気まぐれなカタツムリ🐌

気ままに。ラジオが好きです。本も好きです。写真も手を出してます。音楽めっちゃ聴きます。…

気まぐれなカタツムリ🐌

気ままに。ラジオが好きです。本も好きです。写真も手を出してます。音楽めっちゃ聴きます。あと走ってます。

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救われた話〜母とラジオとそれから①〜

2018年は僕にとって人生のどん底と言っていい。 大学受験に失敗し、あれほど心が追い込まれることがあるだろうか。生きてる価値の全てを剥奪されたような気分だった。しかし快く浪人することを勧めてくれたのは母親だった。この時点で僕は救われていた。それに気づくのは少し先のことだ。 浪人生としての1年が始まった。毎日同じリズムで起きて、塾に通い最低10時間、帰宅後2時間机に張り付く、そして就寝。正直地獄だった。毎日、自分と向き合い、現実だけを見る、自分の無力さを痛感する。「大学受験」

    • "じゃないと"の関係

      めちゃくちゃ久しぶりに筆をとっています。実際には親指を動かしています。 ふと、文字にしておきたくなったのでここに記しておきます。 先日放送された「じゃないとオードリー」を観ました。端的に言うと、めちゃくちゃ良かったですよね。ファンとして、新しいオードリーの1面が見れたことが面白かったですし、新鮮でしたし、2人の距離感だったり、空気感が愛おしくなりました。 「業界にとって"オードリーじゃないと"を目指す」というようなコンセプトの番組だったと思います。(正確性に欠けますが…)

      • 心の在り方

        【将来の夢は何ですか?】 この質問が幼稚園の頃から大嫌いでした。 誕生日月を迎えるたびに、先生から聞かれるのです。 ある子は「サッカー選手」 ある子は「ケーキ屋さん」 ある子は「お金持ち」 そんな風に元気に答えられる子が羨ましくて、答えられない自分が恥ずかしくて、幸せでいたい誕生日のはずが苦手になっていました。 「今はまだ考え中です」 そうやって小学校低学年からずっと逃げてきました。 さて、20歳を超えた今、今一度自分に問うてみる。 【将来の夢は何ですか?】 やっぱり

        • ふざけてても楽しめない

          久しぶりに書きます。 朝晩はだいぶ冷える季節になりましたね。街がシャンシャン音を鳴らして、キラキラした光が反射して、それが過ぎれば、バタバタした空気感が拡がって、あっという間にししおどしの音が聞こえてくる気がします。 さて、先日になりますが、今年1番"大学生"をしました。 高校の男友達4人で名古屋飯を楽しみ、イルミネーションを楽しみ、家で曲を作ったり、歌詞を書いたりという、なんとも幸せな時間を過ごしました。 そこで思ったんですけど、祭りのあとの静けさとか、夏休みの最終日

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        救われた話〜母とラジオとそれから①〜

          1人じゃない方がきつい

          1人じゃない方がきつい。 こんなことあってたまるかと思う。 みんないた方が良いに決まってるんだ。 でも強烈にそう思ってしまったんですよね。 「1人だったら楽だったな」って。 自分に負けること。自分にしか言い訳ができないこと。 これがきついと思ってた。 でも違ったんですよね。 支えてくれる人がいればいるほど、言い訳は自分にしかできないうえに、そういう人たちへの申し訳なさ、自分自身の不甲斐なさを露呈することになる。 目標を口にせず、1人で挑戦して、1人で失敗すれば、悪いのは自分

          1人じゃない方がきつい

          かわる、かわる

          こうやって文章を書くのが久しぶりなわけですが、過去に自分が書いた記事を見ると吐きそうになりますね。 「何言ってんだこいつ、身の程わきまえろ!」って絶叫しそうになります。 相変わらず不満なことや理不尽なこと、納得いかないことは1日長く生きれば増えてくんですよね。 今更嘆く話でもないんですけどね。 日記や反省ノートを書き始めて1年経ちますが、1年前の自分を見ると「なーーーんも変わってねーなお前」と思います。すげーイライラしてたのかな、嬉しかったんだな、何もしなかったんだな。と

          救われた話〜母とラジオとそれから②〜

          前回の続き。 今回はラジオについて喋りたい。 ラジオとの出会いは小学生になるわけだが、毎週欠かさず、日常に溶け込み、本格的にラジオを聴くことが習慣になったのが2018年になる。この1年で様々な番組に触れることになったが、僕を救ってくれたの #annkw,#cnann0,#fumou954 だ。 今でも大好きな3番組であるが、当時の僕には精神的支柱だった。前回も書いたことだが僕は人前で不安な様子は見せなかった。ところが、けれども、だが、しかし、but、彼らは夜中に妬み、弱みを

          救われた話〜母とラジオとそれから②〜

          想像するということ

          人の気持ちを考える。こんな難しいことありません。と僕は思っています。人に相談された時、なんて言葉をかけるのが正解なのか、全く分かりません。 以前までそんな時は自分の考えをまっすぐ伝えていました。でも相手は腑に落ちていない様子。あれ、なんかまずいこと言ったかな。不安になります。そして最後にこう付け加えるのです。「まぁ、でも結局人それぞれだよね。」でもこれってめちゃくちゃ投げやりだし、責任放棄な感じがしてあまり好きじゃないです。自分が使うのも、誰かが使ってるのも。 何が正解なん