくる資質はないようだから。」
魔法使いはまるで窓の外を眺めるように子供の顔を見て言った。それが初めてで、そして最後だった。
「貴方はできるようになりなさい」
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