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”日本人”を語るなら歴史を考えてみよう【素人経験則】

「昔ながらの●●」は、実は結構あたらしい

江戸時代の窯元は分業制で、優秀な弟子を多く抱える事が重要だった。            つまり、”職人技”とは個人技ではなくチームプレイだったのだ。     現在では伝統的な手法の窯元は、一人の陶芸家が全ての行程をこなしているので、一般人の私たちはそれが伝統だと思いがちだが…         実際には大半が機会化されて以降の、新しいやり方という事になる。

そもそも、”昔ながらの手法”を重んじるのも、江戸中期や昭和の一時期などそれが通用した限られた時代の考え方なのだと思われます。

そう感じたきっかけは、何年も前にテレビで見た、低迷する飲食店の再興請負人を取り上げた番組である。クライアントの店主家族は四代が同居しており、店主の祖母は明治生まれである。その祖母が、変化にとても前向きであったのが印象に残っている。逆に、店のリニューアルにつよく抵抗したのは父であり、所謂テンプレ的な昔気質である。また、再興請負人の依頼主である店主も、本音は父と同じなのではないかと思われる場面が多々あった。 これは私の感想であると同時に、再興請負人の言でもある。       リニューアルに最初から前向きだったのは祖母のみで、状況の理解が進むにつれ前向きになったのが女将である。結局、再興請負人は依頼主である店主ではなく、この女将と協力して仕事を進めていく事になる。

この飲食店の例から考えると、”昔気質の頑固”は昭和の高度成長期・バブル時代に社会に出た世代であり、逆にそれ以前の明治時代の人間は”昔気質”とはかけ離れた価値観であったという事が分かる。             

昔気質の”昔”とは、一体いつの事なのか?疑問を持って頂ければ幸いです。

物事には順番がある

世はプロパガンダだらけであり、どうやら学校教育もまた然りのようです。
いつの頃からか、日本の学校教育に対して「自虐史観」との声が聞こえてくるようになりました。
私もその意見に反対ではありませんが、だからといって物事の順番を取り違えて良いということにはなりません。

色々な歴史番組やYouTube動画など見る限り、帝国時代の日本軍の海外での振る舞いは、地域や時期によって大きく異なるようです。
そもそも、軍隊というのは、今ですら暴走と隣り合わせの組織です。
ましてや、あらゆる装備が今より劣っていた昔であれば、暴走の可能性が高かったのは必然でしょう。

その状況は、どこの国の軍隊でも同じなのですが…
帝国時代の日本ばかりが悪く言われることが、”自虐史観”と主張する人達の不満の要因の一部なのだと思われます。
確かに、欧米の反省の見えない態度を見ていると不公平を感じるのは否めませんが…だからこそ、日本は同じことをしてはいけないと思うのです。

何が言いたいかというと、まずはきちんと説明をすべきということです。
勿論、韓国や中国の反日教育は、今現在の都合が垣間見えるところを見ると、説明したところで容易に納得は得られないのかも知れません。
それでも、まずは説明して、今後の立場を表明するのが先なのです。

私自身も、日本史の授業でもう少し、古事記や日本書紀の内容に触れたほうがいいと考えておりますし、神仏習合の経緯も重要と考えます。
そう考える理由は、日本のその辺りの歴史には、争いを…特に宗教戦争を避ける為の努力が詰まっているからです。
と同時に、明治初期の神仏分離が皇室の意向や民意を無視して行われたことや、その後どうなったかも教えたほうが良いでしょう。
”今後の立場の表明”に関しては、日本が平和国家であり続ける為に、天皇制も君が代も続けてゆくべきだと考えています。
と同時に、それらに疑問を持ち続ける風潮も、また必要なのです。
つまり、天皇制と憲法9条をいわばワンセットとするのが、私の考えであります。

このように、きちんと手順を踏めば、少なくとも国内からの批判は沈静化するはずなのです。
靖国参拝であれば、東京裁判やA級戦犯の行い・戦中戦後の靖国神社の位置付け・今後の靖国参拝の意図するところを、先に説明すべきなのです。
では、何故そのように成されないのでしょうか?
それは恐らく、”平和国家”日本を維持する最大限の努力を続ける気がないから、それを明確に公言など出来ないからではないでしょうか?
だから、緊急事態条項などという、独裁者製造装置的な改憲論が出てくるのでしょう。

あの時代に大人だった一人として

”あの時代”とは、小泉政権の時代のことです。
あの時、多くの人々が”既得権益からの脱却”と称した民営化やコストカットを容認もしくは支持していました。
今では「外資に日本を売った」と名高い竹中平蔵氏も、当時は有能な人物だと好意的に評されていたのです。

私達が騙された、もしくは見誤った原因は、経済に疎かったことでしょう。
日本人はバブル時代であっても、多くの人々が貯金に勤しみ、住宅ローン以外の借金を安易にしない人々が大多数でした。
その貯金は今でも日本を支えており、これはとても大きな事なのですが…
一方で、多くの親は子供に「とにかく、株や借金には手を出すな」と教え、完全スルーをしてきたことで、経済の仕組みに対する理解が進まなかったという面もあります。

実際には手を出さないにしても、貨幣経済で生きている以上、株や借金を禁忌するあまり、その知識までも遠ざけるのは失敗だったと思われますが…
この点については、我々の親世代を責められるものでもありません。
人間は未来に対して、常に正しい準備をすることは不可能だからです。
それよりも反省すべきは、リアルタイムの状況に対して、重要な違和感を無視してしまったことのほうだと痛感しているのです。

”重要な違和感”とは、小泉政権時代に劇場型とも評された状況のことです。
小泉元首相は、『郵政民営化に賛成か!反対か!』と言って、解散総選挙をやらかしたわけですが…
多くの国民にとって、それはさして重要ではありませんでした。
郵政民営化には、明確に反対だった人もいるでしょう。
私自身も、郵政民営化には、どちらかというと反対でした。

では、何故、小泉政権に一票を投じたのか?
それは、『自民党をぶっ壊す』に期待したからに他なりません。
ロクな仕事をしない自民党の”老害”にウンザリしていたのです。
いつまでも不合理なアナログにしがみつく”老害”に、ウンザリしていたのもあります。
その為、若々しかった小泉元首相に対する期待が大きかったのです。

”重要な違和感”に話を戻しますと、そもそも郵政選挙そのものがする必要のない選挙だと、多くの人達が内心では思っていたことです。
何故なら、そんなことしなくとも小泉政権の支持率は十分高かったのです。更に、多くの国民は郵政民営化に一票を投じたわけではないのに、小泉元首相は選挙結果を受けて『郵政民営化が民意』と勝手にのたまわったのです。
何故、そんな事をするのか?誰もが疑問を感じながら、深く考えたり調べたりしなかったことが悔やまれる限りです。

これを教訓として、違和感を感じる事柄に対しては、まず疑問を持ち続けることが重要だと考えます。
暇でもないのに調べまくる必要はないですが、安易に思考を片付けてしまうのも、また不味いことだと思うのです。

最後に、小泉政権時代の事を書こうと思った理由です。
私は、憲法9条を守るべきと考える人間なので、当然の事として”国葬儀”に反対したわけですが…
で、あるならば、いわゆる”小泉旋風”の件も語らなければ、フェアでないような気がしてきた次第です。

自身にとっての”当然”こそ語る価値がある

誰しもが、今の考え・感覚に至るには、経験と理由があります。
それは、本人にとっては語るまでもない常識であったとしても、他者からすれば、それこそが疑問であることは往々にしてありえると思います。
だからこそ、ご自身が”当然”と感じるその根幹に、何があるのか考えてみて欲しいのです。

当記事の内容に、異論のある方も多いと思いますが…
まずは、どうしてそう感じるのか?
少し、立ち止まって頂けると、幸いです。


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