11/6の滴り「怒りたいわかってほしい」

よく読んでいる武田砂鉄さんのコラム「ワダアキ考」。
最新は「伊藤健太郎を叩きのめす様子」でした。
https://cakes.mu/posts/32222

ワイドショーは全く見ませんが
YAHOOニュースで出てくる芸能人の逮捕・不倫などに
「ひゃっほう!罪悪感なしに他人を叩けるネタきたーーー!!!」って感じで嬉しそうに叩いている人たちを見ることはできます(;'∀')

今回の内容は若手俳優さんの交通事故についての世間のマスコミの反応について。
ニュースに対してのワイドショー内でのやり取りを
武田さんが詳細に書かれています。

「とにかく叩くほうが気持ちよさそうにしている」
「今日は皆さんと一緒に、徹底的に嘆いて怒りましょう、という連帯感」
とか(苦笑)
実際は今回の事故に関係ない伊藤さんの過去のエピソードを持ち出し、
悪いイメージに紐づけしようとする様とか(困)
この事故をエサにして叩くこと祭りに興奮状態となっているワイドショー(世間)=「とにかく気持ちよく叩けるんだから、という興奮を前に、人間を丸ごと叩きのめす」人たちの様子がわかりやすく描かれている記事です・・・。

こちらを読んで、
「あー、いやだねぇ」「だからワイドショー嫌いなんだよ」「下衆な人たち」「こういう連中って現実が幸せじゃないんだな」「日頃のうっぷんをこういうところで晴らしてるんだわ、哀れだねぇ」

なんて言いたいわけじゃありません。
叩いている人を叩いている時点で、自分も同じってことですから。

というのも含めて

ああ、やっぱり世界は自分なんだな、
だからもう、自分自身と向き合うしかないんだな、

としみじみしみじみしみっじみ思ったわけです。

私もこの俳優さんを槍玉にあげて叩きたい
というのではなくて、

誰かを叩きたい自分がいる

ってことです。
正当な理由があれば叩きのめしたい。
非難しまくりたい。
ジャッジしまくりたい。
ハッキリそういう言葉で表すのはちょっと乱暴かもしれませんが、
間違いなくそういう感覚の自分はいます。

それがしたい人の目の前には必ずそういう相手が現れます。
「正当な理由」を携えて。
例えば、自分を攻撃してくる、とかそういう形で。
さあ、やられたからやりかえしてやれる。
思いっきりこいつを叩いてやろう。
私の世界という物語のシナリオ通りです。

私はその俳優さんを叩きたいわけじゃないけれど、
叩いている人たちを叩きたい。
けなしまくりたい。
自分とは違うって言いたい。
ああ、気持ちいいったらない!
って感じがうっすら見えております・・・(;´Д`)

**

人は。
私は。

怒りたがっている。
この気持ちをわかってほしいって思ってる。
あの時、あの時、あの時、悲しかった悔しかった。
行き場のなかった感情の塊を、わかってほしがっている。
目の前に見えたことは
そういう自分がいるってことを教えてくれます。

塊をひどい言葉やジャッジメントに変えて投げつけると
間違いなく全て
自分自身に戻ってくる(鏡だから)。
さて、じゃあどうしましょう。

自分という世界の書き換えのために
しっかり向き合おう。
深刻にフォーカスしすぎないように、でもちゃんと。

**

私はスピっ子なもんで(汗)
武田さんのコラムからこんな風に展開していきましたが、
それとは別に普通に読み物として
「ワダアキ考」はとっても面白いです。
楽しみにしております。

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